第179話 「駆け抜ける神の筆。伝説との邂逅の時」(バトル)
一角楼外部で発生した、異界人特務部隊との戦闘は三手に分かれて行われていた。
シズクヴィオレッタはペティと、ナルはハルルと戦う。そして、リンとアールケーワイルドはホウエン、アラシロのコンビと戦うこととなった。
リンたちの戦いは、二対二形式でありながら異様な形態となっていた。
二人で同時に攻撃を仕掛けるリンとアールケーワイルドに対し、特務部隊の側は『未来予知』のアラシロ一人が一手に引き受け、ホウエンは後方で自身のチートスキル『神の筆』の発動の準備を行っていた。
体格においてリンやアールケーワイルドに劣るアラシロは、戦闘開始早々に超化を発動させていた。
超化によって飛躍的に上昇させた身体能力とスキルの併用で、アラシロは二人の強敵と渡り合う。
アラシロのスキル『未来予知』は十秒までの未来を見通す。
格闘戦というものは一秒先の手の読み合いとなる。そんななかアラシロの見通す十秒先という数字は、敵にとって絶望的なものだった。
リンとアールケーワイルドの攻撃はことごとく避けられ、両手に一本ずつ握られた大型のナイフは二人の行く先に待ち構えるように突き出される。
ナイフは切れ味鋭く仕上げられており、軽く触れる程度でも長剣の一撃のように肉を裂く。
リンは好戦的な性格だ。なかでも、殴り合いを好み、痛みに生の実感と悦びを見出す。
それに反して最も嫌うのが、斬撃などの切創といった痛みだ。
リン曰く、「針で刺されたようなすっきりしない痛み」「肉が悲鳴を上げない」といった理由で、戦いの際のノイズ程度にしか感じていない。そのくせ、致命的な痛手に至ることも多々ある。
アラシロのナイフの攻撃は、そんなリンが最も嫌がる攻撃だった。
リンが大振りの右の拳でストレートを放つが、到達地点を知るアラシロは拳が止まる箇所より数センチ後ろに退き回避する。
拳の風圧でアラシロの長い前髪が浮き上がる。
「恐。こんなのくらったら、絶対死ぬじゃん。マジ、化け物」
回避しつつ、右側に回りこんだアラシロの反撃のナイフが、丸太のように太い右腕の手首から肘まで走る。
しかし、皮膚まで高密度の筋肉のような暴風の体は、切れ味が鋭いはずの刃の傷をかすり傷程度にとどめる。
「痛っ!」
わずかな痛みに、リンは怒りを覚えた。「斬るなら、いっそ斬りおとせ!」それぐらいの気概のあるリンにとって、わずかの傷しか負わせることのできない攻撃は、挑発行為も同様だったのだ。
アールケーワイルドが後方から忍び寄り、リボルバーを構えた。
が、アラシロはナイフの切っ先を銃口に差し込む。
「ぬぉ、まさか、そんな器用な止め方をするとは・・・」
「だから、解ってんだって。そこにいて狙ってくるのは」
こうやって、未来予知によりアラシロは常に二人の先手を取って攻撃を妨害し続けていた。
大砲並みの火力の銃とはいえ、半ばで遮られてしまっては諦めるしかない。
二人は常に消化不良の状態だったのだ。
「ああもう!イライラしますわ!攻撃は当たらないわ、動きは先回りされるわ、ナルにハズレをつかまされましたわ!」
「未来を予知する異界人がいるって噂は聞いていたが、まさかここまで戦いづらいとはな」
正面からの殴り合いではなく、見える未来から行動の隙をつくアラシロの戦い方は二人を翻弄する。そのわずらわしさから、リンは徐々に不機嫌を隠さなくなっていた。
「こんな面白くない戦いを続けるぐらいならいっそ・・・体で受け止めて、捕まえようかしら」
二進も三進もいかない戦況から、リンはよからぬことを考え、それを口から漏らした。
「おい、迂闊な考えはやめておけ。まだ後ろのやつのスキルがわからんのだ。無駄に傷を増やす戦い方は愚策だぞ」
「ぐ、ぐさ・・・く?むぅ、仕方ありませんわね」
自らの体を差し出すリンの考えを、アールケーワイルドは諭した。
もっともな忠告に、リンは不満そうに諦めた。
◆
「ねぇホウエン、まだ出来上がんないの?こいつら強いから、超化してもさすがにきついんだけど?」
「もうすこし、もう少しで仕上がる!・・・よぉし、完成だ!」
三人が戦いを続ける後ろで、ホウエンは地面に置いた紙に筆を走らせていた。
「発動するぞ!アラシロ、さがれ!」
ホウエンの宣言を受けて、アラシロが二人の攻撃を避けると同時に、リンの体を踏み台にして後方に跳び退った。
超化した身体能力は、華奢な体つきのアラシロでさえ、超人的な動きを可能にする。
数メートル跳躍すると、アラシロはホウエンの後ろに着地する。
「さぁさぁ、待たせたな!いくぞ、光れ!俺の筆よ!『神の筆』発動!」
ホウエンが紙を天に投じた。風も無いのに紙は大きく舞い上がる。
紙から光が迸った。鼓動のような音が天に鳴り響く。
◆
「な、なんだぁ、ありゃあ?あれがあいつのチートスキルってやつか?・・・なにやら嫌な予感がするな。とりあえず撃ち落すか」
胎動のような動きをする紙に、アールケーワイルドの頭に不安がよぎった。生じた不安を解消するため、リボルバーを構えて狙いを定める。
「させるか!」
ホウエンが右腕を大きく振った。黒い何かが手の先から飛び出てアールケーワイルドの顔を覆う。
「ぬわっ!な、なんだこりゃ?目がみえん!こりゃあ墨か?」
その言葉どおり、アールケーワイルドの目を塞いだのは墨、正確にはインクだった。
ホウエンの右手には一本の筆ペンが握られていた。ペンの先からインクを飛ばしたのだ。
アールケーワイルドがもがく間に、紙の胎動が終わった。
動きを止めた紙から、生まれるように何かが発生し落ちてきた。それは、大熊型の魔物『キンググリズリー』の毛皮を纏った、大斧を担いだ大男だった。
男の身長は約三メートルほど。しかしそれ以上に目を引いたのが、担いだ斧と獣と見まがうほどの体毛の濃さだった。
「な、なんですの?あのむさ苦しい男は?熊の毛皮を纏って大斧を担ぐなんて、まるで『熊殺しのボンゲル』ですわ」
男の姿を見たリンがその姿を感想を口にする。
「その通り、そいつはお前たちが良く知る、『熊殺しのボンゲル』だ!」
ホウエンがリンの考えを肯定した。
「ボ、ボンゲル?どういうことですの!?」
◆
『熊殺しのボンゲル』とは、ルゼリオ王国で子供に読み聞かせられる多数の寓話の一つに登場する人物だ。
子供の頃から体が大きく、何事も力任せに解決していたボンゲルは、村の皆からたいそう嫌われていた。だが、ボンゲル恐れて誰もそれを口にしていなかった。
ある日、惚れこんだ令嬢に力尽くでの求婚を迫るが、横暴で知られるボンゲルを令嬢は良く思っていなかった。
そこで、令嬢は一計を案じボンゲルに条件を出した。
「北の山で人食いとして知られる大熊を討ち取り、その毛皮を纏って山を降りてくれば婚姻に応じる」と。
令嬢からの言葉に、ボンゲルは意気揚々と山に向かいそして熊と討ち取り、その毛皮をかぶり山を降りた。
しかし、全身から血の匂いを漂わせた人間は、山の魔物から襲われた。
始めのうちは撃退したボンゲルだが、その魔物のあまりの数の多さに、ついに村への逃亡を始める。
逃げ続けたボンゲルの目前に村の入り口が見えた。
ボンゲルは命が救われたと思ったが、そこで待っていたのは、弓を構えた兵士と村人達だった。
「魔物が来たぞ!撃て!」
兵士が号令を出すと、無数の矢がボンゲルに放たれ突き刺さった。
無数の矢を浴び、ボンゲルは息絶える。
これは令嬢と村人たちの策略だった。
ボンゲルに魔物の毛皮を纏わせ、事前に「毎年この季節になると、山から熊の魔物が下りてきて村を襲う」という偽りの相談をすることで防衛のために配備された兵士達と協力して、魔物と間違えたフリをしてボンゲルを葬ったのだ。
この話は、暴力や強欲は周囲の人たちからの反感を買い、最後には身を滅ぼすという教訓のために子供達に聞かせられ続けている。
そのため、『熊殺しのボンゲル』の名前は、ルゼリオ王国民にとって、愚者の代名詞として知られているのだ。
◆
「ふっふっふ・・・どうだ、俺のスキルの力を!」
ホウエンが事態を理解できないリンに告げる。
「俺はホウエン。そして俺のスキルは絵に描いたものを現実に呼び出す『神の筆』!俺が描いたこのボンゲルは、お前たちが知る話以上の乱暴者だぞ!」
「ぐぅおおおおおおおおおおお!」
ボンゲルが咆哮を発した。伝説に聞く通りのケダモノような野蛮な声だった。
「く、熊殺しのボンゲル?伝説の暴れん坊・・・ふふ・・・ナル、感謝するわ。こいつら、当たりじゃない!」
先ほどまでとうって変わって、リンの興奮は一気に最高潮に達した。
描かれ生まれた存在とはいえ、その姿は伝説のボンゲルそのもの。
暴風の胸は激戦の期待に大きく膨れたのだ。
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