第208話 「戦の才覚」(バトル)
上がり続ける爆炎に照らされながら、地上の三人は空中の三人を睨み続ける。
ドクターウィルの研究所を爆撃した刺客は、黒いフードを目深に被った異界人が一人と、軍服を纏ったダムド姉弟の元部下二人だった。
「グレイド!」
三人の中央の男の顔を見るや否や、エンディーが男の名を叫んだ。
男の名はグレイド。王国軍において、千人規模の部隊を配下につける権利を持つ、中将軍の位を与えられた人物だ。武力においては上級冒険者に値する。
名を呼ばれたグレイドがエンディーに視線を向ける。その顔は笑っていた。
「よう、エンディー、トーマ。お前らを殺しにきたぜ!さぁ、遊ぼうかぁ!」
そう言うと、グレイドは右の掌を前に突き出した。
左右の二人、異界人と部下の男がその動きに従い、地上の三人に向かって突進を開始した。
「さっきの爆発、スキルと魔法どっちだと思う?」
エンディーが双剣を構えながら、トーマに問う。
「少しだけど、魔力の流れがあった。多分魔法だよ。飛行魔法も使ってるし、軍属の方は中級以上の魔法使いだね」
考察を口にするトーマ。
その考え通り、爆発は魔法によるものだった。
双子の数メートル前の空中で、異界人と魔法使いは停止した。
二人が同時に双子に掌を向けた。魔力の塊が発生する。爆発魔法の胎動だった。
「い、異界人が魔法を使ってる?」
思いがけない光景に、エンディーは思わず声をあげた。迎撃のための踏み込みが止まった。
「危ない!」
驚きのあまり、動きの一瞬止まった姉の体を、トーマは引き寄せた。
直後、前から迫った爆発魔法が横を通り過ぎ、後方で新たな爆炎をあげた。
「なにやってんだよ、姉ちゃん!」
「ご、ごめんね、ちょっとビックリしちゃって・・・」
弟の腕に抱かれながら、エンディーは油断を詫びた。
異界人と魔法使いが再び手をかざした。魔法が再発動する。
「お姉ちゃん、また来るよ!」
「く、異界人のスキルの正体がわからないままだと、どんなくらい方するかわからない!もぅ、すごいやりづらいわ!」
思わず癇癪のような声をあげるエンディー。
その間にも、二人の魔法は発射に向けて蠢く。
「撃て!」
グレイドの号令を受けて異界人と魔法使いが爆発魔法を発射した。
迎撃のため、双子は武器を構える。
「バカモン、正体がわからんのに律儀に相手にしてどうする。まるごと撃ち落とさんかい」
ドクターウィルが緊張感を断ち切るような言葉を発しながら、双子と刺客の間に円盤を割り込ませた。爆発魔法が直撃する。
爆煙が宙に巻き起こり、視界を遮った。
「トーマ、仕掛けるわよ!」
好機と判断したエンディーが声をかけ、双子が跳躍した。
煙の中に飛び込むと、留まり続けていた円盤に足をかけ、もう一段、跳躍をする。
双子が煙を抜けた目の前には異界人と魔法使いがいた。
エンディーの双剣が冒険者に、トーマのヌンチャクが魔法使に迫る。
「獲った!」
双子が同時に確信した。それだけ、急速の接近、奇襲だった。
が、異界人と魔法使いは紙一重で攻撃を回避した。それは速度を超えた、予知と言ってもいいほどの反応だった。
「嘘っ?絶対いけたはずなのに避けられた?ちょっとトーマどうなってるの?」
着地して真っ先にエンディーはトーマに詰め寄った。
「そ、そんなの知らないよ。でもあの避け方、なにかおかしかった。的確じゃなくて、かなり大雑把だったような・・・」
「それは私も感じた。なにか嘘みたいな、幻みたいな感覚。私達を見てないような・・・あっ!」
「あっ!」
意見を交わすうちに、双子は同時になにかに気づいた。
「トーマ、私わかっちゃった」
「僕も」
見つめあって、二人はニヤリと笑った。
「ねぇドクターウィル!協力して」
エンディーが後方で様子を見るウィルに要請した。
「なんじゃ?なにかわかったんなら、教えんかい」
説明を求めるウィルに、エンディーが駆け寄ってきた。
「あいつら多分、スキルで魔法や感覚を共有してる。だから同じ魔法も使えるし、攻撃の避け方も自分本来の技術じゃないから大雑把なのよ」
「なるほどな。んで、わしゃ何をすればええんじゃ?」
双子が揃って、上空のグレイドを指差した。
「あいつを攻撃して!グレイドは一歩引いた位置で、俯瞰で司令塔の役目をやってるから、指示を乱せるはず」
「僕たちは、統率が乱れた隙をついて部下の二人を倒すよ」
「ふむ、それはわかったが、空に居る問題はどうするんじゃ?」
「え?そんなの、指揮が乱れたあと、跳んで近づいて叩き落とせばいいじゃない。ねぇ、トーマ?」
ウィルの疑問に、エンディーは当然と言わんばかりにあっさりと答えた。トーマも頷いて同意していた。
「やれやれ、最後の最後で脳筋なのは父親譲りじゃのう・・・」
あきれたような、納得したような感覚にウィルは陥った。
ともあれ、三対三の戦いが再開された。
◆
向かい合う三人と三人、最初の動いたのはドクターウィルだった。
両手に円盤の遠隔操作の装置を仕込んだ手袋をはめ、踊るように指を動かすと、円盤から十個の金属の球体が飛び出した。
大きさは成人の拳程度で、羽虫のように空中に浮遊する。
「こいつぁ、いわゆるビットってやつじゃ。浮遊魔法の魔法珠と制御装置を小型化して内部に搭載した、最新の兵器よ。そーら、遊んでやるぞ」
ドクターウィルの指が、再び踊るように動いた。
十個の金属球が一斉にグレイドに襲いかかる。
「くっ、な、なんだこいつは?不思議な動きをしやがる。魔法なのか?」
魔法と科学の複合によって産み出されたウィルの兵器に、グレイドはおおいに戸惑った。
周囲を飛び交う十個の金属球は、空気を搔き乱す音を立てながらグレイドを攻め続ける。
時には金属球同士ぶつかり、衝突音と火花を立て、精神的にも追い詰めてきていた。
しかし、グレイドは一般人ではない。右手に得意武器のダガーナイフを握り、左手で簡易的な盾魔法を展開すると、ビットに対抗を始めた。
中将軍であり、上級冒険者に匹敵する戦闘技術を有するグレイドは、その立場に恥じない戦いぶりを見せた。
空中という不安定な足場でありながら、ダガーナイフは金属球を滑らかに弾き、盾魔法は揺るぎなく弾く。
舞うように踊るように迫る金属球を、同じく舞うように踊るようなナイフ捌きで、グレイドは凌ぎ続けた。
だが、両手の五倍量の十の金属球の猛攻は、徐々にグレイドを劣性に追い込み始める。
「いかん、このままでは押しきられる!一体なんだ、この球は?」
金属球は休みなくグレイドを攻める。ナイフと盾の弾かれながらも、その合間を縫って、厚手の軍服の体をくまなく叩いていた。
「ぐ、グレイドさん、スキルを解きますよ。そっちのダメージがこっちにも来てる。このままだと、我々も戦闘不能になる!」
異界人が声をあげた。
「トーマ、今の聞いた?」
「うん、やっぱり、あの異界人が共有させてるみたいだね。しかもドクターウィルの攻撃の影響で連携が乱れてきてる」
エンディーとトーマが上空の三人を見上げる。
『共有』のスキルは、指定した人員内で魔法や感覚を共有させるスキルであり、異界人に魔法を使わせたり、指揮官の視野や感覚を時間差無く伝達することが可能となる。
だが、デメリットが無いわけではない。痛覚なども共有してしまうため、一人がダメージを受けると全員に伝播してしまうのだ。
そして、グレイドを初めとした三人は、金属球の攻撃によって徐々に高度を落としてきていた。グレイドのダメージにより、飛行魔法を使用している魔法使いの集中が乱れ始めていたのだ。
三人の高度が、双子の跳躍の射程内に入った。
「きた!いくよ、トーマ」
「うん!」
双子が飛び出した。同時に異界人と魔法使いに攻撃を仕掛ける。
「なめるな、ダムド姉弟!中将軍の矜持にかけて、この程度乗り切ってやる!」
グレイドが怒りと共に両手の速度を向上させた。限界まで引き上げられた動きは十の金属球にかろうじて対抗し、圧されていた戦況を五分へと持ち直した。
さらに奮起した異界人と魔法使いも、魔法、感覚、情報を『共有』させ、双子へと対抗する。
ドクターウィル、エンディー、トーマと、グレイド率いる刺客隊。その戦いは激化を増していった。
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