第194話 「共同抵抗戦線」(バトル)
全てを燃やし尽くさんばかりの業火の塊が、上空から地上へと迫る。
メイの手から離れた『カーリーブトゥーム』は周囲に熱を撒き散らしながら低速で進行していた。
術者の最後の抵抗として、魔力での遅延を試みているのだ。
カーリーブトゥームは対象への着弾と同時に大爆発を起こし、さらに超高温の炎が広がり、対象及び周囲を消滅するまで燃やし続ける殲滅の魔法。
メイは制御に全魔力を注いでいた。
「メイ、お前が出した炎だろう。消すことはできないのか?」
熱を全身で感じながら、サイガがメイに問う。
「無理だ。あのアグニフォームの炎は、威力を上昇させる代償に、制御を受け付けない、狂戦士のような魔法だ。あいつにできるのは、せめて手綱を精一杯引いて着弾を遅らせることだけだ」
炎の抑制に夢中のメイに代わって、ナルが説明をする。その肩にはツインバスターキャノンモードのハチカンが装着されている。
「さがっていろサイガ。遠距離攻撃を持たない者の出る幕じゃない」
ナルがサイガの前に出た。ハチカンの砲口が炎に向く。
「マッハド弾装填!発っ射ぁ!!」
ナルの最高火力の一撃が放たれた。
超低温の光線がカーリーブトゥームに正面から激突した。
「くぅ、やはり火力が圧倒的すぎる・・・」
ナルの言葉通り、メイの炎はハチカンの砲撃をものともせずに進み続ける。
その光景はまさに焼け石に水だった。
この結果はナルにとって想定内だったが、それでも美の化身のプライドは大きく傷つけられた。
そして怒りのあまり、その肩がわなわなと震え始める。
「ふ、ふふふ・・・虚仮にしてくれるじゃないか・・・アールケーワイルドといい、貴様といい、がさつで粗暴な連中は私の誇りを踏みにじってくれる・・・メイ、覚悟しておけ!これが済んだら、しっかり借りは返させてもらうぞ!」
「だからごめんってばぁーーー。そんな怒んないでよ!」
「バカ!これが怒らずにいられるか!貴様の浅慮のせいで、一体何度こんな目に遭ってると思ってるんだ!?」
ナルの怒りが爆発した。その怒りに呼応して、ハチカンの威力が跳ね上がる。感情が魔法に作用したのだ。
◆
「な、なんだ?あの二人、この状況で喧嘩してるのか?下手をすれば死ぬかもしれんって時に、六姫聖ってのは何を考えてるんだ?」
目の前の、場をわきまえないやり取りに、アールケーワイルドは思わず率直な感想を漏らした。
「ひと括りにされるのは心外ですわ」と、リンは否定しようとしたが、いくつか心当たりが浮かんで言葉を詰まらせた。
「暴風の、触手はワシが引き受けるから、加勢してやってくれ」
アールケーワイルドがリンを促した。
触手の群れはメイの発する熱気によって、熱中症のような状態となって弱体化していたため、一人で対応できるとふんだのだ。
「お心遣い感謝しますわ。では・・・マスヨス!」
そう言うと、リンは魔法で収納していた、聖なる鎖に繋がれた聖錨マスヨスを取り出した。
「はぁっ!」
気合いの一声を発し、リンがマスヨスを振り回した。空気を裂く音が鳴り響く。
その回転はあまりに高速で、鎖の先端のマスヨスは目で追えず消えたように錯覚させる。
「いけっ!マスヨス!」
聖錨マスヨスが、炎の塊に向かって超高速で放たれた。
炎の中にマスヨスが飛び込む。
リンが懐から雷の魔法珠を取り出した。自慢の握力で握りつぶすと、雷が全身を駆け巡り、それを感知したマスヨスが鎖を伝って魔力を吸い上げる。
吸い上げた魔力を纏い、マスヨスが炎の中で急速の横回転を始める。
カーリーブトゥームが内部から掻き回される。
しかし、あまりにも開きのあるリンとメイの魔力差では、その結果はナルと同様、炎をわずかに減少させるだけにとどまった。
「や、やっぱり、メイと私とでは、全くかなわない・・・ま、魔力が・・・」
自身と魔法珠。二つの魔力を合わせてなお、カーリーブトゥームの魔力はマスヨスの遥か上方にある。
リンの魔力は瞬く間に消化され、根こそぎ消費された。
魔力を失った魔法戦士は、片ひざを着いて鎖を手放した。
主からの制御を失った錨が、大きな音と共に落下した。
「リン、無茶をするな!あんなものと魔力をぶつけてしまっては、いくらお前でも命に関わる!」
友の身を案じたナルが喧嘩を中断して声をかけた。
「そうね。悔しいけど、私に出きることはなさそうだわ・・・」
額に脂汗をにじませながら、リンはなんとか笑って見せた。
「だけど、ナル、あなただって・・・」
「ああ。私ももう、限界・・・だ・・・」
リンに続いてナルも魔力が底をつき、生命活動ギリギリの量を残して、ハチカンを解除し膝を着いた。
二人揃って激しく呼吸を乱す。
炎は八割ほどの大きさになっていた。
◆
六姫聖二人がかりで相殺するがことかなわなかった結果に、一同に絶望感が漂う。
「それなら、私がいきます!」
硬直した空気を切り裂くように、一つの人影が前に出た。
黒い甲冑に身を包んだ銀髪の剣士。特務部隊『剣聖』のペティだ。
「私のスキルなら、魔法で消し合うのではなく、切断して、最低でも半減程度にはできるはず!」
魔法とスキルはその性質上、互いに不干渉の存在だ。
だがそれは、封印や隔離を目的としたシャノンの防護魔法『鎖巻封筒』やテンタの『次元封印』などの『守る』『隠す』に限られる。
逆に攻撃系統に関しては干渉しぶつかり合う。それは、ナルとハルルの戦いが正にそうだった。
「お姉さまは、私が守ってみせる!いけ、『飛刃』!」
振り下ろした剣先から、斬撃が飛んだ。
飛刃は勢い鋭くカーリーブトゥームへと向かっていく。
飛刃が炎に触れた。が、刃はその瞬間に呑まれて消えた。
「そんな、騎兵数十騎を一刀両断できる飛刃が、歯が立たないなんて・・・。だったら私も、力を出し尽くすまでやってやるわ。お姉さまの命、奪わせはしないから!」
ペティは握る剣に力を込めた。
「はぁぁぁぁ・・・『破断剛牙!』」
深く踏み込みながらの斜め十字斬り。
飛刃とは比較にならないほどの巨大な斬撃が生じ、カーリーブトゥームを切り裂かんと直進する。空気も唸りをあげていた。
◆
「なぁ、テンタ。ペティがさっきから言ってる、『お姉さま』って誰だ?まさかクジャクか?」
不可解な文言を聞き逃すことができず、シュドーがテンタに問う。
テンタも心当たりがないのか、首を横に振る。
「知らない。でも、少なくともクジャクじゃないでしょ。そんなの聞いたことないよ」
「だよな。・・・ま、いいか。よし、そんじゃあ俺らもやるぞ。ペティだけにやらせてられねぇ!」
シュドーがスキル『無限武具精製』を発動させた。金槌で金属板を叩くと、消火弾を装填したランチャーへと変化した。
「あの女のバカげた威力の魔法に、こんなもんが通じるかわかんねぇが、やらねぇよりはマシだろ!おら、いけ!」
メイの抵抗によって、緩やかな進行速度ながらも徐々に地表に近づく炎に、五発の消火の弾頭が発射された。
迫り続ける殲滅の炎からの生存の希望は、六姫聖から異界人へと託された。
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