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第20話 「聡い獣、絶望のとき」(バトル)

 サイガ一行とキマイラの間の緊張が極限に達し、意識せずとも戦闘が開始された。

 口火を切ったのはキマイラだった。

 獅子が大きく口を開くと、その中に赤い光が生まれた。

「火だ!避けろ!」

 サイガの警告どおり、獅子の口から高熱の火球が放たれた。数は三。一人につき一発ずつ向かってきた。

 襲い来る火球に対しサイガはそれを正面から突っ込み、刃で一刀両断にした。形を失った火球は道半ばで火の粉となって散った。

 エィカは自身の正面に、不規則に乱れ吹く風を起こした。かき乱された火球は、やすりで削られるように磨り減り消えた。

 的確に対処し無傷の二人に対して、セナは回避の手段を持ち合わせていなかった。

 火球を大袈裟な動きで飛び退きながらよけると、直撃は免れたものの熱波を全身に浴びるかたちとなった。

「セナ、無事か?」

「ああなんとかね、服が少し焦げちまったけど体に大事はないよ」

「距離をとれ、この魔物はお前には不利だ」

 忍びのサイガと、風を操るエィカは火に対し有効な対応が出来る。しかしセナは遠距離からの攻撃に対し、足で逃げ回るしか手段をもたない。


 サイガはセナが生存するための策を脳内でめぐらせた。援護か、誘導か、逃避かと生存率の高いものを探る。

 そんな中、サイガは奇妙なものを目にした。

 セナを凝視するキマイラの山羊の口の端がわずかに上がった。笑った。微笑んだのだ。

「笑った?獣のような魔物に、感情があるというのか?しかし何故笑った?」

 サイガの頭に浮かんだ疑問にすぐに答えが出た。

 キマイラは三つ全ての頭をセナに向けた。標的をセナに絞ったことをサイガは理解する。

「まさか、さっきの攻撃は俺達の戦力を見極めるためのもの、そしてセナを狩るに容易いと判断したのか。この魔物、戦術の知恵を持っている」

 サイガは全身に冷や汗が噴き出るのを感じた。

 いくら大型といえども、知能で勝るなら正気はある。しかし体格、威力、そこに知恵も加わるとなれば、苦戦は必至、最悪の場合セナを失うことも想定しなければならない。


 獅子の口に再び光が発生する。獅子、山羊、蛇とキマイラの三つの頭、全ての視線がセナ一人に注がれ、第一の標的であることを告げていた。

 火球が放たれた。今度は四つ。まずは三発をほぼ同時に放ち、直後に一発を撃つ。

 サイガはキマイラの意図を察した。三発を三角形を描くように周囲に放ち退路をふさぎ、最期の一発を直撃させ焼殺する算段だと。

 一瞬でセナの戦力を見抜き、さらに炎を用いての包囲網。下手な人間より、よほど知恵がまわる。

 感心しながら、サイガはセナのもとへ駆けた。瞬時に到着し、セナとキマイラの間に立つ。

 直後に三発の火球が予想通り着弾。右と左の前方に二、後方に一。炎の陣が完成した。

「ぐぅぅなんて熱気だ。セナ、息を止めろ。炎を吸い込むな!」

 セナは黙って何度もうなずく。

 三方、さらに上部と、文字通り炎に包まれる二人にとどめの一発が迫る。その熱だけでも、充分に命を奪えそうな距離に火球が及んだ刹那、サイガは懐から黒いマントを取り出し、自身とセナ、二人の体を包んだ。

 直後、火球がマントに包まれた二人に直撃する。

 サイガたちを包むマントには防炎性の繊維が縫いこまれていて、完全ではないがある程度の熱をさえぎる。

 キマイラの火球は実体がない炎の塊のため、マントに着弾した直後には熱を残して消滅した。そこに、エィカが呼び起こした風が熱を運び去る。

 熱の消失を感知したサイガがマントを翻し姿を現した。

「セナ、走れ。離れるんだ」

 サイガの声を受けて、セナが余熱の残った空気を掻き分けて走り出した。

 獅子の顔が、背を見せたセナに向く。再び口を開き中に光が集まる。その獅子の左目に手裏剣が飛び込んできた。たまらず激痛の咆哮を上げる。

「こっちだ。おれを狙え!」

 言葉が通じる確信はないが、気をひくためにサイガは怒鳴った。狙い通りキマイラはその顔を怒りと憎しみを込めてサイガに向けた。攻撃を凌いだことと光を奪ったことが、標的の優先度を高めたのだ。

 サイガの攻撃により中断されていた、獅子の口腔内への光の集中が再開された。しかも先ほどまでよりも強く長い。一撃での決着を狙っている。

「おれが憎いだろう。さあ、撃って来い!」

 獅子の口から、先ほどまでとは比べ物にならないほど巨大な火球が放たれた。

 サイガは走り出すと、体をマントで包んで火球に向かって跳躍した。

 黒い塊と化した忍が火球に正面から突っ込む。サイガの体が炎を纏い、赤く変わった。

 キマイラは明らかに狼狽した。放った火球がまっすぐに己に返ってきたのだ。しかも討ち取るはずだった敵のおまけつきだ。

 咄嗟にキマイラは身を引いた。しかし、サイガは懐まで飛び込み、たてがみを掴むと体を引き寄せて首の上に飛び乗った。その体は炎に包まれたままだ。

「その立派なたてがみを持って生まれたことを後悔させてやろう」

 そう言うと、サイガはマントに火をつけたまま、たてがみにたたきつけた。毛先に炎が移り、タンパク質が燃える匂いが漂う。

 さらにサイガは燃焼促進剤を撒いた。残り火でくすぶる程度だった火種が、瞬く間に燎原の火のように首回りを駆け巡った。

「グォオオオオオオオオオ!」

 天を裂くような咆哮をあげて、キマイラがのた打ち回る。火を消すために首をひたすらに地面に擦りつけいる。


 着火と同時に首上から離脱していたサイガは、地面の上を何度となく転げ回るキマイラのある箇所を、ある位置から狙っていた。サイガの真の目的は火を放つことではなく、そこだった。

 サイガの狙いそれは、雄なら、男なら誰もが持つ急所。股間の付け根に無防備に露出するそれ、睾丸だ。

 何度かの横転で首の炎を消し止め、キマイラは息を荒らし、足を震わせながら体勢を立て直した。

 そしてそれは、サイガの狂気の刃を受け入れる合図となった。

 またしてもサイガは駆け出した。助走をつけて踏み切ると、キマイラの急所へ飛び掛る。

 尾の蛇が襲撃を察しサイガの迎撃を試みるが、下方から顎下に刃をつきたてられると、根元まで腹を逆さに走り抜けられ腹を掻き捌かれた。身に詰まっていた血液と内臓が音を立てて地面に落ち、蛇は力なく地面をなめる。

 蛇を伝いサイガが股間にたどり着いた。

 後方の異変に獅子が反応したが遅かった。

 サイガは右から左に刃を走らせた。一瞬の後、鮮やかな亀裂が生じると、雄の象徴は上下に分断された。

 切り離された下部がぐしゃりと音を立てて地面を叩き崩れた。

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