第196話 「超化繚乱」(バトル)
超化したサイガが青龍咬を追い越し、右の炎へ攻撃を浴びせる。
まずは、もっとも得意とする逆手に持った忍者刀の一撃。
さらに左手に握った魔法剣。魔法は氷。
左右の連撃は一瞬で十発叩き込まれた。
左の蹴りが打ち込まれた。炎が後退する。
さらに追撃のため、サイガは足裏のスパイクを炎に引っ掻けると、自身の体を足一本で引き寄せた。
引き寄せた勢いに乗せて、右の膝が差し込まれる。炎は大きく揺れた。
「あ、あいつ、炎に直接、打撃を入れているのか?」
魔法で生じた炎に対し、物理攻撃を浴びせるサイガに、ドウマは驚愕した。
いくら超化を用いて能力が向上したとはいえ、水を掴み炎を殴るという、質量の無いものに物理攻撃を加える超越した行為はこれまでの常識を否定し覆すものだった。
サイガが両手を伸ばし、炎の上部を髪を掴むように鷲掴みにする。
腕を引き、体を引き寄せると、再び膝が炎を叩く。
右、左、右、左と高速、連続の膝が炎を揺らし削っていく。
その間、灼熱が耐火服を燃やし、焦げた匂いが漂うが、サイガは意に介さず攻撃を続ける。
掴んでいた手を放すと、サイガは炎を後方に蹴り飛ばした。炎が後退する。
蹴りの反動で、サイガの体が宙返りで放り出された。
そのまま落下すると思われたが、サイガは更に目を疑うことをやってのけた。
足を全力で伸ばすと空を蹴って前方に急加速し、後退した炎に再び飛び付いたのだ。
◆
常人の理解を越えた一連の動きに、そこにいる全ての者達は、まるでサーカスといったエンターテイメントを観るように目が釘付けになっていた。
「す、すごい、まるで空を飛んでるみたいだよ。あれがサイガの超化ってやつなのかい?」
誰に尋ねるでもなく、セナが呟いた。
その言葉に、会話の意図の無いドウマが、独り言のように答えた。
「バカな、いくら超化したからといって、あんなことが出来るのか?現象に介入するなんて・・・」
ドウマは、サイガより異世界での時間を永く過ごしている。そして超化の経験も一度でや二度ではない。つまり、この世界において一日どころではない長があり、そこからくる自信もあった。
だが、サイガはたった一度の超化で、一足飛びでそれを超えていった。
自身の実力をサイガと同格と自負していたドウマにとって、これほどの屈辱はなかった。
「くそっ、あんなこと、俺にだって出来やしないぞ。お前は特別だって言うのか・・・?」
ドウマはたまらず嫉妬を漏らした。
◆
炎に飛び付いたサイガが、上部に股がり馬乗りになった。両手で氷の魔法剣を握ると、下向きに振り上げる。その刃にはドウマが忍法によって放った水の龍が巻き付いていた。
「終わりだ!」
魔法剣が振り下ろされた。氷の魔法と水の龍の相乗した刃が、炎の中央にまで深々と突き刺さる。
炎と氷と水。
相反する属性が入り交じる空間に、すぐさま反作用が起こった。
属性の接触部から激しく蒸気が起こり、サイガを呑み込んで姿をかき消した。
発生直後の蒸気は高温を誇る。しかも発生源がメイの魔力の炎ともなれば、その温度が超高温に達するのは考えるまでもなく察しがつく。
サイガはそんな高温の中で、その手を緩めること無く剣を炎に固定し続けた。
肉体と精神の限界を超えて、サイガは熱に抗い続けた。それは超化がもたらした効果であり、通常のサイガならとうに限界を向かえているであろう極限の状態だった。
「消えろぉおおおおお!」
決着の一撃。氷魔法が全解放された。
氷と水が共鳴し、炎の内部で暴れまわると、炎は爆ぜた。
右の炎は赤い粒子となって空へと消えていった。
そこに居合わせた全ての戦士達の力が結集した成果だった。
◆
「サイガ!手!掴んで!」
上空から急降下したメイが叫びながら右手を伸ばしてきた。
何事かとメイに視線を向けたとき、サイガは気づいた。先ほどまでの感覚が消えていることに。
超化が解除されていたのだ。超化の扱いになれないサイガは、その状態を維持することが出来ていなかった。
サイガの体が降下を始めたのと同時に、メイの右手がサイガの右手を掴んだ。
「すまん、助かった。だが・・・」
メイに礼を述べると、サイガは下方を見る。
そこにはまだ、勢いと規模そのままの炎があった。
◆
残されたカーリーブトゥームが地表に迫り続ける。しかし、それを迎撃する手段は残されていない。
ドウマは『次元封印』のスキルを持つテンタに声をかけた。
「テンタ!結界の準備は?」
「いけるよ!」
「よし、ならすぐに発動しろ。ここにいる全員を守れ」
「い、いいの?六姫聖や四凶は敵でしょ?」
「あいつらにはホウエンも助けてもらっているからな。見捨てるなんて恩知らずな真似はできん。それに、もっと重要な目的が出来た・・・」
「重要な目的?」
「それは後だ。やれ!」
「う、うん!」
テンタのスキルが発動した。
全ての人員を黒い枠が取り囲み、次第に箱を形成していく。
「魔炎のお嬢さん、こいつを頼むぞ!」
ドウマがスキル発動中のテンタの襟を掴むと全力で上空へ放り投げ、メイに託した。サイガが左手でそれを捕まえる。
「隊長なんで?」
「お前が外から見ないと解除のタイミングがわからんだろう。じゃあな、火が消えたらまた会おう」
ドウマが言い終わると同時にスキルが完成し、あらゆるものを遮る結界が地上の全ての人間をその庇護下に置いた。
あとにはうごめく無数の触手達が残された。
◆
撃ち漏らされたカーリーブトゥームが地表に振れた。その瞬間、殲滅だけを目的とした灼熱の炎が、一角楼の敷地の全てを隙間無く呑み込んだ。
真紅の炎の中で、触手達が激しくのたうち回る。足の無いその体は逃れることも叶わず、超高温に焼かれ続ける。
その光景は、地獄が顕現したと思わせるような、この世の終わりのようでもあった。
◆
「あちあちあち!なんだよこれ。あれだけ弱らせてこの威力なの?そのまま受けてたら、何にも残らなくなっちゃうよ」
上空にありながらも届く熱気に、テンタはサイガに飛び付きながら恐怖に震えていた。
「メイ、これをおれたちにぶつけるつもりだったのか?」
血の気の引いた顔でサイガはメイを見る。
「ちょ、人聞きの悪いこと言わないでよ。私は結界を壊したくてやっただけなんだから!ちょっと、間が悪かっただけじゃない」
あまりにも強すぎる炎の威力に、さすがのメイもばつの悪さを隠せない。
メイはサイガとテンタの二人を、少し離れたソウカクサタンコールとジョンブルジョンの待つ場所へ運び下ろした。
◆
戻ってきたメイを迎えた四凶の二人は呆然としていた。
メイの魔力も怒りに任せた魔法だとも理解していたが、それでもカーリーブトゥーム威力は二人の予想を遥かに超えていたのだ。
「メイ・カルナック。貴様は一体何を考えているんだ?どさくさ紛れに大量虐殺でもするつもりなのか?」
「あ、あんたまで何よ!?そんなわけないでしょ!もう、いいかげんに勘弁して!」
ナル、リン、サイガに続き、ついにはジョンブルジョンにまでなじられ、ついにメイはその場にへたり込んでしまった。
背後では、一角楼が燃え続けていた。
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