第182話 「究極の戦士現る」(バトル)
殺戮僧ダダマは生涯において千人以上の異教徒をその手で屠った魔僧だ。
主な武器は金属製の長いロザリオと、長く鋭く研がれ毒の仕込まれた爪。
近距離ではロザリオと爪で襲い、遠距離では毒と呪詛を中心とした闇魔法を展開し、教えと称してじわじわと死に至らしめる。
そうやって、ダダマは悪しき狂気の僧としてルゼリオ王国の歴史に名を刻まれる。
奴隷拳闘士クローデンは少年の頃から鎖で繋がれていた。
貴族や王族の見世物として他の奴隷や魔物と戦わされ、その中で、クローデンは勝利を続け、遂には無敗のまま千勝を成し遂げた。
無敗の褒美としてクローデンは一般民の地位を与えられ、後の人生を平民、傭兵となり、遂には正規軍の将にまで上りつめた。
クローデンは、成りあがりと努力の代名詞として用いられる名前となった。
正と負。両極端な知名度でありながら、ダダマとクローデンはアラシロの指示の下、見事な連携を見せる。
クローデンが拳の連撃をリンの顔に向けて放つ。
その間をついて、ダダマが爪で首や脇の動脈を狙い、ロザリオで背を叩く。
リンは攻防において速度を重視しないため、疾風の如き攻撃の連続に、防戦一方にたたされていた。
「これはこれは・・・ぐっ!なかなか・・・がっ!やっかいですわ・・・ぐぅっ!ね・・・」
顔への打撃で何度も言葉を遮られながら、リンは感想を述べる。
敗北を知らないクローデンの拳は、実に鮮やかだった。
攻撃を受けながら反撃を行おうとするリンの手や足を、巧みに拳で迎撃し、動きを遮る。その一撃一撃はまるで鈍器で殴打されたような、重い衝撃を与えてきた。
速さと重さを兼ね備えた拳は、常に必殺の領域にあったのだ。
右のフックがリンの顎を叩いた。その音は打撃ではなく衝突の音だった。
視界が揺れた。技巧の結晶のような拳は、顎先から脳へダメージを与えたのだ。
リンが片膝を着いた。人間の拳で膝を着くのは成人後初めてだった。
「ふふ、人間の拳で膝を着くなんて、久しぶりですわ。これは楽しめますわね・・・ぐぅ!!」
拳の余韻に浸るリンの背中に激痛が走る。ダダマのロザリオが背を叩き皮膚を裂いたのだ。
鮮血が飛び散る。
「くっ、嫌な痛みですわね。そういうのは望んでいませんわよ!」
片膝を着く姿勢を利用してリンは前方に倒れこむと、後方のダダマに向けて蹴りを放つ。
蹴りの勢いで突風が巻き起こるが、ダダマの姿は既に無い。
ダダマはリンに向かって跳躍していた。ロザリオが首に絡みつき、またしても締め上げてきた。
「同じ手を喰らうわけ、ありませんわ!」
ロザリオが首に食い込むよりも早く、リンは地面を殴った。地面が捲れ上がり、足場が崩れ、拳の勢いで土ぼこりが舞い上がる。
ダダマはたまらずロザリオから手を放すと、身軽な体を風に乗せて、宙を舞って避難した。
「ひひひ、やりおるな。ロザリオを手放してしまったわい。だったら、次はこいつに血を吸わせてやるか」
ダダマが鋭い爪を光らせながら笑った。舞い上がり続ける土ぼこりに目を凝らし、その中のリンの命を狙う。
数秒間の沈黙の後、光を遮るほどの埃の幕が突如として裂け、そこからリンが飛び出してきた。
雷魔法を全身に巡らせ、肉体の機能を向上させた巨体は、瞬時にダダマの眼前に迫り、その頭をアイアンクローで鷲づかみにした。
頭を掴まれたダダマが爪を腕に突き立て必死に抵抗するが、鋼鉄のような皮膚は爪を通さない。
「ダダマ、あなたの戦い方、思っていたより面白くありませんでしたわ。ここまでにいたしましょう・・・ふん!」
落胆の言葉と共に、リンは頭を掴んだ手に力を込めた。
「ぎげぇ・・・」
悲鳴と共に、ダダマの頭部が一回り小さくなった。全身から力抜け、両手足がだらりと垂れる。
一瞬で無力化されたダダマを見て、クローデンが身構える。
「奴隷拳闘士クローデン。先ほどの攻防で解りましたが、四人の中ではあなたが一番の実力者でしたわ。拳ひとつで築き上げた功績、正に純然たるもの。ですので・・・存分に拳で語らい合いましょう!」
ダダマの頭をつかんでいた手を開くとリンはクローデンに向かって突撃した。
ダダマは力なく地面に転がると白くなって砕けた。
リンの豪腕の右拳を、クローデンは同じく右の拳で迎え撃った。
まるで、岩と岩が衝突したような音が響く。
拳が互いを弾いた。
「くうぅ、しびれますわぁ。でも、まだまだぁ!」
続けて、リンが左の膝を突きだす。
右腕が弾かれ、がら空きのクローデンの右脇腹に膝が叩き込まれる。それは牡牛の突進よりも強烈な一撃だった。
内蔵を破壊されたクローデンがたわみながら血を吐き、そして撒き散らしながらのけぞった。
「とっどめぇ!」
喜びを噛み締めながらの打ち下ろしの右拳。
胸の中央に決着の一撃が入る。
リンはそう確信していたが、それは叶わなかった。
拳が触れる直前に、クローデンの体が散って消えた。
それは、これまでもあった、描き出された戦士達の死の合図だった。
全力で振り下ろされていた拳が空を殴ると、巨体は勢いを殺しきれず頭から地に倒れた。
たまらずリンは、「ぎゅう」と空気の漏れるような声を出した。
ダメージは全く無いが、恥をかかされた気分になった。
「な、なんですの急に!?クローデンはまだ死んでなかったでしょう?」
リンはホウエンを睨んだ。その目には楽しみを奪ったことに対する怒りの念が込められていた。
怒りの視線を身に浴びながら、ホウエンは右手に完成原稿を持ちながら笑っていた。
その笑顔は達成感に満たされていた。
「ふっふっふ・・・待たせたな、リン・スノウ!時間稼ぎは終わりだ!見せてやるぞ、この俺の渾身の一作を。出ろぉぉぉ、マグナムゥキッドォォォオ!」
ホウエンの声に呼応し、原稿から緑の光が迸る。
「さっきの四人は空中に描いたせいで、貴様が満足する戦力ではなかっただろう。だが今回は違うぞ。俺の魂を原稿用紙一枚に惜しみ無く注ぎ込んだ、魂の一作だ!」
原稿から、一つの人影が飛び出した。
空中で軽やかに数回転すると、重量を感じさせない着地を見せる。
降り立った人物は、これまで描かれた人物達とは明らかに異質なものだった。
全身赤一色の、体の線がハッキリと出るいわゆる特撮ヒーローのタイツのようなものを身に纏っていたのだ。
「な、なんですの?これ?」
見慣れない服装の男にリンは戸惑った。
これまでの傾向から考えれば、歴史上最強と名高い将や戦士が出てくると予想していたからだ。
「はぁ・・・どんな戦士が出てくるのかと思えば、珍妙なお祭り男だなんて・・・拍子抜けもいいところですわ」
リンは落胆の溜息をついた。
その言葉通り、マグナムキッドと呼ばれた男はこれまでの戦士達と比べれば、明らかに緊張感が欠落していたのだ。
マグナムキッドは直立不動のまま、リンを見据えていた。そこには殺意も戦意も感じられない。得体の知れない雰囲気があった。
「なんだか不気味なヤツだな。暴風の、どうするんだ?」
リンの後方からアールケーワイルドが問いかけた。
「どうするも何も、敵なのは確定なのですから、多少不気味でも倒す以外ありませんわ。幸い、戦闘形式は徒手のようですので、渾身の一作とやらを堪能させてもらいますわ」
その不気味さに戸惑いながらも、リンは構えた。マグナムキッドの挙動を見逃すまいと目を凝らす。
「!!え!?」
リンの眼前でマグナムキッドの姿が消えた。直後、頭に強烈な衝撃が走り、大きく視界が乱れた。
マグナムキッドは一瞬でリンの後方に移動すると、上段の後ろ廻し蹴りを側頭部に叩き込んだのだ。
天地が上下しそうなほどの勢いで、リンの体が倒れた。
「ぐぁ、な、なにが・・・!?・・・!?」
リン自身、なにが起こったのか理解できなかった。それだけ、マグナムキッドの動きは速く、動体視力と反応を凌駕していたのだ。
「ふっふっふ、どうだ、これがマグナムキッドの戦闘力だ!俺の全てを注ぎ込んだ大傑作だ。存分に味わえ!」
「うわぁ『クリムゾンウィング』の『マグナムキッド』だ。あれの作者って、ホウエンだったんだね。知らなかったよ」
「まぁ、初連載の作品のうえ、その頃は本名で描いていたからな。知らないのも無理はない」
「いやていうか、クリムゾンウィングって打ち切りでしょ?普通そんな作品のキャラクターなんて憶えてないよ」
「ぐ・・・!」
「僕はたまたま憶えてたけどさ、あいつって強いの?」
「と、当然だ。そう描いた。少なくとも、いや、絶対、俺の中で最強の戦士だ!さぁ、やってやれ、マグナムキッド!!」
アラシロの質問に、ホウエンは自信をもって応えた。
マグナムキッドがとどめを刺さんと、地面に横たわるリンへゆっくりと歩み寄った。
続く
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
マグナムキッド
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