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第18話 「汚れた男」(バトル)

 ハーヴェの村を出てから三日、サイガ一行はルゼリオ王国を東西に横断する大街道を歩き続けていた。

 流通の発展を目的に、国家の一大計画として行われた街道整備は、国の東西南北を十字につないだ。

 道は、馬車が余裕をもってすれ違えるほど幅広く、滑らかに舗装された路面は車輪や足を疲労から遠ざける。

 しかし、利便性が高く利用者が高い反面、旅人や商人を狙う盗賊や魔物たちの格好の的となっている。

 そして今まさに、サイガの一行を狙う邪悪な集団が、後方から三人の姿を捉えていた。


「真ん中が男、右が女か。左のでかい荷物は・・・荷車か?引いてるのは男だろう。ギリックは右の女、ボロニアンは荷車の引き手を狙え。おれは真ん中の男を後ろからしとめる。女は殺すなよ、上玉なら売って金にする」

 サイガ一行を遠目に捉える後方の馬上で、双眼鏡をのぞきながら、盗賊あがりの冒険者ゲーツは弟分の面相の悪いギリックと、大柄でがさつなボロニアンに指示を出した。

 本来、冒険者による略奪、強奪は犯罪であり厳罰の対象なのだが、元盗賊のゲーツたちは他者の目がなく証拠も残らなければ、平然とそれをやってのけるのだ。

「よしいくぞ。一気に距離を詰めてやっちまうぞ!」

 ゲーツが右手に持った剣を掲げて鐙を蹴った。馬が静かに走り出し、弟分の二人があとに続く。


「サイガさん」

「ああ、わかってる。後方から三騎、様子を伺いながらつ尾行してきている」

 忍び寄る殺意を察し、先に口を開いたのはエィカだった。サイガも振り返らずにその数を言い当てた。

 セナは突然始まった会話に眉をしかめる。

「あんたら、なんでそんなのがわかるんだい?ただの旅人かもしれないだろ?」

「私は精霊さんの声が聞くことが出来るので、悪いことが起こりそうなときは教えてくれます」

「エィカ、あんた精霊使いだったのかい?」

「精霊使いというよりは、友達という感覚です。私達、仲良しなんです」

 友達という言葉に反応するように、柔らかく優しい風がエィカの金色の髪をなでるように軽く吹き上げた。エィカが照れくさそうに微笑む。

「んで、サイガ。あんたはなんでわかったんだい?」

「景色を見るふりをして、目の端で姿は捉えていた。道の起伏で体を隠して、上手く誤魔化しているつもりだろうが、頭部の上下の振れ幅から騎乗も明らか。そんないつでも追い抜ける連中が、つかず離れずの距離を保ちつつ身を隠して後をついてくるなど、よからぬ考えをもって様子を伺っているとしか思えん」

「なるほどねぇ。で、どうするんだい?襲われる前にやっちまうのかい?」

「そうだな、距離も詰めてきているから、射程に入り次第、一気に後ろから襲い掛かるつもりだろう。だが、まだそうだと確定していないから、放っておいても問題ない。仕掛けてくるなら相手をしてやるさ」

 サイガは、前を向いたまま話を続けた。その間もゲーツ達は距離を詰めている。風が勢いを強め、警戒を促す。

「サイガさん、風の精霊さんが警告してます。間違いなく、私達を襲うつもりだ。って」

「そうか、風の精霊さんは心配性なんだな。なら、その心配、解消させるか」


 ゲーツ達が襲撃のために速度を上げ、その距離が鐙を蹴ってから半分ほどに縮まった。さてそろそろか。と、三人がそろって槍を手に取った。

 その動作を待っていたかのように、サイガ一行が走り出した。

「あいつら、気付きやがった。追うぞ、どうせ徒歩だ逃げきれやしねぇ。無駄な足掻きだ」

 三騎が同時に速度を上げた。これまでとうって変わって、馬蹄で力強く地面を蹴り、強奪者の面を露にする。

 ゲーツの言葉のとおり、三騎は逃げる三人に短時間で肉薄した。当初の計画に従って、弟分たちが左右に展開する。

「アニキ、こっちも女だ!しかも荷車じゃねぇ、このでかい荷物担いで走ってやがる」

 一行の左側、セナを担当したボロニアンがセナを見るなり声を上げた。

「んだと?だったら、魔法か加護をもってやがるな。かまわねぇ、女でも殺しちまえ」

 ゲーツは粗野な盗賊くずれにしては察しがよく、警戒心が強い。大荷物を抱えて走り続けられる女というだけで、それが自身に害を及ぼす戦力になりえると判断したのだ。

「ちょっと勿体無ぇが、加護や魔法は厄介だな。死ね!」

 ボロニアンが槍を両手に構えセナに狙いを定めた。一撃でしとめようと、首に向かって突き出す。

 だが、工夫のない単純な一撃は戦闘の素人であるセナにすら、やすやすと防がれた。それと同時にボロニアンの体は大きく馬上で体勢を崩した。

 セナが防御のために無造作に取り出し振り上げた鉈は、わずかに穂先に触れただけだった。しかし、力の加護が宿ったその守りの動きは、攻撃の側面も有していた。槍と鉈が触れた箇所には強烈な衝撃が発生し、槍を伝ってボロニアンの体を駆け巡ったのだ。

 槍は衝撃に耐えかねたボロニアンの手を離れ、宙を舞って地面に突き刺さる。思いがけない反撃にボロニアンは落馬した。それに伴い、馬も歩みを止めた。


「馬鹿野郎、油断したな。アニキ、こうなったら生け捕りなんていってられねぇ。三人とも始末してやろうぜ。くらえ!」

 生け捕りを困難と判断したギリックが目的を切り替え、エィカを狙い大きく槍を振り上げた。あとは頭にたたきつければ絶命を狙える。

「そらよ、くたばれ!」

 狙いを定めてギリックが槍を振り下ろした。

「風の精霊さん、お願い」

 エィカの声を受けて、風が踊った。地面の砂利を吹き上げると、エィカの頭を凝視するギリックの目に、微細な粒を送り込んだ。

「ぐぁああ、くそっ目が痛ぇ!」

 精霊から望まぬ贈り物を受け取らされたギリックは、槍を振り下ろす手を止めて腕で目をおさえた。まぶたの中で動き回る異物の動きを少しで抑制し、目の激痛を和らげるためだ。

 そしてその被害はギリックが駆る馬にも及んだ。同じように目に異物が入り込んだ馬は、大きく前足を跳ね上げると、主を振り落とし痛みから逃げるように遠方へと走り去った。あとには頭を地面に打ち付けて気絶したギリックが残った。


 弟分たちの醜態を目の当たりにして、ゲーツは槍を持ち直した。握る手には一層の殺意がこもる。

 馬上で武器を持ち、体格でも勝り、後方から追い立てるという圧倒的好条件でありながら女相手に敗れる様に、男の意地が激しく燃え上がる。

 こうなったら一人だけでも。と、槍をサイガの背に向けて投擲の構えをとる。

 怒りを込めた槍が標的へと放たれた。

 サイガの実力から考えれば、このような一撃など取るに足らない。追走劇から離脱し、気絶した弟分たちを縛り上あげつつ、セナとエィカは余裕の思いで二人の攻防を見守っていた。

 しかし、その二人の目に衝撃的な光景が飛び込んできた。ゲーツの放った槍はサイガの背に突き刺さり、胸まで貫いたのだ。

 槍の勢いにおさるれるように、サイガの体が胸から地面に叩きつけられた。

「よし、しとめたぞ!」

 ゲーツが歓喜の声を上げ馬を下りると、サイガの死体に歩み寄った。


「おい、女共。おれの槍の腕前は見ての通りだ。こいつと同じ目にあいたくなかったら、そいつらを解放して、両手を上げな」

 サイガの胴を踏みつけながら、セナとエィカに弟分の開放と降伏を勧告する。

 いくら力の加護や精霊の助けがあろうと、仲間の死という現実を目の当たりにすれば恐怖心が勝る。ゲーツはこれまでの盗賊生活の中で、幾度となくこの方法で成果を納めてきた。

 セナとエィカが弟分たちの縛を解き、両手を上げて立ち上がる。

 勝利を確信してゲーツが口角を上げて笑った。だが、その口は「は?」という形に、音と共に変わった。

 二人の女の顔は余裕綽々で、逆にゲーツに対して笑ってさえいたのだ。

「おい女、なにを笑ってやがる!こいつみたいになりたいのか?」

 不敵な態度の二人に怒りを露にしながら、サイガを指差した。

「笑っているのは、お前が死の目前にいるのも解っていない、滑稽な様だ」

 不意をついてゲーツの後ろから男の声が聞こえた。

 正体を確かめるために振り返ろうとしたが、首に何か冷たいものが当てられた。瞬時にそれを刃と察したゲーツは動きを止める。微動した首がわずかに肌を切り、薄く血をにじませた。


「武器を手放しておきながら、その手で死を確かめもしないとは、素人以下だな。どんな状況でも残心をおこたるな」

「お、おまえ、何で生きてんだ?」

 声の正体はサイガだった。ゲーツがセナたちに気をとられている隙に、背後をとったのだ。

「馬上の貴様を相手にするのが少し面倒だったのでな、変わり身で死を演出して、貴様のほうから来てもらったというわけだ」

「か、変わり身だと?なんだぁそりゃあ?」

「どうせ死ぬ身だ、知らんでいい」

 言い捨てると、サイガが刃を握る手に力を入れた。金属の冷ややかさは、サイガの殺意を投影しているようだった。

「こ、殺さないでくれ。なんでもするから、たのむよ」

「腹をくくれ。そんな命乞いが無意味なのは、自分自身がよく解っているだろう」

 ゲーツは黙った。これと立場が逆の状況は、これまで何度も繰り返してきたことだからだ。その結果、助かった者など一人もいないこともよく理解していた。

 ゲーツは静かに目を閉じると、死を迎え入れる覚悟を決めた。

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