第220話 「時間稼ぎ」(ストーリー)
中将軍バイラの策を起死回生の一刀で乗り切ったサイガ。
右腕を失い、呼吸の荒くなったバイラを、冷静な中に怒りを孕んだ目で見下ろしていた。
そんな二人を尻目に、瀕死となった母を救うため、使い魔のヌェスは回復魔法を施していた。
「ママ、頑張って。すぐに助けてあげるからね」
自身の命を全て注ぎ込むかのように、ヌェスは両手から発した光をセイカへと流し込む。
だが、光は吸収されはするものの、セイカに回復の兆しは見えない。
「ねぇ目を開けてよ。やだよこんなの!ママ!ママ!」
反応のない母に対し、子供達は呼び掛け続けた。
◆
「おぅおぅ、あっちは大変だぁ。まぁ頑張ってほしぃねぇ」
必死の子供達を見ながら、逆撫でするようにバイラは笑う。
その態度に、サイガの怒りの忍者刀が走った。右の傷口を押さえる左手の手首を切り落とした。
「っぐぁああああ!」
「言葉に気を付けろ。聞きたいことがあるから生かしてはいるが、今すぐ首を落としてもいいんだぞ」
「へへ・・・そいつぁ、慈悲深いねぇぇ、涙が出るよぉ」
命に関わる深傷を追わされても、その口は止まらなかった。
「減らず口は慎め。質問に答えたら、血だけは止めてやる」
「答える。答えるからぁ、勘弁してくれぇ」
両手を失い、さしものバイラからも余裕の色が消える。
「では質問だ。お前の目的は特級冒険者の引き入れと言ったな。ということは、他の特級冒険者も同じか?」
「ああそうさぁ。今頃ぉ同じ様に向かってるだろうなぁ。俺らとあんたらぁ、目的は同じなんだからさぁ・・・」
「貴様、名は?向けられた刺客は、揃ってお前並みの使い手か?」
「へっ・・・言うとぉ思うかぃ?機密事項だぜぇ・・・」
バイラの息が乱れ、顔色が悪い。出血の影響だ。
「そうか、なら・・・」
サイガが忍者刀を構えた。口を割るまでどこかを切り落とす考えだ。
「ち、 ちょっと待ちなよ。いくらなんでもそれ以上は死んじまうよ。そういうことなら、こいつに任せておくれよ」
サイガの前に割り込むように顔を挟んできたのはセナだった。
今のサイガに冷静さの欠如を見出し、半ば仲裁に近い形で入ってきたのだ。その手には魔録書があった。
「魔録書?神ならともかく、人間が載っているのか?」
「さぁね、ものは試しでやってみるよ」
懐疑的なサイガを差し置いて、セナは魔録書の表紙の目をバイラに向ける。
「魔録書よこいつのことを教えておくれ」
「かしこまりました、ご主人様」
魔録書の目が光った。バイラの全身をなめるように読み込む。
「判明いたしました。対象の人物は王国軍所属、中将軍バイラです」
「なっ、俺のことが載ってるってのぉかい?誰だい、そいつを編纂したのはぁ?」
個人の情報を告げる魔録書の情報量に、バイラは驚愕した。言い当てられるとは思ってもいなかったのだ。
「編纂?魔録書は既存のものではないのか?」
「本自体はそうさぁ。だがその内容は編集者次第なのさぁ」
バイラが言うには、魔録書の作成には筆を使用することはなく、魔力を用いて記憶や知識を転写するというのだ。
「てことは、この魔録書の情報はこれを作った人の記憶や知識ってことかい?」
「まぁ、そういうこったなぁ。王国中将軍の情報まで入ってるとはぁ、とんでもない情報量だねぇ。一体誰の作成だぁ」
「これを作ったのは、多分、私の村の村長だよ」
「村長?」
「ロルフ・オーウェンという御仁だ。聞いた話では、元内務長官だったそうだが・・・」
セナとバイラの間にサイガが入る形で答えた。
「ロルフ老かぁ、こいつぁ納得だぁ・・・」
ロルフの名を聞くと、バイラは大きく天をあおいで呟いた。
「まさかぁ、賢人ロルフお手製の魔録書とはねぇ・・・そりゃあ、見透かされるかぁ・・・いいぜぇ、なんでも聞いてくれぇ、ロルフ老のまえじゃあ、抗うだけぇ無駄だぁ」
「ありゃあ、村長の名前聞いただけで、あっという間に降参しちまったよ。すごいね」
「それだけ界隈では知れ渡り、影響力のある人物だということだ。クロストの市長も恩があると言っていたからな」
ロルフの名の前に、全てを諦めたような態度のバイラ。
頭が回り知恵が働く分、無駄な抵抗をすることもなかった。
「ではあらためて聞く。各特級冒険者に向けられた刺客は、やはり手練れか?」
問いに対する答えは、「わからない」だった。刺客はオーリンが選出したため、横の共有がなされていないのだと語った。
「オーリン率いる勢力の規模はどれくらいだ?」
「これも解らんねぇ」
「どういうことだ?」
「実のところぉ、オーリンはあまり支持されちゃあいないのさぁ。確かにぃ、オーリンはここ数年で立場と発言力を増したぁ。だが、それは抱えている異界人あってのものだからねぇ。だから、数なら約五万人。支持者は百人程度ってえとこだねぇ」
「砂上の楼閣か」
「て、ことよぉ」
「見せかけだけは立派なことの例えです。御主人様」
砂上の楼閣について説明を求めようとしたセナに、先手を打って魔録書が答えた。
「な、なんだい!こ、心を読むんじゃないよ!」
セナは顔を赤くした。
話はサイガとバイラに戻る。
「反国王を掲げたのはオーリンなのか?」
「いやぁ、一番声が大きくてぇ活動的なのはオーリンだがぁ、首謀者は別さぁ。反乱に賛同してるのはぁ、主にそっちの支持者よぉ」
「やはりな」と、バイラの話を聞いたサイガは一言呟いた。
「え?サイガ、どういうことだい?」
「聞こえてくる人物評や話の限りでは、オーリンとやらが仁徳で慕われる現国王に匹敵する支持を得られるとは到底考えられなかったからな。焚き付けた黒幕がいる気がしてはいたんだ」
「なんだぃ、お察しかぃ?」
「おれは元々、国に仕える隠密だ。お前と同じでな」
言いながら、サイガは軽くバイラを指差した。
サイガは、バイラの手段の非常さ、狡猾さ、冷静さから、自身と重ね裏側の出身であると予想していたのだ。
「そんな中で、おれなりに人を見る目を養ってきたつもりだからな」
「へっ、そっちの方もぉ、お見通しかい。ちょっとなめてたねぇぇ。でもぉ・・・最後に笑うのはぁ、俺だぁ」
「なんだと?」
バイラは瀕死の状態でありながら、邪悪な笑みを見せた。勝ちを確信したような勝者の笑みだった。
◆
「ま、ママぁ、ママが血を吐いてる!いやぁあああ!」
悲痛なヌェスの声が響いた。見ると、激しく痙攣するセイカの目、鼻、耳、口から、赤黒い血がポンプで押し出されるように流れ出ていた。
◆
「な、どういうことだ?使い魔の回復が追い付いていないのか?・・・いや、あの症状、あれはまさか・・・」
惨事に目を向けたサイガが、その光景を目にしてひとつ思い当たることがあった。
「おやぁ、気付いたかい?そうだよぉ毒だぁ、それも、飛びっきり強力なねぇ。当然だろぉ、元暗部だからねぇ」
「くそっ!今までの話は効果が出るまでの時間稼ぎか!」
サイガは、バイラを蹴り飛ばした。怒りに任せた、ただそれだけの蹴りだった。
◆
窒息によって薄暗い色となったセイカの身体を、赤黒い血が流れ落ちる。
それは命の灯火ではなく、死への宣告だった。
バイラは水魔法がセイカの顔を包んだ際、その中に猛毒を仕込んでいたのだ。
毒の効果は強く、ヌェスの回復魔法を受け付けなかった。その結果、セイカは窒息に加え水と共に肺、胃に侵入した毒が全身に回り、回復が不可能な状態に陥っていた。
命を脅かす毒。それを中和できるのは、数えるほどしかいない。技量でいうなら、六姫聖のシャノンに匹敵するほどのものが要求される。
だが、ヌェスの魔力ではそれはかなわず、セイカは死を向かえることしかできなかった。
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