第189話 「暗い影、蠢く」(ストーリー)
「なんだなんだ、さっきから随分と騒がしいじゃねぇか。一体上でなにやってやがんだぁ?おい、ティル。おめぇ何か知らねぇか?」
激闘が繰り広げられている一角楼の地下、犯罪者達を一時的に拘留する独房の中で、黒狼軍の隊長ゲイルは隣の独房に囚われている元部下のティルに問いかけた。
「し、知るわけ無いだろ!知りたければ自分で確認すればいいじゃないか!」
ティルは強い口調で拒絶の意思を示した。先日、ティルはゲイルに利用され、強盗の犯人に仕立て上げられそうになったのだ。拒絶の態度は当然だった。
「おいおい、冷てぇなぁ。俺が今どんな姿なのか知ってるだろ?まともに動けやしねぇんだぞ。あんま意地悪言うなって」
ゲイルは笑った。
先日の襲撃事件の首謀者であるゲイルは、サイガ達との激闘において右目、右耳、口以外の部分を切り刻まれ、両手足を失い、体機能はほぼ不全に陥っていた。これは、サイガの『蹂』の状態によるものだった。
「それは自業自得だろ!もう話しかけるなよ!」
「やれやれ、つれないねぇ・・・ん!?」
諦めたゲイルがため息をついた。そのとき、地下の天井が揺れた。上階の床に何かが激突した衝撃が走る。
ドウマの忍法 地雷震によって崩落させられた二階の床が一階に落ちた衝撃と音だった。
「お、おい、こいつぁ、やべぇんじゃねぇか?今天井が崩れたら、俺はぺしゃんこだぜ!」
ゲイルは狼狽し、サイガに切断された手足をバタつかせた。
何度かの振動の後、ひときわ大きな振動が天井を揺らした。直後、天井を破って三つの黒い長方形の箱と一つの人影が落下してきた。
いぶかしんだゲイルは、ベッドの下に潜り込んで気配を消して様子を見ることにした。
三つの黒い箱は人間程の大きさ。それ以外に特徴的なところはない。しいて言うなら、棺桶を連想させる。
三つの箱に、一緒に落ちてきた人影が近づく。隣に立つと、爪先で箱を小突いた。
「テンタ、もう解いていいぞ」
人影の正体はドウマで、どんな方法を使ったのか、サイガに負わされた傷は消え体は全快していた。
黒い箱は特務部隊員テンタのスキル『次元封印』の産物だった。
スキルが解除され、三つの黒い箱が端から分解していく。それぞれの箱からはテンタ、シュドー、ムクの三人が姿を現した。
「隊長。一体なのがあったのさ?敵に襲われたと思ったら、今度は急に天井が崩れてきたんだよ」
真っ先に口を開いたのはテンタだった。
テンタは天井の崩落を見るや否や、スキルを発動させ、仲間を防御の結界で封じ守ったのだ。
「ああ、見事な機転だったなテンタ。俺もお前らを信じて地雷震を使った甲斐があったよ」
「え、じゃあ、あの天井が落ちてきたのって、隊長がやったの?なに考えてんだよ!?」
「はっはっは、スキル持ちなら、あの程度なんとかできるだろう」
「そりゃ、僕達は何とかできたけど、気絶してたクジャクは・・・」
「ああ、そっちのほうは、黒聖母殿が崩落を察知したと同時に魔法で保護したのを確認している。彼女には感謝してもしきれないね」
ドウマはあっけらかんと言ってのけた。
部下との関係性は決して悪いわけではないが、どこか冷めた態度にテンタは背に冷や汗を垂らす。
「隊長、回復の魔法珠かポーションはねぇか?俺とムク、手をやられちまった。あいつら、スキルの発動条件を見抜いてやがったよ」
シュドーが手をかざし、ドウマに見せる。ムクも続いた。
「ほら、これを使え」
ドウマは懐からポーションを取り出し、シュドーに放った。受け取ったポーションを手にかけると、二人の傷は塞がった。
「よし、では攻勢に出るか。ムク。ペティ、ハルル、マミカのコピーは出せるか?」
「・・・」
ムクは無言で頷くと、前方に手をかざした。光が放たれ、その中に三つの人影が出現する。
ドウマの要求どおり、ムクはペティ、ハルル、マミカのコピーを作り出した。
「・・・どうやら、本体は健在のようだな。安心したよ」
ムクのコピーは、本体の人物が死亡していた場合、自我が宿り新たな本体と成り代わることが可能だ。しかし、本体が健在の場合は、意識が無く命令を聞くだけの機能の劣化した人形にしかならない。
ドウマはコピーに自我が宿らないのを確認し、安堵していた。
だが、それは次のムクの言葉によって否定された。
自我が宿らないのではなく、異変が生じていたのだ。
「・・・おかしい・・・」
コピーの様子を見て、ムクが呟いた。
「どうした?ムク」
「三人とも死んで、自我が宿ろうとしてる・・・でも、ハルルとマミカがおかしい・・・」
「なに、死んでいるだと?くそ、六姫聖にやられたか・・・。ペティは大丈夫なのか?」
「うん・・・もう意識も戻ってる」
ドウマがペティを見ると、ペティは頭をさえてうずくまっていた。これはムクのスキルで復活した際の儀式のようなものだった。
「う・・・うう・・・わ、私・・・復活したの?」
「ああ、六姫聖にやられたのか?」
頭痛に顔をゆがめるペティにドウマが尋ねる。ペティの顔は恥辱に歪んでいた。
「ち、違うわ。刀を持った藤色の着物の女。すごく綺麗な動きをする剣豪だったわ」
「剣豪の女・・・四凶のシズクヴィオレッタか」
「ええ。全然かなわなかった。私、スキルに溺れた素人って言われちゃった・・・」
シズクヴィオレッタに浴びせられた言葉を思い返し、ペティは顔を赤らめた。
「隊長よ、ペティはいいにしてもよ、こっちはなんだかヤバそうだぜ」
シュドーがドウマへ注意を促した。
見ると、ハルルとマミカのコピーは、宙を見つめ、ヨダレを垂れ流し、ゾンビのように呻いていた。
「ムク、あれは一体どういうことだ?」
「多分・・・元のデータが壊れてる・・・何か・・・異常のある状態で二人は死んでる・・・」
「何か異常だと?・・・まさか超化か?」
ドウマが考察を口にした。その直後、コピーの様子が激変した。
奇声をあげて、顔に爪を立てて掻き毟り始めたのだ。
「キィィィィィィイイ」
「あがあああああああががが」
発狂したように二体は暴れた。
手足を振り乱し、壁に頭を叩きつけ、正に狂っていた。
「お、おい、なんだよこれ。ムク、どういうことだ?」
「わからない・・・はじめてのこと・・・あ!!」
ここで、コピーに新たな異常が発生した。体が分裂し増殖を始めたのだ。
一体が二体、二体が四体、四体が八体と倍々で増えていった。
「いかん、原因がわからん以上、下手に手を出すのは危険だ。おまえら、逃げるぞ!」
状況に危機感を覚えたドウマが四人に指示を出した。四人は頷き、上階への階段に向けて走り出す。
「ちょ、ちょっと、何が起こったんですか?あの奇声はなんですか?」
駆ける五人に、横から声がかけられた。ペティが足を止めて声の方向を見ると、独房の中に怯えた顔の青年がいた。ティルだった。
ティルの青ざめた顔を見るや否や、ペティはスキルを発動させ、独房の鉄格子を切断した。バラバラになった鉄格子が音を立てて石畳に落ちる。
「おい、ペティなにやってんだ!?」
一瞬の行動に、シュドーが思わず叫ぶ。ドウマは何も言わなかった。
「隊長、彼を助けます。いいですね?」
「・・・好きにしろ」
「いいのかよ。どういうこった?」
思わずシュドーが疑問の顔になる。
シズクヴィオレッタとの死闘は、ペティに心境の変化をもたらしていた。そんなペティの心中を察したのか、ドウマはティルを助ける理由を追求しなかった。
ティルを含めた六人は再び走り出した。
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