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第20話 「美しき戦士」(バトル)

 天に、地に、そしてその果てまでも苦痛の一色に染め上げるように、キマイラの絶叫は辺り一帯を支配した。

 音の高低を何度も行き来し、強弱の波も激しく入れ替わる。

 たてがみを燃やされたときよりも、強く地の上を跳ね回り、痛みに抗う姿は悲痛そのものだった。


 未知の怪物に深手を負わせておきながら、サイガの心中は穏やかではなかった。激痛を紛らわすために暴れ回るキマイラに、消耗の気配が見られないのだ。

「さて、どうするか・・・」

 サイガは小さくつぶやいた。

 自身の手に握られる忍刀は、五メートルを超える怪物に対し、決定打に欠ける。

 それもふくめ、現在の手持ちの装備での勝算の目処が立たないのだ。

「セナ、エィカ。ここはおれがひきつける、二人は振り返らずに全力で走って、東の町を目指せ」

「そんな、一人でひきつけるなんて無茶です。三人で戦いましょう」

「そうだよ、そんな寝覚めの悪いことなんて出来るわけないだろ。一緒に旅するって言ったんだ、最期までそれは変わらないよ」

 二人はサイガの後ろから一歩踏み出し、横一列に肩を並べた。


 苦悶の時間を乗り切り、キマイラが痛みに顔を歪ませながら四肢で地を踏みしめた。全身が細かくふるえ、余韻がまだ体を駆け巡っていることを知らせている。しかし獣の意地なのか、怨敵を討つという意思の宿った目からは鋭い光を発している。

 激しい殺意を察し、三人が決死の覚悟を決めた。

 そのとき、キマイラの咆哮にも匹敵するような轟音が鳴り響き、大きな二つの何かが、キマイラの上空から、その背中に降り注いだ。衝撃は強烈で、キマイラの巨体を腹ばいに地面に押さえつけた。

 三人とキマイラが、状況を理解するため、同時に上空を見上げた。キマイラは獅子の首の稼動域が狭いのか、山羊の顔がその役を勤めた。

 空には一つの人影があった。逆光にあって仔細はわからないが、風にはためくマントと長い髪、華奢な体つきから女であることがわかる。

「きみたち、大事はないか?助太刀するぞ!」

 上空から凛とした声が三人に投げかけられた。声の主が三人の前に降り立つ。


 舞い降りた女の姿を目の当たりにして、サイガは言葉を失った。

 髪はつややかに黒く、陽光を反射して地上に太陽の出現を連想させる。顔立ちは凛々しく、眼光は強い意志を宿したかのように鋭い。背は高く、一瞬、男を思わせ、それがまた一層、顔の凛々しさを引き立てる。

 女はあまりにも美しかったのだ。

 それはまるで絵画から飛び出たような、彫像が命を宿し動き出したかのような、芸術的な美しさだった。

 その美しさは、キマイラという命を脅かす敵を前にしておきながら、視線を奪い去る。おそらく、キマイラの美的感覚が人間と同じなら、キマイラでさえ戦いを忘れ見入ることになるだろう。

「私に見とれる気持ちはわかるが、呆けるな。やつが立ち上がる。指示を出すんだ!」

「あ・・・ああ。エィカ、風でやつの視界をさえぎるんだ。セナ、火球の飛ばせない死角、側面から攻撃しろ!」

 女の言葉に正気を取り戻したサイガは横の二人に指示した。


「では私は、魔法であいつの足を止めてやろう」

 攻撃の方針が決まったところで、女が役回りを宣言した。手を前にかざすと詠唱を始める。

「氷よ敵対する者の動きを縛れ。『永久の氷床』」

 魔法の名を発すると同時に、女の手から氷の粒が放たれた。粒が前方に着地すると、粒からキマイラに向けて瞬時に氷の床が形成された。

 さらに大小さまざまな氷柱が突き出し足に突き刺さり、そこに包むように霜が発生して四本全ての足を完全に固定し、獣の俊敏性を封じた。

 自由を奪われたキマイラが状況を打開しようと胴をうねらせる。

「セナ、今だ。足を断ち切れ」

「あいよ」

 サイガに言われ、セナがキマイラの左足側面に回りこんだ。

 迎撃を試みたキマイラが頭を向け、続けて前足を振り上げようとしたが、固定された足がその動きを妨げる。

 未知の状態に陥って混乱したのだろう、戸惑い短く呻き声を漏らした。


 セナの鉈がキマイラの左足を薙いだ。

 戦闘用の斧に比べれば威力が大幅に劣る伐採用の鉈だが、セナが渾身の力で振り抜けばそこに必殺の一撃が生まれる。

 キマイラの左足は氷に縫い付けられた部分と本体とで分断された。氷の床に鮮血が飛び散る。

 支えを失い重心を崩したキマイラが左に傾く。とっさに失った左前足で体を支えようとするが、傷口を地面にこすり付けることとなり、更なる痛みに襲われ苦悶の咆哮をあげる。

「見事な一撃だ。後は任せてもらおう」

 女が氷の床をすべるように前に出た。軽やかに飛翔すると、大きく開かれた獅子の口に大きな筒が差し込まれた。

 いつのまにか女の脇には大砲が一門、抱えられていたのだ。

「光栄に思え。私の最高魔法、冷撃砲『ハチカン』で散れるのだからな」

 砲身は金属ではなく氷で構成されていた。その砲身に女の魔力が注がれると、内部に光が発生し透明な砲身はまばゆく輝きだす。

「ウバーラ弾装填!発っ・・・」

 砲弾を装填し、砲撃を告げる女の声が途切れた。獅子の頭の窮地に、山羊の頭が口を開き何かを放とうと狙いを定めたのだ。

 だが、山羊の頭が阻止できたのは言葉だけだった。

 下方から飛び掛ってきたサイガが山羊の首に刃を突き立て、動脈と気道をまとめて切り裂いた。山羊の頭は頚骨だけで、のけぞるように垂れ下がる。

「露は払った。やってくれ!」

「感謝する。君が敵でなくてよかったよ。ウバーラ弾、発射!」

 ウバーラと呼ばれた魔力の弾丸が獅子の口腔内で前方へと爆ぜた。奔流と化した氷の魔力は、獅子の喉奥に叩きつけられる。

 獅子の頚部が大きく膨れ上がると、後頭部もろともはじけ飛び、血と肉片の驟雨をもたらした。


 全ての頭を失い、制御を失った巨大な魔物の体は、力ない肉塊となって倒れた。

 サイガの異世界での初の魔物との戦いは、勝利で幕を閉じた。

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