第211話 「気の緩み、不覚の念」(ストーリー)
特級冒険者の一人、セイカ・ゴマが調査を続けているという古代遺跡オグノスをサイガ達は目指す。
一行は、魔録書の機嫌を直してから更に一日馬を走らせ、オグノス近くの集落に到着した。ここがオグノス付近で唯一の宿がある場所になる。
「やっと宿に着いた、ようやくベッドで眠れるね」
到着するや否や、セナは馬の背から飛び降り体を伸ばす。
「そうだな。今夜はゆっくり休んで、明日の朝一番で遺跡に向かうとしようか」
続いて下馬しながら、サイガが応える。
「じゃあ、私は部屋をとってくるよ。二つでいいかい?私とサイガが一緒で、ティルが一人」
「いいわけあるか。三つだ」
「えぇ?一緒に寝ないのかい?」
「旅行じゃないんだ。余計なことは考えずに部屋でしっかり休め」
「ちぇ、わかったよ」
セナは宿の中へと入っていった。
サイガは、ティルと共に馬を厩舎へと預ける。
「あの・・・サイガさん」
厩舎から宿に向かう道すがら、ティルがサイガの横に並び声をかけた。語調が重い。
「どうした?」
「なんで僕、サイガさん達と一緒なんでしょうか?僕は下級冒険者だし、それに二人の邪魔になってる感じがあるし・・・」
おそるおそるティルが尋ねてきた。
「おれとセナのことなら気にするな。あいつはなぜか旅行気分だが、おれにそんなつもりはないから気を抜くことは無い」
「は、はぁ・・・そうなんですね。僕はてっきり二人で楽しんでるとばっかり・・・」
ティルの一言に、サイガは胸を刺された気分になった。自身は、任務に当たり気を張り詰めた状態のつもりだったのが、傍目に見れば女連れの浮かれた道中に映っていたというのだ。これは、これまでのどんな強敵の攻撃よりもサイガを傷つけた。
「な、なんだと・・・おれは、そんな風に見られていたのか・・・」
歩きながら、サイガは思わず片膝を着いた。
これは任務に生きてきた忍にとって、最大の侮辱だった。遊び半分で事に臨んでいると弱卒に切り捨てられたのだ。
サイガは膝を着きながら目を閉じ、ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐いた。精神を整える。
「だ、大丈夫ですか?一体どうしたんですか?もしかして、どこか体調が・・・?」
「いや、問題ない。すまないな、ちょっと眩暈がしたんだが、もう平気だ」
立ち上がると、サイガは再び歩き出した。
「ティル」
今度はサイガから話しかけた。
「はい?」
「おれは浮かれているように見えたか?」
「浮かれているというよりかは、楽しそうでしたね。なんていうか、セナさんと一緒で恋人気ぶ・・・」
「わかった!そういうことなら気をつける。すまない!」
「は、はぁ・・・」
ティルの言葉を遮る形で、サイガは話を終わらせた。ティルはいまいち理解できずにいた。ティルは鈍感だった。
「いかんな、気持ちを引き締めなければ・・・これは恥だぞ・・・」
わずか数歩の間に、サイガは激しく消耗していた。
◆
一夜明け、まだ朝の冷たい空気が残っている宿の前に、食事を済ませた三人が揃っていた。
「どうしたんだいサイガ?随分疲れた顔してるけど。寝不足かい?あんたらしくない」
「いや、すこし考え事をしているだけだ。体調に問題は無い。行こう」
昨夜の動揺と心中をセナに悟られまいと、サイガは追求を避けるように出立を促した。普段は大雑把な性格のセナだが、感覚的なところでは勘の鋭さが働くのだ。
「ふぅん。わかったよ」
様子のおかしいサイガに引っかかりながらも、セナは言葉に従った。
「魔録書よ、ここからオグノスの遺跡まではどれくらいだい?」
先日の約束どおり、セナは魔録書を取り出すと質問をする。
「はい、ご主人様。オグノス遺跡には南東に向かって約三キロです」
「ありがと。じゃあ、行こうか。あれ?サイガ、馬に乗らないのかい?」
魔録書を懐にしまいながら、セナはサイガが馬に乗ろうとしないことに気付いた。それどころか軽く体を跳ねさせて、これから運動が始まるような動きをしていた。
「すまないが、おれは走っていく。手綱は自分でひいてくれ」
「え?本当にどうしたんだい一体?」
「ん・・・まぁ・・・なんだ、これから特級冒険者に会うからには、一筋縄でいかないだろうと思ってな・・・体を温めておく必要があるだろう?」
言いながらも苦しさを禁じえず、サイガは前を見たままだった。
違和感の残る空気のまま、三人はオグノス遺跡に向かって走り出した。
◆
オグノス遺跡は近年になって発見された遺跡で、現段階では本格的な調査は行われておらず、特級冒険者のセイカ・ゴマが単独で調査を行っている。
街道からさほど離れた場所でもないのに発見が近年になったうえに調査が進まないのは、遺跡の場所が元は湖であり、そこに突如出現したシンクホールの底に遺跡があったからだ。
シンクホールは幅五十メートル、深さは約三百メートル。陽の光の届かない深淵の底ではどのような魔物や罠が待ち構えてるかも解らず、一般的な考古学者や調査員では二の足を踏むのだ。
そのような理由から、オグノス遺跡は考古学者であり特級冒険者でもあるセイカ・ゴマのためにあるような遺跡だった。
「かなり深い穴だね。底が全く見えやしないよ。ねぇ魔録書、この穴はどれくらい深いんだい?」
「深さは約三百メートルです。底に光が届かないので調査は困難を極め、発見から現在に至るまでの約二年、ほぼ手付かずの人跡未踏の地となっています」
セナに問われて魔録書が答えた。
「だってさ。どうすんだい、そんな長いロープなんて持ってきてないよ。歩いて降りていくかい?」
魔録書を閉じて、セナはサイガを見る。
「いや、無理をする必要は無いだろう。調査中ということなら、その特級冒険者を探せばいいだけだ。穴の中に拠点があるとは考えにくい、どこかにテントでも・・・」
サイガが穴の周囲を探るように見渡す。
穴の周りは水が抜けてすっかり干上がった湖の跡と、それを囲む深い森の木々。
三人はそれぞれに森に目を向けてセイカ・ゴマを探す。
「・・・あの、サイガさん。あそこ見てください」
ティルが視線を前方に固定させたままサイガに声をかけた。
「何か見つけたか?」
「はい、人が居ます。だけど・・・」
「だけど?」
「子供です」
「なに?」
思わずティルのほうを振り向きそうになったが、警戒されることを考えて、体を固定させる。
「子供だと?」
「はい。右手の十メートル先の茂みの方から、顔を覗かせてこっちを見ています。どうしましょうか?」
サイガが日光をさえぎるように両手で目に屋根を作った。そして、その掌の中に一枚の鏡を仕込ませていた。
顔の向きを固定させたまま、掌の鏡で、横目に茂みを観察する。
「確かに子供だな。年で言うと十歳ぐらいか・・・なぜこんなところに・・・」
「関係者かな?」
「どうだかな。だが、子供というところが不可解だ。・・・よし、おれが声をかけてみる」
少年に向き直ると、サイガは歩き出した。子供相手とはいえ、全身に警戒の気を張り巡らせていた。
「やあ、ぼうや。きみは・・・」
「ぴゃああああああ!」
近づきながら声を変えた瞬間、少年は甲高い悲鳴を上げて森の奥へと逃げ出した。
「なっ・・・」
「ちょっとサイガ、子供に声をかけるにしては顔が恐すぎるよ・・・」
セナの言うとおり、サイガの顔は警戒で鬼面のようになっており、子供が恐怖で逃走するのも無理はなかった。
「もぅ、なにやってんのさ、あんな子供を恐がらせちまって」
セナがぼやきながら子供を追いかけた。
「ぐっ・・・むぅ・・・」
子供のあまりの拒絶ぶりに、サイガは言葉を失っていた。以外にも傷ついていたのだ。
セナが茂みを掻き分けて奥に一歩踏み込んだ。
そして、底で目にした光景に、思わず声を上げた。
「え、な・・・こ、子供がいっぱい?」
意外な光景に硬直するセナの後ろに、サイガとティルが追いついた。
横から前を覗き込むと、そこにはセナの言葉どおり数人の子供がいた。更に驚くことに子供達は一人の大人の女を取り巻くように囲んでいたのだ。先ほどの子供は女の足にしがみついていた。
「一体、どういうことなんだ?」
セナに続き、サイガもティルも固まった。それだけ、場に不釣合いな光景だったのだ。
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