第22話 「美の化身 六姫聖ナル・ユリシーズ」(ストーリー)
「ありがとう。君たちの助力のおかげで難なく倒すことが出来た。こんな化け物が野放しになっていては、民のみんなが安心できないからな。感謝するよ」
今だ降り続けるキマイラの肉片を背後に、振り返った女が三人に感謝の意を述べた。その顔には、戦いの後だというのに汗一つなく、爆発を前にしても返り血もなかった。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。私は・・・」
「ナル様。ナル・ユリシーズ様!」
女の言葉をさえぎって、くい気味にセナが女のことであろう名前を叫んだ。早足で女に歩み寄る。
「知っているのか、セナ?」
サイガがナルと呼ばれた女を挟んでセナに尋ねた。
「ああそうか、あんたは余所者だから知らないんだね。じゃあ教えておいてあげるよ。こちらの方は、この国で最も美しい方、ナル・ユリシーズ様さ。そのあまりの美しさに、この国では知らない人がいない・・・」
「美の化身というわけだ」
まくしたてるセナの言葉を、ナルが腰に手を当てスレンダーながらも凹凸のはっきりした体型を強調しながら受け継いだ。その表情からは、傲慢さや自惚れではなく、美という賞賛の言葉が当然であるという態度が見て取れる。
「そ、そうなのか・・・」
二人の勢いに圧倒され、サイガが言葉をつまらせる。
「セナさん、サイガさんはよくわかってらっしゃらないようですわ。そうだ、魔禄書に聞いてみましょう。そうすればサイガさんにもナル様の素晴らしさが伝わります」
「ああそうだね。サイガ、あんたにもナル様の素晴らしさを教えてあげるよ」
「ハイ、アリガトウゴザイマス。ヨロシクオネガイシマス」
セナ一人でも圧倒されている状況に、エィカまで参戦し、逆らわない方が吉と判断したサイガはおとなしく受け入れることとした。
「魔禄書、何も知らない可愛そうなサイガにナル・ユリシーズ様のことを教えてやってくれ」
セナの無礼な物言いに、もはやサイガの心は動かない。
「かしこまりました、ご主人様」
セナの呼びかけに魔禄書が応え、語りだした。
ナル・ユリシーズ。ルゼリオ王国王女シフォン・マ・ルゼリオに仕える女魔法騎士団『六姫聖』の一人。強大な魔力を有し、氷の魔法を得意とする。
容姿は大変美しく国民全てが知るところで、宝石、絵画、彫刻、風光明媚な景色と言葉や表現は違えど、共通して高貴な美で例えられる。
彼女を題材とした作品も数多く作られ、伝記、創作物、児童向けの絵本、装飾品の監修とその名は老若男女、世代を問わずに浸透しているとのことだった。
「さらにその美しさを発端とした事件も数多くあり、記録されている最古の事件は生後三ヶ月・・・」
「もういい、わかった。やめてくれ!充分だ!セナ、魔禄書を止めてくれ」
情報を提供するだけのはずの魔録書から、感情や熱量が伝わってくる。それはセナやエィカほどではないが、流石に胸焼けがして「勘弁してくれ」と、サイガは音を上げた。
「魔録書、もういいよ」
「かしこまりました、ご主人様」
セナに命じられて魔録書が言葉を止めた。
「ていうことだよ。わかったかい?」
「ああ、充分すぎるほどな」
魔録書をしまいながら、セナはなぜか自慢げだった。
ナルの紹介による怒涛の情報量に神経をすり減らしながら、サイガは自己紹介を返した。
続いて、セナ、エィカも名乗ったが、ここぞとばかりに手を握り、距離を詰めて言葉を交わした。
二人の熱烈な振る舞いにもナルは受け入れ、快く応じた。その姿に、サイガはナルの人気に合点がいった。
「君たちは旅の途中なのか?」
「はい、今日中にクロストの町に着く予定です」
「そうだな、この時間ならまだ日が落ちるまでには間に合うだろう。旅の幸運を祈っているよ」
「あ、ありがとうございます!ナル様の祈りがあれば、絶対に大丈夫です!」
まるで心酔するような態度のセナ。その手は胸の前で組まれている。
「!そうだ、忘れていた」
ナルが何かを思い出し、右耳に指をあてた。耳にはイヤホンのようなものが差し込まれている。
「私は六姫聖のナル・ユリシーズだ。クロストの西、約四キロの地点の街道上で大型魔獣との戦闘が発生、これを撃破した。残骸の処理を依頼したい」
ナルは魔物の処理を依頼したようだ。その仕草から、耳にあるのは通信機なのだろう。
通信する姿にも、セナとエィカは見とれていた。
「よし、これであとは清掃部隊に任せていれば大丈夫だ。それでは、ここでお別れだな。君たちの腕があれば、よほどの敵でもない限り苦戦することはないだろう」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、これからの励みになります」
サイガと言葉を交わすと、ナルは体を宙へと浮かせた。
氷魔法を利用しての飛行なのだろう、発生する余波は冷たく、木枯しを思わせる。
「ではさらばだ。サイガ、セナ、エィカ、息災でな」
そう言うとナルは西へと飛翔し、瞬く間に姿を彼方に消した。残された冷気が、わずかに三人の頬をなでた。