第222話 「命の役割」(ストーリー)
超化した異界人を食らい、覚醒を果たした砲滅の邪神タタンギィルの放った魔砲の一声によって、シンクホールは大崩落を始めた。
声を受けた地点を中心に蜘蛛の巣状に亀裂が走り、底面のみならず側面まで瓦解する。
さらに崩落の波は出口を求めるように壁面を登った。その勢いは衰えることなく、縦穴にいくつもの裂け目を作る。
「さ、サイガ!来てる来てる!亀裂がすぐそこまで来てるよ!」
「わかってる!だから馬鹿力でしがみつくな!首が絞まって動きが鈍る!」
セナを首にしがみつかせたまま、サイガは壁を三角跳びで駆け上がる。
サイガの身体能力を持ってすれば、この程度の崩落からの脱出は容易い。が、首にしがみつくセナが騒ぐために動きは鈍り、亀裂の接近を直下にまで許していた。
必死に壁を蹴るサイガの横を、赤い影が追い越した。ガンウィングを展開して出口へと飛翔するバルバロッサだった。
「わ、はっやーい。サイガ、もっと急いで。置いていかれるよ」
「わかった。わかったから首を揺するな!こうなったら全力でいくぞ!」
追い付きそうになった崩落を、サイガは急加速と強い跳躍で置き去りにした。
シンクホールの縁に足を掛け、サイガは地上に飛び出した。
数秒遅れて崩落が地表まで到達すると、穴は内側に向かって崩れ、土煙をあげながら口を塞いでいく。
サイガ、先行して脱出したティル、サイガとほぼ同時に脱出した使い魔達。三組は、崩落に巻き込まれる危険性を考慮し、少し離れた場所にある丘陵に着地した。
セナを降ろすと、サイガは丘からシンクホールを見下ろす。
タタンギィルの魔砲によって、かつて湖だった暗く深かった穴は、内側に土砂が積もったクレーターのような形へと姿を変えていた。
崩落が収まり、土煙も風に乗って空へと消えていく。うってかわって静寂が訪れた。
「あいつ、死んだのかな?」
伺うように穴の跡を眺めながらティルは呟いた。
「いや、仮にも神。それに何度も痛手を被っても立ち直ったところから鑑みるに、ほどなくして穴から出てくるだろう。ティルよ、心しておけ」
「そ、そうだよね」
油断ないバルバロッサからの警告に、ティルは背筋を震わせた。
◆
「サイガさん、少しよろしいですか?」
ティルの隣で、同じ様に穴の様子を見ていたサイガに、使い魔の一体、桜色の髪のリュオが話しかけてきた。
その神妙な表情にただ事でないと感じ取ったサイガは、正面に向き直る。
「どうした?もしや、セイカ殿のことで何かあるのか?」
「・・・はい、たった一つ、ママを救う方法があるんです。その事で相談があります」
「救う?まさか、亡くなったんじゃないのか?」
リュオからの思いがけない申し出に、サイガは耳を疑い聞き返した。
暗く神妙な面持ちのリュオ。少し言い淀んでいたが、シーシンが隣に来て手を握ると意を決して口を開いた。
「じ、実は僕たちは、ただの使い魔じゃないんです。昔、この国にいた大賢者のスペアとして造られた無生殖人間なんです」
「無生殖?なんだいそれ?」
リュオの口から出た、聞きなれない単語に、セナは困惑する。
「無生殖とは、生殖能力を持たないということ。つまり、彼らはホムンクルスの類です」
質問と捉えた魔録書が答えた。リュオは頷く。
「そうです。僕たちは、その大賢者が肉体を欠損した場合や重傷を負った際に、その身を以て補うために造られた存在なんです」
「そんなことのために?そんなのただの消耗品じゃないかい!」
「セナ!」
「あ!ご、ごめんよ」
驚きのあまり、歯に衣着せぬ反応をしてしまったセナをサイガが諌めた。
セナは身を縮ませる。
「いえ、いいんです、サイガさん。それが僕たちの本来の役目です。だから・・・」
ここでリュオが言い淀んだ。
「その役目を実行するつもりか?」
意図を察したサイガが簡潔に言った。リュオとシーシンが頷いた。セイカの傍の四体も、視線を向けて成り行きを見守っている。
「え?ていうことはつまり・・・」
理解半分という具合でセナはサイガと使い魔の顔を交互に見る。
「自分達を犠牲にしてセイカ殿を蘇生させるつもりだ」
「ええ?そんなこと出来るのかい?!」
驚きでセナの声は裏返った。
「僕たちは元々、人工的に魔力で造られました。だから、決まった形を持っていないんです。容器に保管されていた頃は、ただの魔力と肉の塊でした」
「大賢者がいなくなった後も、僕たちはずっと研究所だった所の容器の中で眠ってたんだ。そこにママが来て僕たちを見つけた」
リュオの言葉を繋ぐように、シーシンが喋る。繋いだ手に少しだけ力を込めた。
「創造主に身を捧げるために造られた僕らは、無意識に主人となった対象を喜ばせるように動きます。それが・・・」
「少年の容姿と疑似家族か」
「はい。そうやって親和性を高めることで、有事の際の拒否反応を低下させることが狙いです。実際、輸血用の他の個体は動物の姿でペットの役割を勤めていました」
リュオとシーシンの口から語られる少年達の正体に、セナは言葉を失っていた。内容もさることながら、子供の姿から聞かされるにはあまりに無慈悲な話だったからだ。
「それで、蘇生できる保証はあるのか?」
サイガがリュオに問う。感情はない。余計な情けをかけることが、使い魔の達の決意に泥を塗ると考えたのだ。
「僕たちの命は人間一人分に相当します。ママは特級冒険者だからそれだけじゃ足りないけど、僕たち全員の命を使えば間違いありません。ママは助かります!」
強い決意を込めた目で、リュオとシーシンが見つめてきた。
その周りには、いつの間にか他の使い魔達も揃っていた。
想いは一つだった。
◆
冷たくなったセイカを囲むように子供たちが集まる。
全員が膝をつき右手をセイカの胸元にかざすと、白く穏やかな光がそれを包んだ。
「それではサイガさん、皆さん、蘇生の術が終わるまで、よろしくお願いします」
「ああわかった。誰にも手出しはさせない」
ウラエの言葉を受けて、サイガは頷いた。
蘇生の術を施すに際し、使い魔は完全に無防備になる。そこをタタンギィルに狙われてしまっては、セイカと使い魔、双方の命が散ることとなる。
サイガ、セナ、ティルは、その間の防衛を頼まれ、それを受けたのだ。
「ティルよガイノスシールドを常時展開しておけ。男の意地にかけて、子供の命ぐらい守ってみせろ!」
「わ、わかってるよ。ガイノスシールド!」
バルバロッサに発破をかけられたティルが黒い盾を出現させた。右に剣、左に盾を構える。
「うむ、そうしていると一端の剣士には見えるな」
「か、からかうなよ!僕だって、本気なんだからな!」
珍しくティルが強く言い返した。バルバロッサは「ほぅ」と感心した。
使い魔たちの発する光が強さを増した。次第にセイカを中心とした一つへと溶け合う。
「なんだか、光の繭って感じだね」
セナの率直な感想に、一同が納得して頷いた。そこからは濃密な命の鼓動が感じられたのだ。
「セナ、守りは任せるぞ?」
「ああ、指一本触れさせやしないよ」
サイガの期待に応えるために、セナは光の前に立ち鉄鞭を振り上げてみせる。
「そして我々は迎撃か。ティル、気を引き締めろ」
「うん!」
バルバロッサとガイノスシールドを構え、ティルが気合いを入れる。
「・・・ぽ・・・」
声が聞こえた。小さいがおぞましい、あの声。タタンギィルが地上に近づいてきている。
「ひぃっ、き、来た!いや・・・こい!」
一瞬怯えた顔になったティルが、心と身体を引き締め直した。
「うむ、良いぞ」
「ああ、良い顔になってきたじゃないか」
これまでのティルの振る舞いを見てきたサイガが、バルバロッサと共に褒めた。
「ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽお、ぽお」
声は徐々に大きさを増し、近づいてきていた。
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