第207話 「希望、野望、欲望」(ストーリー)
「いやぁ、パパ、パパァーーーーッ!ねぇ、おろしてよぉ!パパを助けにいくのぉー!」
王都フォレスから脱出したドクターウィルの駆る円盤のマジックハンドに掴まれながら、ハンニバル・ダムドの娘、エンディー・ダムドは、涙ながらに父を呼び続けた。
「ええい、ガキじゃあるまいに、やかましい娘じゃ。おい、息子の方、こいつを黙らせろ!」
叫び続けるエンディーに辟易したドクターウィルが、弟のトーマに苦情をいれる。
「お姉ちゃん、落ち着いてよ。父さんは多分、封空暗居棺を使ったから、後からでも助け出すことができるよ。だから安心して!」
エンディーを落ち着かせるために、トーマは封空暗居棺について知りえる情報を伝えた。
封空暗居棺は、その内部の時間と空間を外界から遮断する。
その影響は術者本人にも及び、外部からの攻撃は届かない。
そして、術は術者の命を少しずつ消費することによって効果を持続させるが、その際には時の流れは緩やかになり、外部の流れより数千分の一にまで落ちる。
それにより、術は長い時間の可能とするのだ。
「じゃあ、パパはまだ生きてるの?」
「そうだよ。父さんの体力と術の効果を考えれば、数ヵ月は余裕があると思っていいから、戦力を整えて、オーリンを倒せばいいんだよ」
トーマの言葉によって希望を見いだしたエンディーの顔から、涙が消えた。
「そうね、やってやるわ。パパを助け出して見せる!ねぇドクターウィル、早く中央都市、姫のところへ急いで!」
「なんじゃい、現金なもんじゃのう。堅物のオヤジとは似ても似つかんわい」
「言い換えれば、切り替えが早いんですよ。いいことじゃないですか」
呆れるウィルに、トーマがフォローにはいった。
ウィルは「ふぅ」と息を吐き、言葉を続けた。
「中央都市へは向かう。が、その前に寄るところがある」
「寄るところ?何処ですか?」
ウィルの提案にトーマが尋ねる。
「ワシの研究所だ。姫のところに転がり込むのに、手ぶらでは悪いからの。ちょっとした手土産の回収じゃ」
そう言うと、ウィルは進行方向を中央都市グランドルから、その南方へと変更した。
◆
「おのれぇ、ウィルだけではなくハンニバルにまで手が出せんようになってしまうとは・・・こうなれば、軍部の全体の掌握と、検体生物の完成を急がねばならんな」
執務室の椅子に体を投げるように腰を下ろすと、オーリンは思惑を口にする。
「お前達、段取りは出来てるんだろうな?」
机を挟んで対面に立つ、ドクターギアとドクターワットに問う。
「ええ、問題ないわ。滞りなく進んでる。・・・あと、ひとつ言っておくことがあるわ」
「なんだ?」
「私たちは部下ではなく、謀反の協力者よ。口の利き方や態度には気を付けて!」
オーリンの態度に業を煮やしたギアが釘を刺した。
「な、なんだと・・・」
オーリンにはコンプレックスがある。
王都に勤め初めて数十年、うだつの上がらない立場が続き、無力感を味わい続けてきた人生の中で張りぼてのような上昇志向を抱くようになったのだ。
だが、生来能力の及ばないオーリンにとっては、手の届かない理想であり、現実との差に鬱屈した日々を過ごしていた。
そのことから、異界人監理局長官に就任してからは、顕著に他者を見下すようになっていたのだ。
「私たちは、あんたがドクターウィルの研究成果をくれるっていうから、協力してるの。それに私たちがいないと、実験中の検体生物もまともに扱えないんだから、そこら辺は理解してよね」
言いながら、ドクターワットが一歩前に出た。強い意思の目だ。
ギアとワットの二人は、ウィルに手玉にとられたことにより、反逆者としての覚悟を固くしていたのだ。
「ちっ。ああ、わかった。気を付けるよ。で、進捗はどうなっとる?」
憮然とした顔でオーリンは呑み込んだ。質問を続ける。
「魔法珠を組み込んだ武器の量産を急がせているわ。これを使えば、異界人でも魔法を用いた戦闘が可能よ。運用の幅が広がるわ」
ギアが答える。
「あと、ドクターウィルの残していった資料から、異界の兵器も開発中よ。目に見えないほどの微小な生物を使った兵器をはじめとした、この世界の常識とは一線を画したものとかね」
生物兵器を得意とするワットがニヤリと笑った。
気兼ねなく実験を行えることに、喜びを押さえきれないのだ。
「ところで、ドクターウィル行き先に心当たりがあるんだけど」
思い出したようにワットが言った。
「?行き先?中央都市ではないのか?」
わかりきったことを言うなという風に、オーリンは怪訝な顔をする。
「ドクターウィルのことだもの、姫のもとに行く前に、研究成果を回収しようと考えるはずよ」
「なるほどな。ということは、あいつの研究施設か」
「ええ。大切なものは、ここよりも、むしろあちらの方が多いはず。それこそ、戦局を左右するレベルのものも。ね」
「それなら、近くの隊を向かわせるか。任務中のはずだ」
そう言うとオーリンは、通信機で部下に指令を出した。内容はウィルと双子の抹殺と、研究物の回収。それが不可能なら破壊せよというものだった。
「もし回収できたなら、すぐに知らせて。私達が一番に調べるわ」
身を乗り出して主張するギアとワットの目は、欲望にまみれていた。
◆
中央都市グランドルから南、王国を十字に貫く大十字街道から西に逸れた、旧街道沿いに存在する宿場町跡地の廃墟郡に、ドクターウィルとダムド姉弟は降り立っていた。
かつては多くの旅人達で賑わった地ではあるが、今では無人の建物を残すだけとなっていた。
「ふぅん、こんなところに秘密の研究所があるのね」
「そうじゃ、人なんぞ寄り付かん。研究成果を隠すにはもってこいの場所じゃろ」
感心するエンディーに応えながら、ウィルは廃墟群の中へと進んでいく。
「で、その研究所はどこに?」
トーマが尋ねる。
「ほれ、あの一番みすぼらしいボロ小屋があるじゃろ。あそこじゃよ。ほれ、いくぞ」
廃墟の中でも、ひときわ風雨に侵食された小屋をウィルが指差した。
ウィルに導かれ、姉弟の二人は興味津々の瞳で後に続く。
「ドクターウィルの秘密研究所ってことは、異世界の発明品があるってことよね。楽しみだわ」
跳ねるような足取りで、小屋に近づくエンディー。
しかし、その眼前で小屋は突如強烈な爆炎に呑まれた。
「きゃああ!な、なにぃ?」
悲鳴と共に後方に飛ばされる姉の体を、弟が受け止めた。
「どうやら、動きの早い追手がいるようじゃな」
炎に照らされる瞳で上空を睨むドクターウィル。その目には、三つの人影が映っていた。
オーリンが差し向けた刺客達だった。
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