第177話 「意地と意地の激突。破壊を凍らせ、美を砕け」(バトル)
シズクヴィオレッタとペティの戦いが始まったのと同じ頃、ナルはハルルと交戦を開始した。
素人と評されたペティと違い、格闘の心得のあるハルルに油断はなかった。
戦闘開始と見るや即座に超化し、全身を緑の光に包む。
早々に接近戦に持ち込み、もっとも得意とする近距離を保ちながら攻撃を繰り返していた。
ハルルのチートスキル『破壊神』は、触れたものを破壊する。一撃で決着を狙えるだけに、その攻撃は防御を捨てた積極的なものだった。
「おら、どうした六姫聖。逃げてばっかじゃ、つまんねだろうが!得意の銃で撃ってこいよ!」
「く、こいつ、一撃一撃が速い。反撃の隙がない!」
ハルルの扱う格闘技ムエタイは、立ち技最強と称される。
その攻撃は疾風のように軽やかで速く、それでいて鋭い。
ナルは未体験となる異世界の格闘技に翻弄されていた。
剣と魔法が戦闘の主流となる世界において、速度を重視した素手の戦闘など、大半の者が選択から除外する。
そのため、格闘技は発展せず、次第に人口は減り技術も対策も衰退する。
ルゼリオ王国の魔法戦士は格闘技との立ち回りおいて、圧倒的に経験が不足しているのだ。
さらに決して低くはないハルルの技量に加えてチートスキルの危うい効果は、ナルに高い緊張感を強いていた。
ナルは回避を続ける。
当たれば決着必至の攻撃を、足下に展開させた氷の道を滑り、さながらフィギュアスケートのような華麗さで拳と蹴りに対して十分な距離を保ちつつ、一足毎に後退を繰り返す。
ハルルの拳が突き出された。ムエタイのパンチ、トイのストレートだ。
褐色の拳に対し、美の化身の右手が舞った。
手が外から内に弧を描くと、それに続いて氷の柱が拳の前に立ちふさがる。
「こんなんで止められるかよ。ボケがッ!」
口汚く吐き捨てて、ハルルは拳を氷の柱に当てる。直後、柱は粒となって散って消えた。
「おいおい、なんだこの氷?バカみてぇに堅ぇじゃねぇか!やるな、六姫聖!」
ナル特製の氷の柱を易々と砕いておきながら、ハルルはその強度を讃える。
「これで終わりじゃねぇぞ!くたばり、なぁッ!」
大振りの右ハイキック(テッカンコークァー)。高速のそれは、ナルの眼前を通過した。
ナルは身を引いてをれを躱すが、絹の滑らかさの髪が頭部から少し遅れた。
爪先が髪に触れる。
髪の一部が砕けた。破壊神のスキルの効果だ。
「な!わ、私の髪が!?」
ナルは我が目を疑った。
髪が誰かの手にかかるなど、はじめての経験だったからだ。
ナルの黒髪は、『漆黒の絹糸』と称されるほど美しい。
そのキメは細かく、鋏や指はすり抜けて手を加えることを許さない。
ましてや結ぶことなどほぼ不可能で、選択肢はストレートに限られる。
そしてそれはそのままナルの代名詞になり、美の化身と言えば、『日を照り返すほどの艶やかな黒髪』。となった。
そんな人跡未踏の聖地を、ハルルのスキルは侵した。
顔付近で断たれた長髪が、十数本、はらりと地面に舞い散る。
ナルはそれを見つめていた。
はじめてのことだった。
この国でもっとも美しい自慢の髪が、無残に、ゴミのように散らばっているのだ。
「な、なんてことだ・・・わ、私の髪が・・・」
膝をつき、髪を掬い上げる美の化身。髪は、主だけに接触を許す。
その姿を、破壊神は薄ら笑いを浮かべながら見つめる。
「おいおい、どうした?呆けてる場合じゃねぇだろ。ボーッとしてんなら、次は顔面やっちまうぞ!」
ハルルは右のミドルキック(テックワァー)を、ナルの国宝級の顔に向けて放った。
ムエタイのミドルキックは重く速い。そこにスキルが加われば、ナルの顔は肉片も残さないほどに砕け散る。
至近距離での狙いを定めた打撃。ハルルは必中必殺を確信していた。が、その足は上方へ大きく逸れた。
ハルルはこの感覚に覚えがあった。
格闘技経験者なら、必ずと言っていいほど経験する感覚。軸足を刈られたのだ。
蹴り足の勢いに引っ張られ、ハルルの体が宙に浮く。
ナルは足元に氷を張り、ハルルを滑らせたのだ。
「がぁっ!」
ハルルは後頭部を地面に打ち付けた。
衝撃で一瞬意識が遠退くが、すぐさま持ち直し、首は跳ね起きで立ち上がる。
体を起こすと、ハルルは距離をとった。頭部へのダメージのため、一時、攻撃を諦めたのだ。
「てめぇ、やってくれたな!まさか、超化した私とここまで渡り合えるとはな。はじめての体験だぜ!」
ハルルは、ペティやマミカと違い、超化は初めてではなかった。かつて、自身よりも身体能力の上回る敵との戦闘に際して、数度、使用の経験がある。
しかしその時はスキルの威力と相成って、数分の超化で留まっていた。そのため、戦闘が長期化すること、超化が長引くことが初めての体験なのだ。
「ちっ、仕方ねぇな、くそったれが!こうなったら、もう一段階あげていくぞ!」
ハルルを包む緑の光が一層激しく濃いものへと変化する。
「おい!後悔しなよ!こうなったのは、ここまで私を追い詰めたてめぇの責任だからな!腹ぁくくっとけよ!」
ゴロツキのような口調で威嚇するハルルだが、その言葉を向けられた当のナルは心ここにあらずだった。
先ほどと変わらず落ちた髪を手に取り、呆然としている。
「髪・・・髪が・・・」
眼前の敵を意に介さないほどのナルの呆けぶりに、ハルルは怒りを爆発させた。
「てんめぇ、いつまでやってやがんだぁ!来ねぇなら、さっさと終わらせてやらぁ!」
ハルルは怒りに任せて地面を踏みつけた。破壊のスキルは地下の岩盤をハルルの周囲へと隆起させる。
突き上がった岩盤を、ハルルは殴り付けた。
堅固な岩盤に無数の亀裂が走り、一つの岩はは複数の礫となって呆けるナルに迫る。
礫が全て空中で止まった。
強い殺意を宿し、鋭い先端をナルに向けたまま、時間ごとこの世界から離脱したような停止ぶりだった。
「な、なんだと?」
ハルルは驚いたが、その原因は明らかだった。
礫を止めたのはナルの氷魔法だった。
ナルの周囲には、分厚い氷の層が展開されていた。礫はそこに絡み止められたのだ。
呆けていたナルが顔を上げた。その目は、怒りとも憎しみともとれる、複雑な目だった。
「ふ、ふふ、ふふふふ、貴様、やってくれたな。国宝と言っても過言ではない、私の髪を傷つけたな。愚か者め!その罪、万死に値するぞ!」
聞いたこともないほどの怒号でナルが吠えた。その怒りは、普段の冷静な振るまいからは想像もつかない、もはや別人のものだった。
「ハチカン!」
号に応えて、ナルの魔砲『ハチカン』が出現した。場所は両肩の上。二門の巨大な大砲として現れた。
ハチカンは最大の威力を発揮する形態、ツインバスターキャノンモードで発動されたのだ。
「な、なんだぁ、そりゃあ!んなゴツイもん出しやがって、なにが美の化身だ!?」
「うるさい!これが私の髪を傷つけた代償だ!一撃で消し飛べ!ココバル弾・マッハド弾装填!・・・発ッ射ァ!!」
美の誇りを置き去りにして、ナルは怒りのみが込められた一撃を放った。
直前まで迫っていた岩盤の礫を消し飛ばし、防御のための氷の層も更なる冷気で上書きし、呑み込む。
「私の最大級の一撃だ!絶対零度の世界の中で、動かぬ塵となって消えていけ!」
「っざけんなぁ、こちとらチート名乗ってんだ!冷てぇだけの攻撃にやられっかよ!」
全てを極寒の果てに消し去らんばかりのハチカンの大砲撃を、ハルルは迎え撃った。
その方法は実に単純明快。ムエタイ特有の疾風の連撃による正面突破だ。
ハルルは両手を拳にしてかかげ、背を丸めた。
怒りの絶対零度の砲撃と、超化による究極の破壊力。
二つの力が互いを食らい尽くさんと激突した。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!