第210話 「魔録書の訴え」(ストーリー)
ドクターウィルとダムド姉弟が中央都市南西部の街道脇で追手と死闘を繰り広げているのと同じ時、その東、王国を南北に貫く大街道を二頭の馬が走っていた。
馬の背に乗るのは、サイガ、セナ、ティルの三人。ティルは一人で馬を駆り、サイガとセナは、セナが無理矢理同乗するかたちで相乗りしている。
「な、なんだい、今の音?なんだか遠くで大爆発が起こったみたいな音だったけど・・・」
南下する馬の背の上で、セナがサイガの背に抱きつきながら、西方に目をこらす。その先には、ドクターウィルの研究施設上の小屋を吹き飛ばした爆発魔法の煙が上がっていた。
「煙が黒いな。あまり良い予感がしない。かかわり合いになら無いよう、さっさと抜けるとしよう。ティル、馬を急がせろ!セナ、しっかり掴まっていろ!」
不穏な気配を察知したサイガが、南下を急ぐ。
「はい!」とティルが応え、「うん」とセナがサイガの背を抱き締めた。
◆
サイガたち三人が向かうのは、ここよりさらに南、特級冒険者『セイカ・ゴマ』の居るという『古代遺跡オグノス』。
セイカ・ゴマは元は考古学者であるが、その研究の末に多数の古代魔法の復活や神代の技術を解明したとして、その功績の大きさから特級冒険者の地位が与えられた。
そして現在も、セイカは本職である研究のため、一人遺跡に身をおいているのだ。
「考古学者なのに冒険者というのはどういうことなんですかね?」
爆炎が北の空の果てに消える距離まで馬を走らせたところで、ティルが疑問を口にする。
「確かに、わざわざ兼業にする必要ないよね。ねぇどうしてなんだい?サイガ」
「お、おれに聞くな。違う世界のおれが知るわけ無いだろう」
「それもそうだね。じゃあ、久しぶりにあれを開くよ」
そう言うと、セナは懐から一冊の本を出した。魔録書だった。
「そう言えば、そんなものを持っていたな。最近使っているのか?」
「じ、実は全くなんだよね。最近はエィカや六姫聖の誰かがいたから、わかんないことあったら教えてもらえてたから、思いつきもしなかったんだよね。はは・・・」
サイガからの問いに、セナは苦笑いをしながら魔録書を開き、久々に呼び掛けた。
「魔録書よ、特級冒険者セイカ・ゴマについて教えて」
「・・・・・・」
「あれ?おーい、魔録書!どうしたんだい?おい!おーい!」
主として登録されているはずのセナの声に、魔録書は応えない。
かつてセナが使用した際は、その呼び掛けに即座に応じ質問に答えていた。それが今は、死んだように無反応なのだ。
「どうした?壊れたのか」
後方の異変に、サイガは目だけを向けて尋ねる。
「んーどうなんだろうね。表紙の目の部分は起動した光をだしてるんだけど、うんともすんとも言わないんだよね。よし、ちょっと叩いてみるか!」
無反応に耐えかねたセナが、魔録書を叩こうと右手を平手で振り上げた。その時。
「その必要はありません。私は正常です」
魔録書が声を発した。
「わっ!ビックリした!な、なんだい、ちゃんと起きてんじゃないか!だったら返事をしなよ」
「・・・・・・」
一度声を発した後、魔録書は再び沈黙した。
「ん?あれ?おーい、どうした?」
口を閉ざした魔録書をセナは軽く振る。
それでも魔録書は無反応だった。
「あ、あの、それってひょっとして、怒ってるんじゃないんですか?」
ティルが、後方から恐る恐る声をかけてきた。
「え?怒ってるって、どういうことだい?こいつは本だよ」
「で、でも、返事をしたってことは、意識や人格があるんですよね。さっき、使うのを忘れてたってセナさん言ってたじゃないですか。だから、放ったらかしにされて怒ってるんだと思うんですよ。僕も経験があるからわかります。道具も怒るんです」
ティルが語る経験というのは、その腰に下がる意思を持つ剣『バルバロッサ』のことだった。
長年バルバロッサと共に生活するティルは、意思を持つ道具の気難しさを熟知しているのだ。
「ま、魔録書、あんた、本当に怒ってるのかい?」
恐る恐るセナが魔録書に問いかけた。
「・・・百と三日です・・・」
「え?」
「ご主人が前回の私の使用から、また声をかけられたのが百三日ぶりです。私はそれだけ暗い時を過ごしていたのです」
重々しく口を開く魔録書。
その口調には明らかな生々しい情が含まれていた。
「え、そ、そんなに使ってなかったのかい?ごめんよ、まさかそんなに経ってるとは思わなくって・・・」
「私の役目は、ご主人に知識、情報を伝えること以外ございません。そしてそれを最上の喜びとしているのです。魔法によって擬似的に作られた人格の私とはいえ、感情はあるのです・・・」
役目を果たせぬことがよほど無念だったのだろう。魔録書の語り口には悲しみが溢れていた。それは人間のそれと遜色なかった。
「ごめんよ魔録書。これからは、もっとあんたを頼るから、機嫌直しておくれよ」
セナはへそを曲げた本を両手にとり、必死に訴えかける。
「・・・本当、でございますか?」
「うん、うん、本当だよ。毎日あんたを使うから」
「かしこまりました。それならば私も勤めを果たさせていただきます」
セナの必死の弁明によって、魔録書はなんとか機嫌を持ち直した。
あらためて、セナは魔録書に『特級冒険者セイカ・ゴマ』について尋ねる。
セイカ・ゴマ。
ルゼリオ王国、五人の特級冒険者の一人。
学生の時分より発掘、調査などにおいて豊富な知識と鋭い感性をもち、多くの論文と発見を積み重ねる。
考古学者となってからは、自ら単独で未開の地へ赴き、通常は冒険者を随伴させる調査であっても個人の戦闘力でもって魔物や盗賊を退ける。
そのため、調査や武装許可の申請の手間の兼ね合いもあって冒険者としても登録をしている。
本人曰く、「素人と一緒になって、足を引っ張られるぐらいなら、一人の方が話が早い」ということらしい。
と、魔録書は語った。
「他人を煩わしがって、自分が冒険者になるなんて、なかなかの偏屈って感じですね」
話を聞いて、ティルがポツリと言った。
「だが、その理由で冒険者になっておきながら、国内に五人しかいない特級になれるのだから、実力は相当なものだということだろう。もしかすれば、今まであった誰よりも強者かもしれん」
サイガが期待を込めた推論を口にする。その顔は僅かに笑っていた。
「なんだいサイガ、嬉しそうだね。セイカって人が強そうだから、戦えるとか思ってないだろうね?」
表情の変化を見て、セナは笑いながら語りかける。
「う、なんでわかった?」
「ふふ、なに言ってんのさ、ずっと一緒にいるんだ。なに考えてるかぐらい、すぐにわかるよ」
サイガにつられるように、セナもニヤリと笑う。
「あんたが戦いを好きなのはわかってるけどさ、あんまり無茶しないでおくれよ。これでも、怪我とかしないか心配してんだからね」
「わかってる。気を付けるよ」
サイガは、セナの頭に軽く手を添えた
「ちなみにですが、セイカ・ゴマは女性です」
魔録書が付け足した。
三人は揃って「え?」魔録書を見る。
「素性の話から男性と思われがちですが、セイカ・ゴマはれっきとした女性です。ですが、冒険者としての戦闘力は折り紙つきですので、そこは期待どおりでしょう」
魔録書は淡々と語る。
「だってさ。どうすんだいサイガ、戦うの?」
「まぁ、相手の出方次第だな」
思いがけない情報に、サイガの顔は目に見えて落胆していた。
いくら戦闘を好むとはいえ、すすんで女を傷つける剣を握るつもりは毛頭無いのだ。
馬は南方へと進み続けた。
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