第224話 「邪神・笑う」(バトル)
セナとタタンギィル。両者が向かい合った直後、セナは走り出した。
声による遠距離からの攻撃を多用する邪神の手段を封じるため、接近戦を仕掛けたのだ。
セナは力の加護を持つ。その効果は全身に及び、強烈な踏み込みを以てセナは一気に距離を詰めた。
これまでの様子から、セナはタタンギィルが俊敏でないという予想を立て、速攻に出たのだ。
そしてその狙いは功を奏した。
タタンギィルの反射神経は鈍く、セナの動きは殆ど瞬間移動のようにその眼前に現れた。
「ぽ?」
半笑いの邪神は事態を理解できなかった。
反応が遅れ、セナの鉄鞭の初撃を許した。右の横殴りの一撃だった。
醜悪な顔面が軋む音が聞こえる。
力の加護の効果は覿面だった。
殴打の勢いで、タタンギィルの体が浮き上がる。
「ぼぉ!」
たまらず、濁った声を漏らす邪神。涎なのか血なのか、なにかわからない液体が飛び散る。
「まだまだぁ!吹っ飛びなぁ!」
浮き上がり、無防備になった体の中央に、鉄鞭の先端が左右同時に突き出された。
鈍器でありなが槍のように鋭い突き。力の加護の踏み込みと相成って、それは破城槌を凌ぐ勢いで邪神を叩いた。
横から後方への急激な方向転換。
邪神の体は木々をなぎ倒しながら宣言通り吹き飛んだ。
追撃のためにセナが走り出した。邪神を未だ無防備なままのセイカから引き離すためだ。
「くらいな!どこまでもすっ飛ばしてやるよ!」
片ひざを着く姿勢のタタンギィルに、接近したセナの下方からの掬い上げるような殴打振り抜き。
鉄鞭はタタンギィルの顔を叩き上げると、その身体を宙に浮かせた。
身体でなく、顔への殴打で浮かび上がらせる打撃。その結果が、鉄鞭の威力が並でないことを物語る。
「・・・」
タタンギィルの口は潰れ、声を発することが出来なくなっていた。
「はっ、その様じゃあ、お得意の魔砲とやらも使えないだろう!」
セナは更なる追撃のために踏み込んだ。
「・・・」
せめてもの抵抗に、タタンギィルは三本指の右腕で大振りに殴りかかって応戦する。
大振りの腕が、セナの左腕を叩いた。タタンギィルの動きは鈍いが、セナは敵の攻撃に対し回避でなく防御を選ぶ傾向がある。そのため、今回も鈍い攻撃を受け止めたのだ。
それは、力の加護による肉体の硬直力を信頼してのものでもあった。
「そんな攻撃、効きやしないよ!」
その顔は嬉々としていた。
反撃のためにセナが右の鉄鞭を振り上げた。顔、身体とまとめて叩き潰さんと、腕に力を込め加護を宿す。
「ぽ」
声が聞こえた。瞬間、セナの心が凍る。意気を挫く、絶望的な声だった。
セナの身体を黒い衝撃が左から右に通り抜けた。
直後、不快感が襲ってきた。内蔵を全てかき回されるような、抗いようのない不快感だった。
「げはぁっ!」
攻撃どころか、全ての動きを中断させて、セナはその場に崩れ落ちて膝を着いた。
乱れる意識で、衝撃を与えてきたタタンギィルの腕を見る。そこにあったのは、あの魔砲放つ口だった。
「そ、そんな、バカな・・・腕に口が生えるなんて・・・」
「ぽぉぽぉぽぉ。考えがぁ甘すぎぃぃぃぃ。ボクは神だよぉ。口なんてどこにでも生えるよぉぉぉ」
腕の口が嬉々として語る。
「そしてぇ、右にあるならぁモチロン・・・」
邪神の左腕が動き、セナを両腕で挟んだ。口があった。
「左にもあるよねぇぇ」
邪神の声が昂る。
「ま、まさか・・・」
両腕に挟まれたセナの脳裏に、最悪の結末が浮かぶ。血が逆流するような恐怖が訪れた。
「ぽ」
左右の口から同時に魔砲の声が発せられた。完全に同時に生じた声は、一つに聞こえた。
魔砲と魔砲が、セナの体内で衝突した。先程とは比べもにならないほどの、激しい黒の衝撃がセナの身体を内側から攻め立てた。
「ぎゃあああああ!」
悲鳴を通り越した絶叫だった。それだけ、魔砲による挟み撃ちはセナに絶望的な痛手をもたらした。
「う、ぐ、くっそ!こんなんで・・・や、やられ、ないよ・・・」
鉄鞭を地面に突き立て、セナは辛うじて踏みとどまる。
しかし呼吸は乱れ、目の焦点も合わず、顔を持ち上げることも叶わずに、地面を見つめながら言葉を漏らす程度のことしか出来ていなかった。
「ぽぉぽぉ。なぁんだぁ、死んでないだけじゃないかぁ。見苦しいなぁ、死んじゃえよぉお」
タタンギィルは振り上げた右腕をセナの後頭部に叩きつけた。
顔が正面から地面に打ち付けられ、血の池が広がる。鼻が潰れていた。
タタンギィルが立ち上がった。
動かなくなったセナを見下ろすと、右手の三本指を揃えて立て、槍のように突く構えをとる。
「えぃ」
子供のように無造作にタタンギィルはセナの背を突いた。「ずぷっ」と、爪が肉に沈む音が聞こえた。
一瞬、セナの身体が震えた。
「あれぇ?貫通しないなぁあ。ああそうかぁ、加護があるから、体が硬いのかぁぁ・・・じゃあ、死ぬまで突いちゃえ。えい。えい。えい」
背、脇腹、太腿と、タタンギィルは骨を避けて爪を突き立てるが、そのどれもが、加護によって硬直した肉体によって半ばで止まる。
それを何度も繰り返すうちに、次第にタタンギィルの動きは怒りを含むものになっていた。
苛立ちながら、何度も何度も爪で突く。
殺意の宿った無邪気な凶行により、傷は命に届かずとも、セナの背面は赤く染まっていた。それは目を覆いたくなるほどの悲惨な姿だった。
この場にサイガがいれば、怒り狂って邪神を切り刻んでいただろう。
「う、く、うぅ・・・」
意識が遠退いたまま、セナがうめく。
「しぶといなぁぁ。もういいやぁ頭潰してぇ殺しちゃおぅ。はやくぅあの旨そうな女の魔力をぉ食べたいなぁぁぁ」
大きく口を広げながら、タタンギィルは拳を振り上げた。セナの頭に向けて勢いよく振り下ろす。
◆
「ん?なんだぁ、おまえぇ?」
邪神が不快を口から吐き出した。
振り下ろされたタタンギィルの手は止められていた。
手を止めていたのはティルだった。
ティルはセナとタタンギィルの間に入り込むとガイノスシールドを掲げて攻撃を防いだのだ。
「や、やらせるわけ無いだろ!」
「邪魔をするなぁあ、ばかぁ!ぽぉ!」
ガイノスシールドに止められた手から魔砲が放たれた。
しかし、盾はその魔力と衝撃を散らして完全に無効化した。
「え?あれぇ?」
思いがけない結果に、一瞬、タタンギィルは戸惑った。
「今だティル、やれ!」
「うぉぉぉ、カイザーライトニング!」
バルバロッサの刃に、青白い雷が宿った。
盾の陰、タタンギィルの死角となった位置から、刃に宿っていた雷が前方に発射された。
青白い雷が直線の光線となって、タタンギィルの腹部を貫いた。同時に感電させ、体が硬直する。
「ぽ!」
声が出た。魔力を伴わない、雷に対する反応のみの声だった。
「盾を前に構えろ!」
邪神の隙を見逃さず、バルバロッサが叫んだ。
すかさずティルは、ガイノスシールドを前に向ける。
「叫べ!ダイアークラッシュだ!」
「ダイアークラッシュ!」
バルバロッサに導かれるままにティルが叫んだ。
前方に盾の形の衝撃波が生じ、タタンギィルに向かって突撃した。
鈍い音がして身体が吹き飛び、再び数本の木をなぎ倒した。
さらに折れた木が重なり、動きを封じる。
「ぽぉぉぉぉお!」
木の重量に圧されたタタンギィルが手足を振り乱してもがく。
「セ、セナさん、しっかりして!ああ、ひ、ひどい傷だ!どうしたら・・・」
セナの姿のあまりの悲惨さに、ティルは取り乱す。
「落ち着け。シャノン殿からいただいた魔法珠があるだろう。それを使え」
「あ、ああ、そうか!」
バルバロッサに諭され、ティルは落ち着きを取り戻すと、懐から回復魔法を封じた魔法珠を取り出した。
乳白色の光を発する珠を傷口にあてがうと、セナの顔が徐々に安らいだ。
「よかった。なんとか落ち着いてくれた」
セナの様子を見届けると、ティルは安堵の息を吐いた。
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