第188話 「非力なりの戦い」(バトル)
一角楼一階エントランスでは、上階へ侵攻するための階段建造に、クジャクの万物誘惑で虜囚となった住人達が強制的な肉体労働にかり出されていた。
無限武具精製で作り出された工具を手にとらされ、住人達は慣れない建築作業を行わされる。
「ねぇシュドー、全然階段出来上がらないじゃない。一体いつまでかかるのよ?」
「しょうがねぇだろ、素人連中に上等な建築なんてできるわけねぇんだ。ちっとは気長に待ってろよ」
階段建造の手間取り具合に、焦れたクジャクがシュドーを急かす。もっと効率の良い機材を作れないかと暗に聞いているのだ。
機材を要求してくるクジャクの心中を、シュドーは察していたが、実行はしない。というよりも出来ないでいた。
シュドーのスキルは、ホウエンののような想像を具現化する類いのものではなく、情報を再現するスキルなのだ。
そのため、精製できるものは本人が知識、情報を持つものに限定される。
シュドーは武器には通じているが、建設機械などには疎かったのだ。
◆
「なんだあいつら、緊張感のない連中だな。戦闘要員じゃないからって、油断が過ぎるぞ」
二階部。一階の特務部隊から死角となる位置に身を隠しながら、リシャクは覗き見用蜻蛉『スコープヤンマ』から送られてくる一階の様子を見てあきれた感想を述べた。
映像受信昆虫『レンズヤゴ』の羽を閉じさせ、中継を終了する。
「リシャクさん、それで、操られている方々の場所はわかりますか?」
シャノンが尋ねた。
「ああ。男女関係なく階段作りに動員されている。あの辺りに範囲を絞ればまとめてやれるだろう」
六姫聖、黒聖母のシャノン・ブルーは、敵の撃破より住人達の救助を優先させようとしていた。多人数を一斉に瞬間移動させる『雲上方舟』(うんじょうはこぶね)発動のための詠唱を始める。
シャノンが詠唱に集中する間に、エィカとリシャクが相談を始めた。
「武器を作るやつ。それを複製するやつ。洗脳する女。よくわからない子供。住人を避難させれば、敵はこの四人だけだな」
「できることなら、四人同時に仕留めたいところだけど、リシャクちゃんは誰から狙ったら良いと思う?」
地面に広げた紙にロビーの上面図を描きながら、エィカはリシャクに問いかけた。
「私は、洗脳してくる女が一番厄介だと思うが・・・って、ちょっと待てエィカ。なんだこれは、まさか見取り図のつもりか?何が何やら全くわからんぞ」
リシャクが指摘したとおり、紙に描かれた絵はエィカの言葉とは全く違うものだった。
人間を表したであろうものは胴体がなく、顔から手足が生えており、全員正面を向いて笑っている。
その中でも二つは辛うじて人間だと判別できるが、残りの二つは猫耳が生えていたり、花だらけだったりと、リシャクの記憶の中の異界人達とはかけ離れたものだった。
さらに、『かいだん』や『いりぐち』と書きなぐられた文字は、実際の位置関係と全く違う場所に書かれていた。
エィカのあまりの絵心の無さに、リシャクは落胆しながらもペンを取り上げると、見取図の修正をした。
ようやく、図が第三者の目から見ても理解できるものになった。
「わぁすごいじゃないリシャクちゃん、上手上手」
「う、うん・・・」
エィカが無邪気に誉める。その無垢な反応にリシャクは言葉に詰まった。
一階エントランスの状況が正確に紙に書き出された。
紙上部に建造中の階段。下部に入口。
間に人間が四人。
階段側から入口へ向けて、クジャク、シュドー、ムク、テンタの順で並んでいた。
「魔法発動と同時に、あの女に大量のゴキブリを浴びせる。女の動きを止めるのは、それで十分だろう」
リシャクはゾッとする提案をしてきた。
「武器を作るのと複製をする二人は、スキルの発動に手を使うみたいだから、私が射抜いて無力化するわ。それで、あの子供は・・・」
「私が直接出ておさえよう。矢では子供の無力化は難しいだろ」
「そうね、お願いするわ」
二人の段取りがついたところで、シャノンの詠唱が終わった。
二人に向かってうなずくと、静かに立ち上がる。
シャノンの体の中で、魔力が激しく渦巻く。
同じ広範囲の魔法だが、『雲上方舟』は、先日使用した防御専門の『献身の籠』と違い他者へ瞬間移動を施すという効果上、その扱いは非常に高度な魔力や技巧が求められる。
さしものシャノンといえども、短時間の詠唱では一人一人を個別に移動させることはかなわず、ある程度の範囲をまとめて指定することしか出来なかった。それでも、本来なら上級以上の魔道士数人がかりの大仕事だ。
両手を天にかざし、魔力の向かう先を一階部の階段付近、虜囚の住人達に設定すると、シャノンは『雲上方舟』を発動させた。
シャノンのかざした両手から光が走る。左の光は一階へ右の光は三階へ向かっていった。
三階へ向かった光の標的は大広間に避難していた住人達だった。シャノンは住人達をまとめて移動させるために、大広間の住人達は魔法の標的に設定してあったのだ。
◆
クジャクのスキルの効果により、肉体の限界を超えてなお建築作業を続けさせられている住人達を、白い光が包む。
「お、おいなんだ、この光は?クジャク、どういうことだ?」
シュドーが狼狽気味に尋ねるが、クジャクは首を振る。
「わ、私知らないわ。こんなの、私のスキルじゃないわよ!」
「てことは、敵の攻撃か!くそ、どこだ・・・」
光を発した敵を探し、シュドーが辺りを見渡した直後、全ての住人が跡形も無く姿を消した。
『雲上方舟』が成功した。同時に、三階大広間の住人達も同じように姿を消していた。
「なんてこった、全員消えちまったぞ。おい、テンタ、何されたかお前わかるか?」
「わかるわけないじゃん。だけど、あの感じは空間に作用する魔法じゃないかな。僕のスキルとちょっと似てる気がしたから・・・」
シュドーに尋ねられたテンタは、否定しつつも考察を口にする。少年ながら考えが深い。
「てことは、住人共は別の空間か場所に移動させられたってことか?」
「たぶんね。上手いこと逃がされちゃった」
「!!てことは・・・ぐっ!!」
シュドーが何かに思い至った。が、それは出遅れていた。
空を斬る音が四つ。ほぼ同時に聞こえた。計画通り二階から射られたエィカの矢がシュドーとムクの手を貫いていた。
「くそ、手が!」
掌を貫いた矢を目にした時点で、シュドーは敵の目論見を察した。スキルを封じたのだ。
「きゃああああああ!」
喉が張り裂けそうなほどのクジャクの悲鳴がエントランスにこだました。
こちらも計画通り、二階から飛び降りたリシャクの口から吐き出された無数のゴキブリが、クジャクの全身を埋め尽くしていた。
全く踏みとどまることなく、クジャクの精神は逃避を選択する。気絶し、その場で倒れた。
「え?え?え?」
エィカとリシャクの急襲に、テンタは狼狽した。
リシャクは体を変形させ、蜘蛛の要素を取り入れた形態になった。複眼、腹、多関節と蜘蛛のそれになる。
口から管を伸ばすと、粘着性の糸を吐き出した。
「くそ、なんだよこれ!?」
糸を浴びたテンタは全身を包まれ、一切の身動きが取れなくなった。
一角楼一階の戦闘は奇襲により瞬く間に終わりを迎えた。
「やりました!私達の勝・・・」
鮮やかな制圧劇に、階段上でエィカが勝ち名乗りを上げようとした瞬間、天井が轟音と共に崩壊した。
三階大広間の端で、特務部隊の隊長ドウマが使用した土遁 地雷震によって破壊された部分だ。
そこにはサイガ、ミコ、セナ、ドウマが同時に落下をするのが確認できた。
大量の瓦礫が二階の床にたたきつけられた。
さらに、大質量の崩落はそれだけにとどまらず、床を突き破って一階にまで到達した。
一角楼の一階、二階部は多量の粉塵に真っ黒に埋め尽くされた。
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