第193話 「このバカ!」(ストーリー)
「おい、ドウマ!この触手たちは一体なんだ!?おれたちは何と戦っているんだ?」
終わる展望の見えない触手との戦いに、焦れたサイガが触手を捌きながら怒鳴った。
触手を引き連れて来て、この状況を起こした張本人であるドウマを睨む。
一旦は、しらを切ったものの、味方も巻き込んだばつの悪さからか、仕方なくといった様子でドウマが口を開いた。
サイガと同じく触手を捌く手を止めない。
「あれは、俺の部下のコピーの成れの果てだ」
「コピーの成れの果て?どういう意味だ?」
サイガはドウマの言葉を理解できなかった。
「あそこにいる男、あいつは俺の部下のムクだ。そして使用するスキルは完全模倣。あらゆるものを複製することができる」
ドウマが指し示した先には、銃を乱射するシュドーに守られながら、触手の攻撃を躱すムクがいた。
ドウマが続ける
「そのスキルを使って、お前に対抗する戦力を増強しようとしたんだが、そのコピーに異変が起こった。詳しいことはわからんが、おそらく超化が悪影響を及ぼしたようだ」
「超化?さっき、お前が使っていた、あの緑の光か。あれは、強化と同質のものか?」
「能力の向上という点では同じだ。違いがあるとすれば、強化が個人に設定が可能なことに対し、超化は無差別。しかも、限界を超えた力を引き出せるところだな。さらに言うなら、この世界の人間よりも、俺たち異界人の方がその効果をより引き出せる」
「限界を超た力だと?お前、部下にそんな危ういものを使わせているのか!?」
無謀な道具を用いるドウマに、サイガは驚きながらも怒りを見せた。
サイガの怒りを含んだ反応は、ドウマにとって意外な反応だった。
記憶の中のかつてのサイガは、目的のためには自身のみならず、部下の命ですらためらい無く道具として使い捨てる冷血漢だったからだ。
異世界での人々との出会いは、サイガに大きな変化をもたらしていたのだ。
「侮るなよ。危険性があるのは承知の上だ。それがわかっているからこそ、これまでは一定の時間経過や、心身への一定の負担を感知すれば解除する仕様だった」
見くびるな。と、ドウマは反論する。
「そう、いつも通りの超化翠なら、決して無茶な結果にはならない。だけど、今回私が使ったのは、明らかにおかしかった。使っているうちに、まるで心が乗っ取られていくような感覚があったわ。戦いに狂いだしていくの」
サイガとドウマの会話の間に入ってきたのは、超化翠を使用したものの、死の間際に人間の意識を取り戻していたペティだ。
その顔は嫌悪感に満たされていた。
「それ、僕も感じたよ。心の中を食い尽くされる感じ。だからあまり超化してられなかった。それにホウエンも、超化しながらスキルを使ったら、力を吸収されてあんなことになっちゃったんだよ」
ペティに続いてアラシロも超化に対しての違和感を伝えてきた。
十秒先までの未来を予知できるアラシロは、会話に比重をおいたまま触手を捌く。
指し示された場所には、シャノンの魔法で回復されながら、いまだに目を覚まさないホウエンの姿がある。
「ペティ、アラシロ、ホウエン・・・」
ドウマは部下たちの顔を見ながら、名前を呟く。
「どうやら、不穏な事態のようだな。心当たりはないのか?」
会話から特務部隊の状況を察したサイガがドウマに尋ねる。
「超化翠に細工ができる心当たり・・・やはり、オーリンか?」
ドウマは触手を捌きながら少し考えて、たどり着いた答えを口する。
それは異界人管理局長官オーリン・ハークの名前だった。
超化翠は異界人管理局の所有物であり、必要に応じて支給される。
それに加え、今回の任務は長官オーリンからの直接の命となっている。疑わずにはいられなかった。
謀られたという思いに、ドウマは思わず一瞬手を止め怒りに心を呆けさせた。
「何をやっているドウマ!戦闘中に呆けている場合か!」
致命的な隙を作ったドウマに触手が迫るが、全てサイガが連続の斬撃で切り落とした。
「考え事は後にしろ!今はこの状況を切り抜けるぞ!」
「あ、ああ。すまん・・・」
ドウマは少し意気を失っていた。
◆
触手の攻撃は、さして命の危機を感じさせるほどのものではなかったが、問題なのはその数だった。
総員に討たれた数は大小あわせて既に三桁を超えており、地面を埋め尽くすほど大量の触手の骸が転がる。
一角楼を隔離していた結界内はいたるところに触手の姿があった。
さらに厄介なことに、時間を経るごとにその数は増加しており、攻撃の魔の手が最終防衛線となっているシャノンのもとへと迫っていた。
「くそっ!だんだん増えてきてやがる。このままじゃ弾が足りんぞ!」
「この手足に絡み付いてくる攻撃・・・すごくいやらしい・・・ああもう、イライラしますわ!あ、ちょ、服の中に入らないで!」
シャノンと触手の間に立ち塞がるリンとアールケーワイルドは、接触出来るほど接近してきた触手群に手を焼いていた。
地下から湧くように出てくる触手は、倍々に数を増やし続け、討伐のペースを上回っていたのだ。
◆
「隊長、やばいよ。触手たちがホウエンのほうに迫ってる!」
悪化する事態にアラシロが警告を発した。
それに応えて、ドウマがシャノンの方を一瞥する。
そこには結界の壁を後ろに、リンとアールケーワイルドに守られながら回復魔法を続けるシャノンがいる。
「テンタ、結界を解け!触手共の標的を他に散らすぞ!」
「う、うん!」
ドウマに命じられたテンタが結界解除する段取りに入る。解除はさほど難しいことではないのだが、規模が大きいため、多少の時間を要するのだ。
「サイガ!これからこの一角楼を囲っている結界を解く。そっちでも触手をひきつけろ!」
「ああ解った。ナル、ミコいけるか?」
ドウマ呼びかけられ、応じたサイガがナル、ミコへと伝播させる。
二人は「任せろ」「おー」と応えた。
「シュドー、ペティお前たちもたのむぞ!」
「おう、派手にひきつけるぜ!」
「任せて!」
ドウマの命を受けてシュドーとペティの二人も派手に立ち回る。
「いくよ、結界解除!」
テンタの『次元封印』が解かれ、結界が一瞬にして砕けて消えた。
◆
結界が消えたことで戦闘領域が拡大する。サイガやドウマを始め、誰もがそう思っていた。しかし、結果は予想外のものだった。
解除と同時に全員を強い熱波が襲った。魔力を含んだ熱波だった。
「う!こ、この私の氷魔法と相性の悪い魔力・・・まさか・・・」
「に゛ゃあああああ!あづぃいいいい!やだぁ!」
「この熱量・・・嫌な予感がしますわ・・・」
「嘘でしょ?あの娘、なにやろうとしてるの?」
熱波に対し、各々声を上げる六姫聖たち。
六姫聖の面々はこの熱波と魔力に覚えがあった。熱、魔力とくれば、そこに上がる名は唯一つ『魔炎』のみだった。
四人すべての視線が熱波の来た方向に向けられた。
他の面々も一斉に注視する。
そこには予想通り、魔炎メイ・カルナックの姿があった。しかも身に纏うのは戦闘特化のアグニフォーム。
六姫聖全員が一斉に背中に冷たいものを感じた。
「メイ、なんだそれは!?早く消せ!」
メイの姿を見たナルが誰よりも早く怒鳴った。その手には、全てを焼き尽くさんばかりに燃え上がる炎があったからだ。
しかも手は前、それまで結界があった方向に向けられていた。
メイは結界を破壊するために渾身の炎を打ち込む寸前だったのだ。そこでタイミング悪くスキルが解除されたため、事態は一気に最悪の状況になってしまった。
「ご、ごめん、もう無理!発射体勢に入っちゃった!ナル、あんたが撃ち落して!」
「ふざけるな、このバカ!私の魔力でおまえの炎に太刀打ちできるはず無いだろう!」
「そんなこと言ったって、もう出ちゃうからぁぁぁ!ごめーーーーーん!」
メイは最後の足掻きで、魔力を精一杯制御して発射を遅らせた。しかしそれも焼け石に水、ただひたすらに破壊を目的とした炎の塊『カーリーブトゥーム』が投じられた。
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