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第190話 「シャノン奮闘。偉大なる聖母の輝き」(ストーリー)

「気味悪ぃな。なんだあいつら、なにをやってやがるんだ?」

 一角楼地下に設けられた留置所の独房内のベッドの下、異変をきたし、不規則な動作を繰り返すハルルとマミカの劣化コピーたちの奇行を目の当たりにしたゲイルは、その不気味さに不快感をあらわにした。

 倍々に増え続けた二人のコピーは、遂には十六体と十六体の計三十二体となって留置所の床を埋め尽くしていた。


 劣化コピーの群れは壁、床、鉄格子に頭や体を叩きつける自傷行為や、かぶりつくといった不可解な行動をとる。やはりそこに意識は宿っていなかった。

 床に転がるコピーの一体が、激しく転がり這い回る。何度か転がり続けた末に、ベッドに近づくと、潜んでいたゲイルと目が合った。その瞬間、共に時間が停止したように互いを見つめる。

「・・・・・・よ、よう。ごきげんそうだな・・・」

 言葉に迷った末、ゲイルは苦し紛れに呟いた。

 マミカの劣化コピーは無言のままだった。様子を見ているのか、見つめたまま動かない。


「な、なんだよ、なんか言えよ・・・うわぁああああ!」

 はいつくばった姿勢のままで、マミカのコピーがベッドの下に勢いよく潜り込んだ。

 文字通り手も足も出ないゲイルの顔を両手で掴むと、その体に噛みついた。

「ぎゃあああああ!な、なんだてめぇ!やめろ、ひっ、ひぃいいいいい!」

 一体目が噛みついたのを皮切りに、多くのコピーたちが、ベッドをひっくり返してゲイルに飛びついた。

 群がられて噛み付かれたゲイルの悲鳴が、次第に小さくなって消えていった。


 ◆


 一角楼建屋の玄関から黒い煙が勢いよく噴出した。三階床の落下により発生した粉塵が外へと吐き出されたのだ。

 煙と同時に、玄関口から二つの影と一つの大きな光の球が飛び出す。

 二つの影と光の球は煙の及ばない位置に着地すると、その正体を見せた。

 影はミコ。そしてセナを抱えたサイガで、大きな光の球はシャノンの防護と避難を供えた魔法『護球』(ごきゅう)だった。


「えほっえほっ、すごい煙だね、けっこう吸い込んじまったよ」

 サイガの腕の中で、セナは口の中の埃を吐き出し袖でぬぐう。

 そんなセナを、サイガはゆっくりと地面に降ろした。

「今度は私が運ばれる番になったね。ありがとう、やっぱり頼りになるよ」

 サイガの肩を借りながら立ち上がると、セナは礼を言う。


 一方、ミコは体に付いた汚れを、鬱陶しそうに近くの壁にこすり付けていた。

「うな゛ぁ~~~、気持ち悪い~~・・・シャノン、綺麗にしてぇ~~」

 体中を擦りながら、ミコは懇願する。

 シャノンは自身を囲う『護球』を解除すると、光の球からシャノン、エィカ、リシャク、クジャクが姿を現した。

 シャノンがミコに歩み寄る。

「もう、体を綺麗にするぐらい自分でなさいな。手間のかかる子ね」

 そう言いつつも、シャノンは洗浄魔法の『浄水』(じょうすい)と乾燥の『漱風』(そうふう)を施した。

 猫の気質が強いミコは体が濡れるのを極端に嫌うため、それを考慮した魔法だった。

「わーい、やっぱりシャノンの魔法はすごいな!」

 すっかり綺麗なってご機嫌のミコが、シャノンに抱きついて喜びを表現した。

「はいはい。ふふふ」

 シャノンはまんざらでもない顔で微笑んだ。


「そこにいるのはシャノン・ブルーか!?すまんが、こっちも回復してくれ!虫の息なんだ!」

 のどかな空気を裂いて飛び込んできたのは、アールケーワイルドだ。その腕の中には言葉どおり虫の息のシズクヴィオレッタがいた。ペティとの戦いでの大量出血により、意識を失っていた。


 本来は敵対関係ではあるが、シャノンはシズクヴィオレッタの治療を快諾した。先日の共闘により、その人間性を理解していたからだ。

「これは・・・通常の回復魔法では手に負えないわね。それなら・・・『生命の光よ十重とえの抱擁にくるみて、光を長ぜよ『雛守の繭』(ひなもりのまゆ)』!」

 光の衣が、中央に向かって蕾のように折り重なって、シズクヴィオレッタの体を包んだ。苦痛に歪んでいた顔が安らぐ。

「こ、これは上級魔法か?」

「ええ。『雛守の繭』。回復魔法を循環させる繭の中で意識と体力を並行して回復させる魔法よ。彼女、体もそうだけど、意識が危険な状態なの。だから、焦って体の回復を優先させると、精神と肉体のバランスが崩れる危険があるわ。この雛守の繭は、回復に時間を要するけど、そのバランスを崩すことなく完治させる魔法よ。もちろん、繭とつけられるだけあって外からの攻撃も防げるから、安心してもらって大丈夫よ」

「そ、そうか。ありがとう。なんせ、こいつがこんなに傷ついてるところなんか初めて目にしてな。思わず動転しちまったよ」

 額の汗をぬぐいながら、アールケーワイルドは深呼吸で自分を落ち着かせた。


「ほらナル、やっぱりシャノンがいたわ。これで安心よ」

 再びシャノンの名を呼ぶ声がした。リンだった。

 リンは右肩にホウエン、左肩にナルを担ぎ、満身創痍の体で歩み寄ってきた。

「シャノン、お手数でしょうけど、こっちもいいかしら?ナルったら、はしゃいで無茶しちゃったみたいなの」

「な!だ、誰がはしゃぐものか!相手が思いのほか強かっただけだ!」

 必死に否定するナルを茶化しながら、リンはナルとホウエンを降ろした。


「ナルの傷は大したことはないわね。初級の回復魔法で充分対応できるわ。だけど問題は・・・」

 シャノンはホウエンを見た。顔色は青く、呼吸も弱い。その症状は明らかに緊急性が高かった。

「傷があるわけではないわね。だけどかなり消耗してるわ。まるで、ドレイン系の魔法で体力を根こそぎ持っていかれたみたい・・・」

 考察を口にするシャノン。そしてそれは的中していた。

 ホウエンは超化翠を使用してスキルを使用した際、実体化させたマグナムキッドに生命力の大半を吸い取られていたのだ。

 手を拘束されたまま、アラシロがホウエンが現在の状態に陥った原因を説明した。

「そう、生命力を・・・少し厄介ね。それなら・・・『母なる大地よ、その偉大なる尽きることなき力を、渇き果てたる稚児にお恵みください『湧愛恵母』』(ゆうあいけいも)」

 魔法の名を唱えると、横たわるホウエンを地から湧き出た乳白色の液体が池を形成し、その体を呑みこんだ。


「ね、ねぇ、これなどんな魔法なの?」

 質問したのはアラシロだ。魔法に疎い異界人達は、シャノンの意図が汲めないでいた。

「失った体力は回復魔法では補いにくいものなの。なので、この湧愛恵母では精霊達の力を分けてもらうのだけど、今回の場合は最も生命力の強い大地の精霊に協力してもらったわ。あまり頼りすぎると機嫌を損ねることがあるから、取って置きの魔法よ」

「あ、ありがとう。でも、いいの?僕たち敵だよ?」

「困ってるときはお互い様よ」

「うん。絶対このお礼はするからね」

「ふふ、そのときはお願いね」

 シャノンは優しく微笑んだ。その木漏れ日のようなぬくもりにアラシロは顔を赤らめて目をそらした。

 『黒』の一文字が付かなければ、その笑顔は正に聖母そのものだった。


 複数人を同時に回復、浄化するシャノンの熟練の魔法によって、本来は敵味方であるはずの一同に、しばしの安らぎの時間が訪れた。

 サイガにはセナが寄り添い、先ほどまで動かなかった体をほぐしている。

 ミコはドウマとの戦いに疲れたのか、丸くなって「すぅすぅ」と寝息を立てて眠る。

 ナルは魔法で氷のベッドを形成すると、身を横たえる。程よく体が冷えて涼しいらしい。口にはチョコレートをほおばる。

 アールケーワイルドは、重傷のシズクヴィオレッタが眠る雛守の繭の側に腰を下ろすと、黙って見守り続けた。

 アラシロもアールケーワイルド同様に、相方の回復をその側で見守る。

 リンは大怪我を負ってはいたものの、自前の、回復魔法を封じた魔法珠で傷を癒していた。

 比較的元気なエィカとリシャクは、まだ姿を見せぬ敵に対して警戒を怠らない。

 クジャクは気絶したままだった。



 時間が過ぎ、大方の回復が終了。

 残すのはシズクヴィオレッタとホウエンのみとなったとき、大きな音と振動が響いた。

 これまでの流れから、一同はいよいよ一角楼が崩壊したかと目を向けるが、その姿は健在だった。

 音と振動の出所は別だった。

 それは地下。一角楼の下から何度も轟音を立てながら、何かが地面を叩いている音だった。


「なんだこの振動は・・・!?」

 サイガが警戒しながら、様子を伺うために地面に耳を近づける。

 音と振動が更に激しくなり、そこから数回の振動の後、一角楼近くの地面を突き破って、巨大な白く太い触手のようなものが現れた。

 同時に、五つの人影が飛び出す。

 人影はドウマ、シュドー、ムク、テンタ、ペティ、ティルの六人。

 そして巨大な白く太い触手は、異変を起こした劣化コピーたちが集まって一つとなった異形の物体だった。


「ドウマ!一体何だそれは!?」

 思わずサイガが怒鳴った。

「知らん!だが、こいつはかなりヤバイぞ!力を貸せ!」

 ドウマの言葉どおり、巨大な白い異形の物体は、禍々しい雰囲気を放っていた。

 サイガは、問答より撃退を選び、忍者刀を手にした。

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