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第180話 「伝説との対峙。暴風は昂り舞う」(バトル)

 六姫聖の一人、暴風のリン・スノウは、幼い頃から高い身長と屈強な体格だった。

 十歳になる頃には家族の誰よりも背が高く、父親の治める領内に腕力でかなうものは老若男女問わず存在しなかった。

 力をもてあましたリンは、旅の冒険者や魔物と、だれかれ構わず戦いを挑む少女時代を送っていたが、そんな中で一つの想いがあった。

 それは、かつての英雄や猛将たちの伝記を読み、知りえた強敵たちとの戦いに想いをはせるということだった。


 獣人族を従えて万を超える人間を虐殺した『暴君バガン』。

 龍の父と人の母の間に生まれた半龍半人の超戦士『乱れ龍クラッハ』。

 その重厚な武装は、歩く砦と形容される『鉄壁要塞フロド』。

 魔物を食し続けることで魔物の力を得た禁忌の人間『獣戦車ドロイアス』。

 颯爽と戦場に現れ、勢力を問わず蹂躙する『戦鬼人ウィガノン』。

 英雄の中の英雄と呼ばれ、知、武、心、全てに優れた英雄王『覇王バルバロッサ』。


 語り継がれる歴戦の猛者たちは、成長につれ増し続ける戦闘欲をひそかに満たし、後の暴風の心に平穏をもたらせてくれていたのだ。

 そんな物語の登場人物の一人、『熊殺しのボンゲル』は、ルゼリオ王国で暮らす人間であればほぼ全ての者が知る名前であり、それに付随して愚者であることも知られる。

 横暴にして怪力無双。そんなボンゲルが今、目の前にいる。

 リンは踊りだしそうな心を抑えるために、必死に唇を噛み締めていた。


「ああ、なんてこと・・・。熊殺しのボンゲルと戦えるなんて。子供の頃から、一体、幾度夢見たことでしょう・・・斧の一撃で大熊を屠る蛮勇。一度でいいからこの身で受け止めたい・・・」

 恍惚とした顔で、リンは想いを吐露した。

「なんだぁ、この女?俺と戦いたいだと?とんだ命知らずだな。だったら・・・お望みどおりにしてやるぜ!」

 うっとりとしながら手を添え、頬を紅潮させるリン。

 そんなリンに、ボンゲルは大斧を右手で軽々と持ち上げると、容赦なく頭に向かって振り下ろした。


 かつての物語のように、リンの耐久度が大熊程度なら、その頭は西瓜すいかのように軽々と砕かれ中身をまき散らすだろう。

 だが、六姫聖、暴風のリン・スノウは西瓜よりも大熊よりも圧倒的に頑丈な肉体を誇っていた。

 頭部という、背や腕に比べ筋肉が薄く痛みへの耐性の低い箇所で、リンは大斧を受け止めた。にもかかわらず、その巨体は一切揺らぐことも無く、直立のままだった。

 リンは、頬に添えた右手で頭部を支え、全身を硬直させ、両足を踏ん張らせることで、建造物のごとき堅牢さと強固さに達したのだ。さらに皮膚もそれに倣って、斧の刃を食い止めていた。


「ふふ・・・素敵な一撃ですわ。少し、脳が揺れましてよ」

 微笑みながら、リンはまだ頬を赤らめていた。思い焦がれたこの瞬間を噛み締めているのだ。

「なんだと?俺の斧を受けて、平然としてるだと?バカな!?」

 とてもこの世の光景とは思えない事態に、ボンゲルは巨体をたじろがせる。

「これが、あの『ボンゲルは手に持った斧で大きな熊を、あっという間にやっつけた』の一撃ですわね。んっんっ。では、こちらの番ですわね。存分に楽しみましょう!」

 リンは昔話で知られる一節を復唱し、その威力を噛み締めた。快感が腹の奥で踊っていた。


 左足を一歩前に踏み出すと、リンは右の前蹴りをボンゲルの腹に打ち込んだ。

 分厚い筋肉のはずの腹の形が大きく凹む。

「ごぼぁ・・・!」

 貫かれるような重い一撃。リンを遥か下に見下ろすはずの巨体は、浮き上がり後方に転がった。

「さあ、互いに死力を尽くしましょう!・・・って、あら?」

 追撃に臨んだリンが足を止めた。

 すぐさま起き上がってくるはずとふんでいたボンゲルが、うつ伏せのまま、微動だにしなかったからだ。

「ちょっと・・・どうしたんですの?まさか・・・死んだ?」


 ボンゲルの体が崩れだした。

 灰のように真っ白になると、端から風に乗って塵となる。

 リンの予想通り、ボンゲルはあまりにも強烈な一撃で内臓が潰され、命を落としていた。

 ホウエンのスキルによって誕生した存在は、現実のものと同じ条件で傷つき破壊されるのだ。


「おいおい、熊殺しのボンゲルを一撃だと?冗談だろ!?」

 顔についたインクをふき取り、ようやく視力を回復させたアールケーワイルドは、思わず驚嘆の声を上げた。

 語り継がれる乱暴者を屠り去る一撃。我が目を疑わずにいられなかったのだ。


 ◆


「ホウエン、どうなってんだよ?あっさりやられてんじゃん」

「そんなバカな・・・俺はしっかりボンゲルの伝説を調べて描きあげたんだぞ。戦闘力は寸分たがわず伝説どおりのはず・・・」

「じゃあ、画力不足なんじゃないの?だから弱いんだよ。本当に元漫画家?」

「画力不足だと?そんなわけあるか!俺は週間連載を三本同時に持っていたんだぞ!なめるなよ!」

 ホウエン自身の言うとおり、元の世界でホウエンは三本同時の週間連載という、超人的な仕事をこなす漫画家だった。

 それを支えるのは、高い画力と圧倒的な筆の速さ。ホウエンはその二つに絶対の自信をもっていたのだ。

「くそ!一人でダメなら、人海戦術だ!超化で作画のスピードを上昇させてやる!超化!」

 

 ホウエンが超化翠を掲げた。

 緑の光が全身を包む。なかでも、ペンを握る右手に濃い緑が宿る。

「・・・はぁっ!」

 空中をペンが走った。

 インクが宙に残り、人型へと変化する。

 取り急ぎ、ホウエンは四人の戦士を描きあげた。

 『奴隷拳闘士クローデン』

 『投げ技の父エルマン』

 『騎馬において天下無双エンゴールド』

 『殺戮僧ダダマ』

 いずれも、その戦闘力は折り紙つきの高名な戦士達だ。


「お前たち、アラシロと一緒に時間を稼げ!」

 ホウエンは描きあげた戦士達に命じた。その間に、全精力を注いだ一作を描き上げる算段なのだ。

「ええ!?ボクもやるの?」

「当たり前だ!安心しろ、お前の命令に従うように描いた」

「もう、しょうがないなぁ」

 アラシロは四人の戦士を従え、気だるげに歩き出した。


 ◆


「伝説の戦士を描いて呼び出すなんて、随分厄介なスキルだな。下手すりゃ、無限に戦わなきゃならんじゃないか」

 迫り来る一大戦力と暗い展望に、アールケーワイルドは辟易する。

 一方、リンはボンゲルの時以上の笑顔となっていた。

 描かれた四人の戦士は、いずれもボンゲル程の知名度は無いが、その戦闘力は圧倒的に上回る。村の力自慢のボンゲルとは違う、いわゆるプロの戦士たちなのだ。


 リンは興奮した。

 顔の前で手を組むと、少女のように何度も飛び跳ね、黄色い声を上げる。歓喜があふれ出していた。

「きゃーー!!クローデン!エルマン!エンゴールド!ダダマ!すごい、すごい!誰から倒せばいいのか迷っちゃう!」

 プレゼントを与えらえれた子供がはしゃぐように、リンは声をあげる。喜びのあまり冷静ではなくなっていたのだ。


 前に進みながら、騎馬において天下無双のエンゴールドが素早く手槍を投じた。

 既に戦いは始まっていたのだ。

 空を裂き、唸りを上げながら槍がリンの胸に飛び込んだ。

「ぐっ!」

 間髪を入れない先手に、リンは虚を突かれた。

 リンは瞬時に反応し、右手で槍を掴んだが、穂先が半分ほど右胸に食い込んでいた。


「さすが天下無双、反応するのが精一杯でしたわ。ぐぅ・・・はぁっ!」

 胸から槍を抜き取ると、リンは槍を投げ返した。

 エンゴールドよりも速く飛来する槍を、殺戮僧ダダマが鞭のようにしならせた大きなロザリオで打ち落とした。


 四人の戦士が散開し、リンとアールケーワイルドを囲んだ。

「速い。しかも一人一人がボンゲル以上の圧・・・ふふ・・・疼きますわ。楽しませてくださいね」

 リンは鎖で拳を固め、雷魔法を全身に巡らせ、筋肉を膨張させる『筋操剛体』を発動させた。

「へっ、女とおっさん相手するには、ちょっと手厚すぎるんじゃないか?こいつぁ、気合入れないとな・・・」

 アールケーワイルドはリボルバーに弾を込め、警棒を伸ばした。

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