第197話「けじめの儀」(ストーリー)
約一時間。魔炎メイ・カルナックが放った炎は、その勢いを弱めること無く燃え続けていた。
一角楼の敷地でひしめいていた触手達は、とっくに息絶え、焼け焦げ、炭となって散っていた。
またしばらく経って、ようやく火が鎮まり、その熱気が失せ始めた頃合いを見計らって、様子を見ていたサイガ達は、すっかり焼け野原となった一角楼に足を踏み入れた。
「燃料もないのに一時間以上燃え続けるとは、一体どんな魔力をしているんだ貴様は?」
焼け焦げた一角楼建屋を残すのみとなった地を見て、ジョンブルジョンは驚嘆の声をあげた。
「やれやれ、商人達の聖地と呼ばれた一角楼が無惨なもんじゃな。魔炎よ、お主はもちっと自重を覚えんといかんな」
「・・・・・・」
四凶の二人に立て続けに非難され、メイは気まずさで目をそらした。
焼け跡には黒い箱状の物体がいくつも転がっていた。テンタのスキルによって、作り出された一人用の結界群だ。
「少年、結界を解いてくれ」
「う、うん」
サイガがスキルの解除を促した。
テンタが頷き手をかざすと、全ての結界が徐々に崩れ始めた。
解かれた結界から、戦士達が解放された。
結界内は窮屈だったようで、皆は揃って体を伸ばし、こりをほぐした。
「さて、と・・・」
一番にナルが立ち上がった。周囲を見回し、空気を肌で感じとる。
「まだ熱が残っているな。なら・・・」
ハイヒールが地面を叩いた。
足元から冷気を帯びた魔力が放射状に広がり、くすぶっていた焼け跡と空気を冷やす。鎮火と冷却が完了した。
「・・・」
ナルが無言のまま、メイを睨みつつ近寄ってくる。
メイは目を合わせられない。
一歩ごとに鳴るヒールの音が死刑宣告のように聞こえた。
メイの横に立ったナルは無言のままだった。なおも睨み続け、眉間に皺が寄る。
「ナ、ナル、そんな顔してたら、せっかくの美人が台無しよ」
「心配無用だ。私の美貌はこの程度では揺るがない。それよりも、私たちに言うことがあるだろう?」
至近距離でナルは尋問を行う。
その圧に観念したメイが、視線を合わせてきた。
「ご、ごめんなさい。で、でも、これはわざとじゃないのよ。やる気の空回りって言うか、勇み足って言うかぁ・・・」
必死に言い訳を続けるが、ナルは表情を変えない。メイは徐々にしどろもどろになっていった。
「これで何回目だ?」
「え?」
「お前は、こ・れ・で何回目の失態だと聞いてるんだ!」
ナルがメイの耳をつまみ、至近距離で怒鳴った。純粋な怒りがこもった一声だった。
「死の谷でのサルデスの討ち漏らし!それからの暴走!不用意な特異点への接触による魔物の召喚!そしてこの同士討ち未遂!この短期間に何度失態を繰り返すつもりだ!?私たちを失望させるな!」
「ひっ、ご、ごめんなさいぃ」
ナルのあまりの怒りぶりに、メイは怯えた。
更には、親友の期待を裏切ったという現実が、ようやくメイの心に後悔の念を抱かせた。
今回の謝罪は本心からの率直なものだった。
「今回の件、姫に報告するぞ」
氷のように冷めた声でナルが言い放った。
メイの顔が瞬時に、冷気さらされ凍えたように青ざめる。
「い、いや、やめて。それだけはやめて。こんなの聞かれたら、また私、謹慎になっちゃう!学園に戻されちゃう!」
あわてふためいたメイがすがってきた。
「うるさい。こうでもしないとお前は反省しないだろ!」
「じゃ、じゃあ、私に出来ることはなんでもするから、姫、シフォンにだけはやめてよぉ・・・」
「へぇ、『なんでも』か。本当だな?」
低く重い声でナルが繰り返した
「そうよ。だから・・・あっ!」
ここまで言ったところで、メイは目に映ったナルの顔を見て言葉を止めた。
ナルは、ほくそえんでいた。
メイはここで、自分が嵌められたことに気づいた。
後ろには、いつの間にかリンとシャノンが立っていた。
「ということだ。リン、シャノン、やってくれ」
リンがメイの両手を掴んで動きを封じた。
「え、あれ?ちょ・・・。ナル!あんたなに考えてるの?」
「感謝するんだな。姫に知らせない代わりに、私たちが思い付く限りの、目一杯キツい罰を与えてやる」
「そういうこと、さぁメイ、覚悟なさい。友達とはいえ、さすがにさっきのは我慢の限界よ」
後ろからリンが語りかける。口調は穏やかだが、明らかに怒っている。
剛力の腕力が、メイの体から自由を奪う。
拘束されたメイの横に、シャノンが立った。静かに顔を近づけると、光の無い怒りのこもった目で目を見つめてくる。
「貴女の愚かさは今に始まったことではないけど、まさかここまでとは思わなかったわ。たっぷりこらしめてあげるわね。せめて精神が壊れないように祈ってあげるわ」
まばたきを一切せず、シャノンは死の宣告を発した。
「ひっ、ひぃぃ・・・」
メイは心を恐怖に鷲掴みにされた。
「よし、じゃあ始めるか。テンタくん、ちょっと来てくれるか?」
ナルに呼ばれたテンタは、隊長であるドウマを一瞬見たが、ドウマは無言で頷いた。六姫聖四人のもとに駆け寄る。
近づいてきたテンタに、高身長のナルが身を屈めて顔を寄せる。国内一の美貌を目の当たりにして、少年は顔を赤らめる。
テンタの耳に唇を近づけると、ナルはなにかを囁き指示をした。
「え?そんなことやるの?」
「ああ頼む。これは君のスキルが適任なんだ、引き受けてくれるか?」
ナルの要望に、テンタは再びドウマを見る。またしてもドウマは無言で頷いていた。
「う、うん、わかった。やるよ。えい!」
テンタが掛け声を発すると、指示された通りのスキルが発動した。
◆
「ちょ、ちょっとぉ、なによこれ?ちょっと悪趣味すぎない?」
テンタのスキルを見たメイが悲痛な声を発した。
発動したスキルによって出現した黒い箱は、メイの首から下を封じ込めたのだ。
メイは首だけが晒された状態になっていた。
「ナル、一体何をするつもり?」
動揺しながらメイが発案者のナルを問い詰める。
「これからお前に、罰を与える。このやり方は、以前からシフォンや六姫聖で考えていたんだが、なにせシャノンの魔法で拘束をしようとしても、お前は魔力で押し勝って逃げ出してしまうから出来ずにいたんだ」
ナルが説明を始めた。主である姫を名前で呼ぶのは、かつての級友との企みであることを匂わせる。
「だけど、この少年のスキルなら、貴女は逃げられない。つまり、私たちのなすがまま。ふふ・・・」
続けたのはリンだった。この少年と呼んだテンタを、ぬいぐるみのように抱えている。
テンタは分厚い胸の中で赤くなっていた。
「そして、そこに私が幻覚魔法を加えて完成。というわけよ」
シャノンが杖をかざすと、メイの顔にスコープ状のモヤがかかった。
「げ、幻覚魔法?シャノン、な、なにするつもり?」
視界を塞がれたメイが動揺する。
「すぐにわかるわ。ほら」
さらに杖の先から光が生じた。モヤの中に幻覚が映し出される。
「い、いやぁああああああ!虫、虫ぃぃぃいいいいい!!」
空を引き裂かんばかりの絶叫が響き渡る。
スコープ状のモヤの中には、メイが最も嫌悪する虫の像が映っていた。
蛾、蜘蛛、ゴキブリ、ムカデ、毛虫、ゲジゲジ、ウデムシ。あらゆる不快な虫が蠢く。
「ぎゃああああ!た、助けて!助けて!こんなのひどすぎるわよ!ナル、ナル!」
拘束され、逃げ出せない状態での、至近距離で視界に入り続ける虫の群れに、メイは唯一自由のきく頭を大きく振り、抵抗をする。
しかし体は動かない。そのためのテンタのスキルだった。
目隠しされたまま、絶叫を上げ続けるメイの耳元にナルが顔を近づける。
「どうだ?逃げられない状態で、強制的に見させられ続ける虫の姿は?」
冷ややかな声で囁く。
「ちなみに、目を閉じても無駄よ。私の幻覚は目蓋を貫通するから」
シャノンも笑顔だ。
「ひとでなしぃぃぃ!」
叫び続けるメイの横にひとつの人影が近づいてきた。興味津々の目で満面の笑みのリシャクだ。
その姿をみとめた瞬間、ナル、リン、シャノンに共通の思いが舞い降りた。
「リシャク・・・」
「うん、まかせろ」
ナルが名前を呼んだ時点で、リシャクはその意図を察し、ニヤリと笑った。ナルも笑った。
リシャクが顔をメイの顔に近づけた。口から無数の虫が這い出してくる。
ゴキブリ、カマキリ、カマドウマ、ムカデ、ヤスデ。不快な足音を鳴らしながらの大行進。
流石に、拷問を実行するナル達の背中にも冷たいものが触れる。
「こ、これはすごいな。見えていない方が幸せかもしれん」
ナルはおぞましさで顔を歪ませる。
「え、なに?このカサカサって音?シャノン、これって幻聴じゃないわよね?」
「ええ、幻聴魔法は使ってないわ」
「じゃあ、これって・・・」
「本物の虫だ」
自身を取り巻く事態を察し、メイは明言を避けたが、ナルが止めを刺した。
「きゃああああああああ!」
より一層の悲痛な絶叫が一角楼を駆け抜けた。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!




