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第204話 「狂った野心」(ストーリー)

 中央都市グランドルから各地の特級冒険者達に向けて、サイガ一行、六姫聖、四凶から編成された分隊が出立をしたその頃、王都フォレスでは王派とオーリン派が(かげ)で動きを見せ始めていた。


 フォレス最大の建築物、『王城ハクテ』。その内部の廊下を、二人の女が並んで歩いている。

 技術開発局副局長ドクターギアと同じく副局長のドクターワットの二人だ。

 向かう先は、上司である局長ドクターウィルの執務室兼実験室。城内で最も胡散臭い場所だ。


 上司の部屋の前にたどり着いたところで二人は足を止め、揃って扉を眺める。

「ね、ねぇワット」

「なによ?」

「本当に良いの?この扉を開けたら、もう後戻はできないわよ」

「良いの?って、二人でやるって決めたんでしょ?オーリンの話に乗って、ドクターウィルを追放してその研究成果を全部いただくって」

「そ、それはそうだけど・・・」

 意思の固い印象のワットに対し、ギアは煮え切らない態度だ。


 ワットの言葉通り、二人はオーリン・ハークの離反の誘いに乗って謀反の一翼を担うこととなった。

 その最初の仕事が、ルゼリオ王国の科学技術の産みの親のして国内最高峰の頭脳、ドクターウィルの拘束なのだ。


「そうよね。今さら悩んだって仕方ないわよね。やるって決めたんだから。だから、だから大丈夫。うん、うん」

 何度も、自分に言い聞かせるようにギアはぶつぶつと言葉を繰り返す。


「ふぅ・・・。ねぇ、またそれ?自己暗示も結構だけど、今はそんな時間はないでしょ。早くしないと、オーリンの兵達に研究室を荒らされちゃうわよ。それでも良いの?」

 ギアの行動に、ワットはイラつきを見せた。これまでも何度か同じ状況があったのは、その言葉が教えてくれる。


「そ、そうね。ドクターの研究成果を手に入れられる。今日こそ、私はドクターウィルを超えるの!」

 決意を固めたギアが前を向き、扉を見据えた。

「じゃ、いくわよ」

 そう言うと、ワットはノックの構えをとる。

 三度扉を叩いた。


「だれじゃ?」

 扉の向こうからではなく、上方のスピーカーからドクターウィルの声が聞こえた。

 ウィル周辺にのみ設置されている異世界の設備のひとつだ。

「ワットです。ギアもおります。入ってもよろしいでしょうか?」

「・・・」

 数秒沈黙があって、扉が開いた。自動扉だ。

「入れ」

 ウィルはそっけなく言った。


「失礼します」

 二人は同時に入り、同時に言った。

 その視線の先には、正面に置かれた局長席の椅子に腰かけて背を向けるウィルの後頭部が見える。


 局長室は、ウィルの実験施設も兼ねる。

 そのため、部屋も左右には資料、器具、素材、検体等が整然と並んでいた。

 吹き付ける空気が薬品臭い。


「なんの用じゃ?面白いもんでも出来上がったか?」

 後頭部を向けたままウィルが尋ねた。

「・・・」

「・・・」

 質問には答えず、二人は部屋の中ほどまで進んだ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 訪ねてきておきながら、揃って質問に答えないという不自然な対応だが、ドクターウィルは意に介さず後ろを向いたままだ。


 机を挟んだところで、二人は止まる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 気まずい沈黙が訪れた。しかしそれは一方的なもので、気まずさを感じているのはギアとワットだけだった。


「わざわざ来ておいてだんまりか?」

 ここで椅子が回転した。前後が入れ替わり、ドクターウィルが顔を見せる。不敵な半笑いを浮かべていた。

「なんじゃい、不景気な(つら)しおって。高額な実験器具でも壊したか?だったら、決算書に適当に◯を書き込んで水増ししておけ。ワシの判があればザルで通るじゃろ。カッカッカ」


 軽快に笑うウィル。

 しかしすぐに静まると、前を見据えた。

 その視線に、二人は思わず体が固まった。

「・・・後悔するぞ。青二才共」

「え?」

 ギアが戸惑って声を出す。

「オーリンのやつにどんな甘言を吹き込まれたか知らんが、今ワシと袂を分かつというのであれば、全てが半端のまま終わることになるぞ。ワシの下で学んだ五年が水の泡だ」

 ウィルの言葉が重く響く。


「だ、だからこそです!」

 ギアが反発の声を発した。

「五年間学んで、いまだに私たちの立場は副局長止まり。国家に関わる重要なことは全てドクターにしか任されていないじゃないですか!」

「そうです。私たちだって、十分にドクターの代わりは務まります!いつまでも助手扱いでは不満なんです。だから・・・」

 ギアに続いてワットも思いの丈を打ち明ける。


「だから謀反に荷担するってのか?賢いとは言えん選択だな。脳みそ二つあってその程度か?」

 ウィルは鼻で笑った。痛いところを突かれ、二人は黙り体を震わせていた。


「くっ・・・ど、ドクターウィル、貴方を拘束します!」

「ちょ、ギア、貴女銃なんて・・・」

 出せる言葉をなくしたギアが、ウィルにデリンジャーを突きつけた。扱い慣れていないのだろう、手が震えている。


「ほぅ、デリンジャーか。いつ作った?」

「・・・先月・・・です」

「暴発の心配は?」

「約二万分の一です」

「まだ高ぇな。・・・お前が銃関連の開発に着手したのは、三ヶ月前だったな。んで、そこで始めて銃を手にしたんだったな。見たのも始めてだ」

「そうです!だ、だからなんですか?」

「銃を初めて知ったやつが、たった二ヶ月で小型化の開発を始めて、実用化にこぎ着けとる。その才能が不意になるのか・・・はぁ、勿体ないのぉ」

 驚異的な開発速度のギアを称賛しつつも、その行いを嘲るために、ウィルはワザと大きなため息をついて見せる。


「な、なんですか、バカにしないで!」

 言葉よりも態度に意識を奪われたのか、ギアはウィルの真意を理解できていなかった。


「ギア、今のは別にそう言う意味じゃ・・・」

 興奮するギアを見かねて、ワットが思わず口を挟もうとする。だが、ウィルが大声で上書きしてきた。

「ええわい、ええわい。理解できんのなら、そこまでじゃ。才能も努力も実績も、一時の欲で捨ててしまえ!」

 吐き捨てるような言葉に、ウィルの失望と落胆がうかがえるが、ギアは興奮の最中にあり真意を掬えずにいた。


 期待や信頼が大きいほど、それが損なわれた時の裏切りの傷は大きく深い。

 ウィルはその心中を誤魔化すためにも、煽るような悪口を愛弟子にぶつけていたのだ。


「ドクターウィル、おとなしく拘束されてください。今なら、私たちも掛け合って、身の安全は保証しますので・・・」

 二人の応酬を断ち切るためにワットが口を挟んだ。

「身の安全?ドあほぅ、そんなもんオーリンが許すと思うか?」

「う、そ、それは・・・」

「あいつの性根のセコさは、よう知っとる。身の安全どころか、ケツの毛まで毟ってきよるわ!」


 顔を歪ませながら悪態をつくウィル。否定できない二人は、それを苦い顔で見ることしかできなかった。

「もういいわ!ワット、こうなったら力づくで連行する!ドクターウィル手を上げて!」

 耐えかねたギアが声を上げた。デリンジャーを握る手に力が入る。


「アホ、んなもんに従うか」

 ウィルがテーブルの上のボタンを押した。

「きゃっ!」

「ああっ!」

 ギアとワットの体に一瞬電流が走り、崩れ落ちた。体がしびれて自由を失う。


「油断するなよ。ここはワシの部屋だぞ、暴漢対策は万全じゃい」

「あが・・・か・・・」

 痺れによって痙攣を繰り返す二人。ウィルの声はわずかに届くだけだった。


 ウィルが立ち上がった。机の横を通り、二人の側にしゃがみこむと、痙攣を続ける顔を覗き込む。

「じゃあの。ワシは姫のところ逃げ込ませてもらうとするわい。悔しかったら、成果をあげて挑んでこい。相手はしてやるぞ。ああそうじゃ、この部屋のものは餞別にくれてやるわい。データは全部ここの入っとるからの」

 自らの頭をトントンと指しながら、ウィルはケタケタと笑う。


 からかうような笑い声と共に、ドクターウィルは部屋を後にする。

 霞む視界で師を見送りつつ、二人はその瞳から涙がこぼれるのを感じていた。

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