第181話 「暴風-愉悦の時」(バトル)
リンとアールケーワイルドを、異界人特務部隊のアラシロを初めとした五人が包囲する。
その中の、ホウエンに描き出された古の戦士、奴隷拳闘士クローデン、投げ技の父エルマン、騎馬において天下無双エンゴールド、殺戮僧ダダマの四人はアラシロの命を待つ。
戦士たちへの指令権を与えられたアラシロが、四人に視線で命令を出した。内容は、「四方からの一斉攻撃」だ。
リンの右前方から、エンゴールドが槍を突き出した。
即座にリンが反応して拳の鎖で受け止める。が、直後に右後方のクローデンが右のフックを空いた右脇腹に叩き込む。強固なはずの肋骨に亀裂が入り、内臓が揺れた。
「ぐはっ!・・・ぬん!」
追い払うように右足で後方を蹴るリン。
クローデンは軽やかに回避した。
じゃらり。という音と共に、首に冷たいものが触れる。
ダダマのロザリオが首に巻きつき締めつけたのだ。
「油断するなよ。でかい娘さん」
小柄な老人のダダマが、巻きつけたロザリオを背負う形で締めあげる。金属の小さな玉が喉に食い込む。
「げ、ぐが、あがあああ・・・」
左手の指が首を掻き毟るように玉を捜す。だが、皮膚にめり込んだロザリオには、その隙間が生まれない。
さらにその首に、エルマンが足で飛びついた。首に足を絡めると、左手を巻き込んだ三角締めでロザリオの上から更に締め付ける。
リンの顔が紫色に変わり始めた。
「か、かはっ、はぁ!」
「ひぇひぇひぇ、諦めなされ。取れやせん。じわじわと死ぬだけ・・・ん?」
言いかけて、ダダマの言葉が止まった。
リンから抵抗の反応が消えていた。声も発さず、動きもせず、静止していたのだ。
しかし、静止しているリンに変化している箇所が一つあった。首だ。首が一回りほど太くなっていた。
「なんだ、この女、首が太くなって・・・俺の足が、開く・・・」
エルマンの三角締めの足が徐々に開かれていく。
リンは首の筋肉を膨張させることで、エルマンの足とダダマのロザリオに抗ったのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ひゅーーっ!」
上を向き、わずかに開いた喉で懸命に空気を取り込むリン。顔色は紫から赤に変わった。
「すごいね。首の筋肉だけで攻撃を退けるなんて。マジで化け物」
人間離れの光景に、アラシロは感想を漏らす。
「でも、今ならまともに動けないよね。がら空きの顔から刻んで、両目をえぐってあげる」
二本のナイフを取り出し、超化したアラシロがリンの顔に向けて跳躍した。
上向きのリンの視線に、二本の刃を光らせたアラシロが映りこむ。
不動の巨体の肩を足場に、アラシロが着地した。
「体は頑丈かもしれないけど、さすがに目は柔らかいよね」
アラシロが不穏な台詞と微笑を浮かべ、ナイフを順手から逆手に持ち替えて大きく振りかぶる。
「せーのっ!」
「待ちな!大人しくしろ、少しでも動いたら脳天ぶっ飛ばすぞ!」
アールケーワイルドの怒声が響いた。右手に握ったリボルバーの銃口がアラシロを捕らえる。
「まったく、黙ってみてれば、女一人に男が寄ってたかってみっともない。まぁ、相手が相手だ。気持ちはわからんでもないが、ちょっとやりすぎだ」
「気持ちがわかるなら、放っといてくれない?」
気だるげな口調で、アラシロは抗議する。
「ふざけたことをぬかすな!敵の要望を、はい解りましたと聞くわけないだろ。さぁ、さっさとそこから降りろ!そして周りの連中を下がらせろ!」
「やれやれ仕方ないね。お前たち・・・っ!!」
攻撃を諦め、戦士たちにリンの拘束を解く指示を出そうとしたところで、アラシロの『未来予知』が強制発動し、未来を見せた。一瞬でその顔が青ざめ、冷や汗が浮き出る。
「まずい!散れ!」
アラシロが大声で警告を発した。
直後、リンの上半身が収縮した。膨張していた筋肉が細りその分密度が増す。
「おおおおおおおおおお!!」
リンが咆哮をあげる。
一瞬で上半身が再び膨張した。その勢いに圧され、首の三角締めは解かれ、ロザリオがちぎれた。
短時間でのリンの肉体のあまりの変貌ぶりに、歴戦の戦士たちの本能が反応した。その結果、目を奪われ、アラシロの命令を実行するのが一瞬遅れた。
「喝ぁっ!」
爆発のような一声をリンが発した。
同時に、瞬時に膨張した筋肉から衝撃波が走る。さらにそこには雷魔法も付与されていた。
気合と膨張の衝撃と雷魔法。三つの要素が一つになって、放射状に発する攻撃『雷吼哮』。交易都市クロストでリュウカンに浴びせた技の上位に位置する技だ。
アラシロは直前でリンから跳躍し、衝撃の範囲から離脱していた。しかし、リンの体に取り付き、攻撃を続けていた四人は雷を帯びた衝撃波を直に浴びることとなった。
四人の動きが止まった。雷吼哮によって意識が途絶えたのだ。
クローデンが片膝を着いた。
ダダマとエルマンの力が抜け、落下した。
エンゴールドは馬上で揺らいだ。
だがそこは語り継がれる伝説の戦士。即座に意識を取り戻すと、不覚を理解して攻撃に転じる。
「やってくれたな、女!」
エルマンがリンの左腕をつかみにかかる。
「死ねぃ!」
ダダマが研いだ爪を動脈に食い込ませるために狙いをつける。
「・・・」
無言のまま、クローデンが拳の連撃を顔に向けて放つ。
「心臓、いただく!」
エンゴールドが心臓目掛けて一直線に槍を突く。
「うぉおおお!どりゃああああ!」
再び咆哮を発しながら、リンが攻撃を行った。
両の拳を左右に広げ、足を中心にその場で竜巻のように回転をする。拳には鎖が巻かれ、更に威力を高める。
急速な回転は、四人を同時に撃墜した。
エルマンは左腕を折られ、ダダマは地に叩きつけられ、クローデンは吹き飛ばされ、エンゴールドは槍を折られた。
その勢いに、四人はたまらず後退した。
「わ、私の槍を拳で折っただと?千を超える魔物を屠ってきた聖槍だぞ・・・」
エンゴールドが、無残に折れた槍を見つめて驚嘆の声を漏らす。
「驚くことはありませんわ。単純に、私の方が強いということですわよ」
リンがエンゴールドの馬に詰め寄った。
拳を繰り出すと、馬の顔面に大振りのフックを打ち込む。その勢いに、馬の首は三回転してちぎれた。
馬が崩れた。つられて、エンゴールドも右に傾く。
「いただきますわ!」
跳びあがったリンが、左拳をよろめいたエンゴールドの頭部に振り下ろした。
肉がつぶれる鈍い音と共に、兜の中から赤黒い血が飛び散った。
エンゴールドの体は色を失い、端から粒となって消えていった。
「一撃で終わるなんて、技は見事ですが、打たれ弱すぎですわ」
「隙ありだ!」
消え去るエンゴールドを見送るリンの襟を、エルマンが右手で掴んだ。
素早く懐に潜り込むと、腰でリンの巨体を打ち上げ、背負い投げを繰り出した。
投げ技の父の異名どおり、エルマンは片手でも自在に投げを操る。
投げにおいてリンは素人同然で、咄嗟に受身を取ることが出来ず顔から地面に叩きつけられた。
「げぶっ」と、圧迫された口から空気が音を立てて漏れる。
「まだ終わらんぞ!」
エルマンが続けて投げを仕掛けようと、天を向くリンの右足首を掴んだ。
ふくらはぎを肩に乗せると、そこを支点に再び背負い投げで地面に叩きつける。
「そりゃ!そりゃ!そりゃ!そりゃ!」
腕を振るたびに、リンの巨体は轟音を立てて地面に叩きつけられる。
土まみれとなったリンの巨体が、力なく地面に転がる。
地面に叩き続けること三十を超えたところで、エルマンはその手を放した。
「あら?もう終わりですの?」
リンはまるで何も無かったかのように平然としていた。
「な、なんだと!?あれで死なないのか?」
エルマンが驚くのも無理は無かった。リンに浴びせた投げ技は、全て致命傷となる角度と位置のものだったからだ。
「では、次はこちらの番ですわね」
そう言うと、跳ね起き、エルマンに両手を伸ばす。
恐るべき両手が、投げ技の父の肩を掴んだ。
エルマンは抵抗を試みるが、体は微動だにしない。
「な、う、動かない・・・」
「せーの、えい!」
今度はエルマンの体が、地面に叩きつけられた。だが、そこに技術や華麗さはなく、たた力任せに駄々っ子のように叩きつけた。
エルマンの構成物質は肉であり、ゴムではない。しかし、その体は激しくバウンドした。リンの腕力は性質を凌駕したのだ。
今度は、エルマンが「げぶぇっ」と、口から濁った空気を漏らした。
「逃がしませんわ・・・よっ」
跳ね上がった体を、リンは空中で掴んだ。
「えい!」
掴んだエルマンの体を、リンは全力で地面に投げつけた。またしても体がバウンドする。
さらに掴んで投げつける。
掴んでは投げつけ、跳ね返っては掴んで、また投げつける。
繰り返すこと三十回。エルマンの体が空中で散った。
投げ技の父は、猫につかまった鼠のように、弄ばれて果てた。
「ん~、もう少し刺激のある技を期待していたんですけど。左手を折ってしまったのが悔やまれますわ」
散っていくエルマンを見つめながらぼやくリン。
「あなたがたは、楽しませてくれますわよね?」
残されたクローデンとダダマを見つめながら、暴風は怪しく微笑んだ。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
奴隷拳闘士クローデン
投げ技の父エルマン
騎馬において天下無双エンゴールド
殺戮僧ダダマ
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