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第187話 「覚醒の刃」(バトル)

 ぬかるんだ床に向けて、サイガが切り取ったソファの布を投げた。

 同時にサイガも跳躍すると、ぬかるみに落ちた布の上に着地した。

 身軽な身のこなしで、その足はぬかるみに呑まれることなく、サイガは布の上に立っていた。


「お、見事だね。どうやら、腕は鈍ってないみたいで安心したよ」

 好敵手の健在ぶりにドウマは笑った。興奮気味に息を漏らす。

「無駄口を叩く暇があるのか?」

 冷静なサイガの声が、刃と共にドウマを襲った。


 一瞬で十の連撃。ミコほどの速度はないものの、一撃一撃に防御を崩す重さがある。

「くっ、確かにこれはヤバイな。それなら・・・」

 ドウマがサイガの足下の布を払った。ぬかるみから布が離れる。

 サイガは後方に緊急離脱した。

 同じくドウマも距離をとるために後方へ跳ぶ。


「忍法 火遁 爆炎龍!」

 ドウマの結ばれた印から、炎の龍が放たれ、サイガに向かって地から地へ、半円を描きながら突進する。

 迫る炎の龍を、サイガは氷の魔法剣で迎えた。

 爆炎龍は触れた対象を爆発で包み粉砕する忍法だが、サイガは龍を向かってくる傍から剣で切り裂いて、爆発する間もなく微塵に刻んだ。


「どうだ?異世界歴半年でも、適応できるものだろう」

 爆炎龍を消滅させ、残心の構えのままサイガはドウマに語りかけた。

 その顔はどこか楽しんでいるようでもあった。


「流石だよ。だけど、どうして急に動けるようになった?さっきまでそんな兆しなかっただろ」

 ドウマの疑問はもっともだった。

「ミコの強化魔法だ」

「なに?」

「ミコが魔法珠を砕いて強化魔法を強制発動させたお陰で、その余波がおれの体に影響を与えた。強化が転じて体機能を回復させたんだ」


 これまでも何度かあったことだが、サイガは魔法の影響を受けやすい。

 クロストでは魔法剣に精神力を消費され、数日前にはミコへの睡眠魔法『涅槃の揺篭』の余波で昏睡する一幕があった。

 魔力を持たないだけに、その許容と間口が広いのだ。


「ちなみに言っておくが、ただ回復しただけじゃないぞ。しっかりと強化の効果も出ている」

「なんだと?」

 サイガの言葉にドウマが反応した瞬間、サイガの姿が消えた。

「!!」 

 ドウマが周囲に気を張り巡らし、警戒の網を仕掛ける。

「無駄だ。その程度では防げないぞ」

 サイガの声が聞こえた。それも一ヶ所ではない。四ヶ所から同時に聞こえたのだ。

「な、なんだ・・・これは?」

 ドウマは我が目を疑った。サイガが四人いたのだ。


 前後左右の四箇所に、同時にサイガの姿が現れた。

「一体どういうことだ?分身?まさか、お前もスキルに目覚め、忍法を?」

「いや、違うな」

 サイガがドウマの言葉を否定した。四人同時だ。

「おれは、全速力で動いているだけだ」

「なんだと!?ばかな、速く動くだけで、この俺に四体の分身を見せるというのか?」

「そういうことだ。どうやら、シャノン殿の強化魔法はおれと相性が良かったようだな。おしゃべりは終わりだ、いくぞ!」


 四人のサイガが同時に斬りかかった。

 前後左右から、弧月を描いた忍者刀が同時にドウマの体を叩いた。

 ミコの全力の斬撃を防いだドウマの防具だったが、強化されたサイガの四人同時攻撃は防御性能をものともせず、易々と動きを封じ込め、その身を刃の檻に閉じ込めた。

 あらゆる全ての方向からの四人同時攻撃の連続斬撃。

 さらにサイガは速度を上げた。一瞬ごとに四の倍数で斬撃が増していく。


 ドウマも超化を限界まで発動させ、サイガに抗う。

 超高速対超高速。刃の嵐が衝突を繰り返す。

 その動きは、人間の動体視力をはるかに凌駕するミコですら感心するほどのものだった。

「すごい、すごいぞ。サイガがすごく速い。やれやれー」

「ま、まったく見えやしない。本当にこれって、人間同士の戦いかい?なにをやってるの全然わからないよ」

 サイガの連続攻撃の凄まじさに、ミコは歓喜し、セナは驚愕する。

 二人はぬかるみから抜け出ることも忘れて、戦いに見入っていた。


「くそっ、このままじゃあ、押し切られる。忍法・・・」

「やらせると思うか?」

 サイガの連撃の隙間をついて、ドウマが忍法の発動を試みるが、サイガは更に分身を重ねてそれを妨げた。

 六分身。これまで以上の更なる加速は、サイガを更に上の領域に踏み込ませた。

「ろ、六体の分身だと?忍法や幻術も使わず、速く動くだけで、そんなことが可能だというのか?おまえ、どれだけの速度で動いているんだ!?」

 受け入れがたい状況に、ドウマは思わず悲鳴混じりの絶叫を上げた。サイガの芸当はそれだけ異次元の領域なのだ。


 サイガの魔法による影響を受けやすい体は、その分、許容が広く深い。

 そのため、魔法を全て受け入れ、さらにそれを理解し加減を覚えれば、たちまち自身への強化へと転用できる。

 サイガの体は、これまで受けてきた魔法の影響のお陰で、受け入れた魔法の制御を感覚的に身に付けていたのだ。

「強化魔法はミコのために調整されたもののようだが、おれの体によく馴染んでいる。これがお前の言う『あてられた』という状態なら、存外悪いものじゃないな」

 怒涛の連続攻撃を繰り出し続けながら、サイガは余裕の口調でドウマに語りかけた。

 一方のドウマは言葉を返すどころか、攻撃を防ぐのが精一杯だった。


 強化魔法によって人間の感覚を超越したサイガは、自身の持つ三つの状態を上回る力を得ていた。

 意識を遮断し、積み重ねた経験に体を委ねる『無』。

 『無』の状態を意識で支配し、威力と精度が向上した攻撃を仕掛ける『律』。

 激しく仕掛けながらも、敵を生かさず殺さずの状態にとどめる、拷問、尋問を目的とした『蹂』。

 全ての状態を併呑し、全ての長所を併せ持っていたのだ。


 拳、蹴り、肘、膝、踵、忍者刀、鞘、炸裂弾、クナイ、手裏剣、鉤爪、魔法剣、手甲、スパイク。

 四方八方から、手を変え品を変えの攻撃が繰り出され続ける。

 打撃に対応すれば次は斬撃。斬撃に対応すれば次は飛び道具。次は魔法剣。魔法剣が終わればまた打撃。

「ドウマ、終わらせるぞ。ぜぇりゃああああああ!」

 サイガが決着を狙い、一気に攻め立てた。攻撃の勢いは凄まじく、その余波はシャノンの施した隠者の黒霧を脅かしていた。

 様々な攻撃をランダムで浴びせ続けられ、ドウマはサンドバッグのような状態になる。

「ぐはっ・・・あ・・・」

 顔以外のあらゆる箇所に余すことなく攻撃を受け、遂にドウマは再び仰向けに倒れた。


「ま、まいったね・・・ま、またこんなザマをさらすことになるとは・・・」

「しかも今回は、さっきのような、やられたフリでは済まんだろう。徹底的に痛めつけてやった手ごたえがあったからな」

 かろうじて言葉を発するドウマに、サイガが見下ろしながら声をかけた。

「お、おまえ、なんで顔を狙わなかった?」

「出来るなら、お前からもう少し情報を引き出したくてな。まだいくつか質問に応えてもらうぞ」

「ひ、瀕死の相手に・・・酷な要求してくるじゃ・・・ないか・・・このサディストめ・・・」


 仰向けのドウマにサイガがまたがる。両手と胴を足で押さえ、首に刀をあてがう。

「ドウマ、おまえ・・・」

 サイガが質問を口にしようとした、そのとき。

「きゃあああああ!ひ、人殺しよ!」

 女の悲鳴が割って入った。

 二人が同時に声の方向を見ると、そこにあるはずの隠者の黒霧が消えうせ、大広間に集まっていた住人たちの衆目が注がれていた。

 サイガの凄まじい攻撃で、シャノンの妨害魔法が無効化されてしまっていたのだ。

 悲鳴を上げた女を中心に、住人達に恐怖の声が伝播していく。

 住人達はたちまちパニックを起こし、広間の出口に殺到した。我先に脱出を試み圧し合う。


「いかん、この状況でパニックになれば、死人が出るぞ!」

「ど、どうしよう、サイガ。私たち動けないってのに・・・」

「大丈夫だ。おれが止めてくる」

 最早動けぬと判断したドウマを残し、サイガが住人たちの鎮静化に向かおうと体を向け、首から刃を離した。


「あーあ、詰めが甘いなぁ・・・」

 ドウマが呟いた。

 サイガが視線を戻す。

「遅いよ、まぬけ」

 ドウマの両の掌から光が生じた。

「忍法 土遁 地雷震」

 情報を聞き出すために口の損傷を避けたサイガの行動が裏目に出た。ドウマの忍法が発動する。

 地雷震によって、ドウマの横たわる床が崩れた。地雷震は地面を大規模に破壊する忍法なのだ。

 

 床に現れた大穴に、サイガ、セナ、ミコ、ドウマの四人は呑みこまれた。

 瓦礫と共に急落し、下階の闇の中に消えていった。

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