第215話 「暗くおぞましいもの」(バトル)
特級冒険者セイカ・ゴマから発生した黄金の光が、怒涛となって封印を叩いた。
遺跡を縦に揺らす衝撃が走り、シンクホールのもろい壁面が剥がれ、霰のように降り注ぐ。
「す、すごい揺れだね。これが超能力ってやつかい?」
動揺したセナが魔録書に尋ねるが、魔録書は「私の中には『超能力』についての情報が入力されていないため、判断できません」と返答した。
それは、セイカの力がこの世界で稀有なものであることを示していた。
「砕け散りなさい!エネルギーショックウェイブ!」
念動力の衝撃波。封印に触れていた黄金の光が爆発した。
壁の紋様に上書きするような亀裂が走り、端々まで行き渡ると、紋様から封印の効果を示す光が消えた。
封印を破壊したのだ。
封印を施していた神殿の石壁が、がらがらと大音をたてて崩れ落ちる。
あまりの瓦礫の多さに大量の土埃が舞起こるが、青髪のヌェスと金髪のウラエが魔法の風で埃をおさえる。
壁の奥には闇が広がっていた。物理の存在ではない邪神は、封印のために作られた空間に封じられているのだ。
闇は佇んでいた。音も動きもなく、静かな凪の湖面のようだった。
「気味の悪い空間ね。邪神が目覚める前にまとめて吹き飛ばして上げる!」
セイカがさらに黄金の光を迸らせる。
「私の子供たちに手を出した罰よ!邪神よ消えなさい!」
セイカが高らかに言いはなった。
本来なら、過去を語る存在であり絶好の研究対象である封印されし神を滅するなど、考古学者にとっては避けるべき愚行なのだが、セイカの勘が、この神は滅するべき悪しき存在であると告げていたのだ。
「・・・おぽぉぉぉぉぉぉぉ・・・」
闇の中から声が聞こえた。漏れるような微かな声だったが、その声は耳にする者の嫌悪感に直接触れてきた。
「ひぃっ」と、たまらずセイカが悲鳴を上げる。
闇に相対していたぶん、至近距離で聞かされた声は湿った舌で直接舐めるように心をなぶってきたのだ。
闇の中から、なにかが向かってきているのがわかった。
セイカは超能力の出力を強める。
「気持ち悪いわね。消えなさい!サイコブレイク!」
超能力による破壊の波動。
激しい攻撃により、得体の知れない不気味な闇が強く乱れた。
「ぽぉぉぉぉぉお、おぽぉぉぉ」
さらに闇からは声が聞こえてくる。先程よりも大きくなっていた。
おぞましさが膨張する。
声を追いかけてきたかのように、闇を突き破って、巨大な枯木が二本飛び出した。
否、それは枯木ではなかった。枯木に見まがうほど痩せて骨と皮だけになった腕だった。
闇の中から現れた痩せた両腕は、左が地面に手の平をつけ、右がセイカにつかみかかった。
巨大な手の平は、女の細身をすっかりにぎりつつんでしまった。
それは、ちょうど人間の大人と着せかえ人形と同じ対比だった。
「ママぁ!」
子供たちが声を、上げた。
六人の中から、先鋒役の白髪のラースと、護衛役の黒髪のフィンクが、役目を全うするために飛び出した。
ラースがセイカを掴む腕の前腕部に蹴り込んだ。
衝撃で手が開き、セイカが解放される。そこにすかさずフィンクが駆け込み、巨腕から守るように間に立ちふさがる。
「こいつは僕が引き付けるから、ママは早く逃げて!」
背中越しにフィンクが叫ぶ。
枯木のような巨腕が大きく持ち上がった。
三本指の手の平を広げると、セイカ、ラース、フィンクとまとめて潰さんと振り下ろす。
しかしそれを、桜色の髪のリュオが遠方からの魔法弾の射撃で阻止した。
「ラース、やれ!」
「おう!」
リュオが叫んで、ラースが飛び上がった。
振りかぶった右の拳を巨腕の手首に豪快に叩き込んだ。
手首の打撃点を中心に、巨腕が『く』の字に折れ曲がる。
巨腕全体も押されて大きくのけ反った。
「すごい!あの大きな腕を殴り飛ばした!」
「見た目は子供だが、使い魔だからな。身体能力は人間以上だろう」
呑気なティルが、バルバロッサと感想を言い合う。
「だが注意しろ、ティル。先程から聞こえるあの不気味な声。封印されているのは、かなり厄介なモノだぞ」
バルバロッサが警戒を促した。
蹴り飛ばされた右腕が音をたてながら地面に落ち、力なく指を広げる。
止まっていた左腕が薙ぐようにセイカたちに迫ってきた。
両手を前に突き出した黒髪のフィンクが、枯木のような巨腕を受け止める。
「ぐぅううううう、やらせるかぁあ!」
奥歯をくいしばり、深く腰を落として巨腕に抗う。
「うらぁあ!」
ラースも加勢して、巨腕の肘間接に蹴りを入れる。その威力は凄まじく、腕は大きく退いた。
右腕に続いて、左腕も力なく手の平を開き天に向ける。
「ママぁ、大丈夫?怪我はなぁい?」
青髪のヌェスがセイカに寄り添って両手をかざす。淡い光が体を包み、傷を癒す。
「大丈夫よヌェス。みんなのおかげで、大したことないわ」
頬と頬を擦り合わせ、柔らかな感触を確かめながら、セイカはヌェスの頭を撫でた。
目を潤ませながら母を気遣う子供たちに、セイカは全身を震わせて喜びを噛み締め、見えないようにヨダレを拭いた。この状況にあっても、欲求には逆らえなかった。
「油断するな!本体が出てくるぞ!」
バルバロッサが警告を発する。
封印の中の邪神は、セイカの予想を遥かに上回る存在だった。
闇の中に撃ち込まれた超能力の衝撃波をものともせず、声は聞こえ続けていた。
◆
「おぽぽぽぽぽぉおぉおぉおぉ・・・」
またしても、闇の中から声が聞こえる。先ほどよりも大きくはっきりとした声。
声の主は邪神、それも、闇一層挟んで向かいでこちらを見ているのが伝わってきた。
闇に波紋が生じた。
ラースに蹴り飛ばされ、ひっくり返っていた両手が、裏返り地面を手の平で捉える。
三本の指と腕に力が込められ、本体を封印の中から表の世界へと引きずり出す。
揺れる暗い表層を掻き分けて、薄茶色の弾力のある物体が、ゆっくりと重々しくその姿を現した。
頭が見えてきた。
薄茶色の弾力のある、たるんだ表皮。まるで溶けたチョコレートのように重力にしたがって下がる。
顔は無かった。目も鼻も耳も無く、頭部には顔全体にすり鉢状に広がる縦の楕円の口。中には棘のような歯がおろし金のように無数に並んでいる。
「ぽっぽぽぉぉおおおお・・・」
泣き声なのか、不気味な音を神殿内に響かせながら、邪神は腕に見合った巨体をずるりずるりと封印から引き出していた。
「な、なんだあの醜悪な風貌は?本当に神なのか?ただの化け物にしか見えないが・・・」
一般に言われる、崇拝の対象となるような神とかけ離れたその姿に、流石のサイガも背筋に冷たいものを感じた。
「き、気持ち悪ぅ・・・何の神様か知らないけど、あれは封印されちまうよ・・・」
セナも肩を縮ませて嫌悪を露にする。
「ご主人様、私の表紙についている目をあの神に向けてください!お早く!」
「わ、わかったよ」
魔録書に急かされ、セナが魔録書の目を邪神に向ける。
表紙の目がかすかに光ると、瞳孔に神の姿を捉えた。
「・・・・・・ご主人様・・・」
「なんだい?何か解ったのかい?」
魔録書の声が明らかに重く、沈んだ。
「今すぐお逃げください・・・あの神は危険すぎます・・・ご主人様の勝率は無に等しいです」
「ええ?そんなにヤバイやつなのかい?なんなんだい、あの神は?」
魔録書が出した答えは絶望的なものだった。その根拠をセナは尋ねた。
「あれは、『咆滅の魔神 タタンギィル』。一声、一叫びであまたの命を奪うことの出来る、死を招く神です。その名の通り滅びを招くことしかない不毛の神のため、ここに封印されていたのでしょう。改めて申し上げます、ご主人様、ただちにお逃げください!」
警告の声は緊迫感を孕んでいた。それだけタタンギィルが絶望的な存在なのだ。
「魔録書よ、一つ答えてくれるか?」
サイガが尋ねてきた。
「・・・・・・」
魔録書は答えない。主であるセナ以外には反応を見せないのだ。
「魔録書、答えておくれ」
「かしこまりましたご主人様。では、質問をどうぞ」
セナに命じられて、魔録書はサイガからの質問を許す。
「あの咆滅の魔神とやら、あれは万全の状態か?」
「いえ、まだ封印が完全に解かれていないため、記録されているほどの威力のある魔法は使用できません」
「万全になった際の被害は予想できるか?」
「タタンギィルが使うのは、命を奪う『死の咆哮』。その威力と範囲は万全なら一声で万の命を奪うと伝承されています」
「ということは、もしあいつをこのまま逃がしてしまって、完全に復活してしまったらオーリンどころではなくなってしまうな」
「そうなると考えられます」
「だったら、ここで決着をつけるしかないだろう」
そう言うと、サイガは忍者刀を手にとった。
「ああ・・・やっぱりやる気なんですね」
いやな予感が的中したのか、ティルが諦めたような声を出す。
「ティルよ、いい機会だ。ここでよい経験をさせてもらえ。お前の成長に、存分に力を貸してやるぞ」
バルバロッサの声は歓喜に満ちていた。
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