第178話 「死の吐息」(バトル)
六姫聖の一人、ナル・ユリシーズは自身の魔力を変化させ、魔砲『ハチカン』を造り戦闘を行う。
ハチカンは様々な形態に変化する。
基本の拳銃型に始まり、散弾銃、自動小銃、ライフル、大砲等、口径のある様々な武器となる。
更にそこに八種類の弾。
爆発する冷気を発射する、ウバーラ弾。
天に打ち上げ、広域に氷の雨を降らせる、アダブ弾。
散弾を撃ち出す、ニブダラ弾。
一万発の弾を高速連射する、セアッタ弾。
一キロ先の的を撃ち抜く、超精密射撃を可能とする、カバカ弾。
絶対零度の超低温、ココバル弾。
全ての弾の中で最高威力の、マッハド弾。
ナル本人ですら扱うことの出来ない未知の砲弾、ハドゥールマ弾。
を状況に応じて装填することにより、銃と弾が掛け合わされ、相乗した効果を発揮する。
今回、最大火力形態ツインバスターキャノンモードのハチカンに装填されたのは、絶対零度のココバル弾と最高威力のマッハド弾。どちらも範囲や射程ではなく、威力に特化した弾だ。
ナルは現在の己のもてる最大火力を一人の敵に対し惜しみ無く注いでいた。
それだけ、ハルルの超化を脅威ととらえたのだ。
そして、そんなナルの考えを裏付けるように、ハルルはハチカンの砲撃を正面から迎え撃った。
絶え間なく放たれ続ける絶対零度の砲撃を、神速の打撃を絶え間なく打ち込むことで、破壊し続けていたのだ。
「バカな!実体の無い砲撃を破壊し続けるだと!?」
「オオオオオオオオオ!オラオラオラオラ!」
ハルルは休むことなく破壊の連撃を繰り出し続ける。
右拳、左拳、肘、膝。
ムエタイ特有の鋭く滑らかな動きで繰り出される攻撃。そこにハルルの身体能力と超化が一つとなって、一手ごとに絶対零度の魔法を徒労に散らす。
一歩、また一歩と、絶え間なく放たれ続ける砲撃を迎撃、破壊する度に、ハルルは前に進み出る。
当初、二十メートル以上はあった二人の距離は、すでに五メートルを切っていた。
「冷凍光線に打撃で抗うなんて、常識外れも大概だな。だが、このままでは押しきられる。こうなったら、負担は大きいが・・・!」
ナルが両の掌を胸元にかざした。掌の間に氷の魔力の塊が発生し、塊から一つの氷柱が地に向かって伸びる。
氷柱の先端が地に触れた。
たちまち氷が放射状に広がり、辺り一帯を氷床が占める。
一角楼広場の一部が氷に支配された。
周辺気温は急激に低下し、環境がナルを後押しする。
「くそ!あいつ、空間を氷の魔力で満たして砲撃の威力を上げるつもりか!ざけんな、その前に近づいて殴り殺してやらぁ!」
ハルルの打撃が速まる。
踏み込みは力強く、拳は肘から先が消えて見えるほど速い。威力よりも速度と精密性を優先させているとはいえ、それは度を越していた。
じりじりと二人の距離が縮まる。それと共に、双方に変化が生じ始めていた。
ナルは激しい魔力の消費から、呼吸が荒くなり、額に汗が滲む。
ハチカンに魔力を注ぎ続け、限界を迎えつつあることを自覚していた。
ハルルは体が氷に塗れていた。右目、左太腿、右肩、右胸と、拳からの破壊を免れた冷凍光線がその身に影響を及ぼしていたのだ。
冷凍光線を撃ち、そばから破壊する攻防が繰り広げられる。互いの命を削りつつ詰められた距離は、遂にはわずか五十センチにまで縮まっていた。
「いいかげんにぃ・・・倒れろぉおおおおお!!」
「死ねェやあああああ!」
ナルとハルルが同時に叫んだ。
さらに、決着を狙った渾身の一撃が、ハチカンと拳からも同時に放たれる。
二つの強大な力が眼前の空中でぶつかり、対消滅した。
力と力の衝突は、破壊力の無い爆発を生み出した。
一瞬、衝撃が、衝突位置から二人に向かって駆け抜ける。
衝撃に呑まれた二人は体制を崩した。
しかし、ムエタイを習得するハルルは、いち早く体勢を立て直し攻撃に転じた。
ハルルとナルの攻撃再開はほぼ同時だったが、速さで勝るハルルの右のハイキック(テッカンコークワァー)が先に敵に迫った。
「もらった!」
勝利を確信してハルルが叫ぶ。
しかし、遅れながらもナルが反応した。
「ハチカン!」
主の声に従い、肩部のツインバスターキャノンが前方に倒れこんだ。攻撃の矛から守りの盾へと形態を変える。
「その程度で防げるかよ!バカがっ!」
破壊の右足が守りの大砲に触れ、ハチカンの重厚な砲身に亀裂が生じた。
ナルの魔砲『ハチカン』は、魔力を凝縮し砲の形と成す。
故に、砲身の破壊は凝縮されたナルの魔力の解放、暴走を意味する。
亀裂を中心に、ハチカンが爆発した。激しい衝撃と音と霧を伴い、二人を襲う。
二人の姿が白い濃霧に呑まれた。
二人は互いを見失った。
数分の後、零下の霧が薄らぎ始めた。霧の中に人影が浮かぶ。数は一つのみ。
影はハルルで全身に氷を纏っていた。
ハチカンから解き放たれた、高度に圧縮された零下の魔力は、破壊神の体を極寒の世界に陥れたのだ。
ハルルは氷像のように固まり、微動だにしない。生命感も見受けられなかった。
「ハッ、ハァッハァッ・・・し、死んだ・・・のか?ハァハァ・・・」
氷像と化した破壊神を見下ろしながら、ナルは乱れた呼吸のまま呟いた。
ハチカンの爆発の衝撃は凄まじく、ナルはたまらず上空へと緊急避難をしていた。
そこで霧が晴れるまで、呼吸を整えつつ状況を見守っていたのだが、ついに呼吸は乱れたままそのときを迎えた。
ハルルを封じ込めている氷塊が振動し、亀裂が走った。
亀裂が全体に及ぶと、氷は音を立てて崩れ落ちる。
中からは、体のいたる箇所に氷を貼り付けたハルルが、ナル同様、呼吸を乱しながら現れた。
「なんだと・・・あの冷気の爆発をモロに受けて、まだ生きているのか?」
氷から解放されてなお、静止したままだったハルルが動いた。両拳をかざすと力一杯に振り下ろし、その勢いで体にこびりついていた氷を全て砕いた。
「ぐ・・・ぶっはぁ!はぁはぁ!やってくれやがったなくそったれが!危うく・・・はぁ、死ぬとこだったぜ!はぁはぁ」
ナルと同じく絶え絶えの呼吸で、かろうじて酸素を取り込みながら、ハルルは生を噛み締める。
ハルルはハチカンの冷凍光線の影響により、右目、左ふくらはぎ、左胸、右腿が壊死していた。
失った部位に手を当て、自身の現状を確認すると、怒りがこみ上げてきた。
「くっそがぁあああ!もう勘弁ならねぇ!こんな体にしやがったうえに上から見下ろしやがって、降りて来い!」
前方上方、空中のナルに対してハルルが怒鳴る。
しかしナルは反応を示さない。冷静にハルルを見据えると、残された魔力を集中させて再びハチカンを出現させた。形態は大砲ではなく、スナイパーライフル形態だった。
「地上で戦うのではなく、最初からこうするべきだった。チートスキルとやらを甘く見ていた自分を心底恥じる」
後悔の念を口にしながら、ナルはハチカンの銃口をハルルへと向ける。
「これで最後だ!」
引き金にかけられた指に力が込められた。
「ざっけんなよ。やらせるわけねぇだろ!」
一方的な決着の宣言に、ハルルは怒りを込めて反撃を試みる。
傷つき血に塗れた拳にスキルを込めると、前方上空、ナルに向かって突き出した。
次の瞬間、重い何かと何かがぶつかるような鈍い音が響いた。
続いて、違和感がハルルの拳の先から生じ、ナルを通過していった。
不思議な感覚に、ナルはなにが起こったのか理解できなかった。
しかし、理解は出来なくとも、その恐るべき結果はナルを捕らえていた。
そしてナルはそれを思い知らされる。
虚脱感がナルを襲った。次に視界と意識が乱れ、魔力の精製が阻害される。
「く・・・あっ!な、なんだ、この感覚・・・は・・・」
ハルルの拳が破壊したものはナル周辺の空間だった。
空間は破壊されたことにより、わずか一瞬のそれよりも短い刹那の時間、無となった。
それにより、ナルは生命活動に関わる要素を失い、意識を維持することが出来なくなったのだ。
魔力の制御が出来ず、飛行を保てなくなったナルが、頭から地に向かって落下を始めた。
「い、いかん・・・このままでは、地面に・・・」
混濁する意識の中で、迫る命の危機にナルは必死で抗う。
右手に、残されたわずかな魔力を集中させると、前方に氷の層を発生させ、わずかに落下の勢いを緩める。
ナルは鈍い音を立てて墜落した。かろうじて致命傷は免れた。
空間を破壊したスキルの効果と落下の衝撃は強く、ナルは意識と体の自由を取り戻せずにいた。出来ることは命を繋ぐ程度の呼吸だった。
「へっ!ざまぁねぇな。空中で有利だと思って油断したんだろ?」
横たわるナルに、近づいたハルルが顔を寄せる。
美の化身の造形の美しさに、わずかに感心していた。
「『これで最後』は、どうやら私の台詞だったみてぇだな。さぁ、立ちな。今度こそ、その綺麗な顔をボロボロにしてやるぜ」
ハルルは左手でナルのむなぐらを掴むと、その体を持ち上げた。
ナルの体が浮き上がる。
二人の顔は唇が触れそうな距離にまで近づいていた。
「そんじゃあ、死ぃ・・・!」
決着の言葉を発しながら拳を振るおうとしたハルルが、言葉を止めた。いや、止められた。
ハルルの口はナルの口に塞がれていたのだ。
ナルは至近距離まで接近したハルルの唇に、自身の唇を重ねていたのだ。
たまらずハルルは攻撃を中断し、左手を開くとナルを突き放した。
「て、てめぇ!なにしやがる!気色悪い真似してんじゃ・・・ね・・・かっ・・・」
怒号を発しようとしたハルルが、再び言葉を止めた。しかし今回は、唇によってではない。ハルルの口からは白い煙が漏れていた。
「息が・・・出来ないだろう。私の最後の魔力で絶対零度に到達した息をお前の肺に送り込んだ。『寒眠への息吹』(かんみんへのいぶき)。今の私に出来る、精一杯の攻撃だ・・・不本意なやり方になってしまったが、外すわけにはいかなかったのでな・・・」
力の入らない足を精一杯御しながら、ナルはハルルの身におこっている状況を説明する。
「肺に達した私の息は、肺から血中。血中に乗って全身を巡り、お前の体機能を停止させて命を奪う」
消耗した体で、ナルはハルルと距離をとる。
「お前が顔を近づけてくれて助かった。最早、今の私にはハチカンを精製することは出来ない。息に魔力を乗せる程度しか出来なかったんだ」
「な・・・じゃ・・・わ・・・。・・・。・・・」
「無駄なことはやめておけ。最後の時ぐらい、静かに迎えろ」
事態を理解したハルルが何か言葉を発しようとするが、凍った肺では、意思の表現はかなわない。
ハルルは無念の意識のまま、細胞の一つ一つまで凍結され命を落とした。
その死を見届けると、ナルはその場に腰を下ろし、静かに息を吐いた。
「まったく・・・この私が、不様なものだな」
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