第175話 「刀剣の乱舞。狂花は血に染まる」(バトル)
異界人特務部隊、剣聖ペティを、翠の光が包んだ。
スキルの力を飛躍的に向上させる超化翠により、ペティはスキルを強化させる。
「す、すごい・・・体中に力が漲る!これが、超化・・・!」
翠に光に満たされたペティが、体の中を駆け巡る力に身を振るわせる。その顔は、徐々に笑みに歪み始めた。
「ア、アハ、アハハハハ!ヒヒヒヒ!勝てる!勝てるわ!これなら絶対負けない!私を素人なんて呼んだこと、後悔させてあげるからぁぁぁぁ!」
「な、なんやこいつ。おかしな石使た思たら、狂ったみたいに笑い出しよった。あの石のせいなんか?」
超化翠によって超化状態となったペティは、メイとの戦いにおいて超化したマミカ同様、精神が侵されていた。
目は大きく開かれ、声は上ずり、先ほどまでとは違い傲慢な印象を受ける。超化はそれほど人格に影響を及ぼしているのだ。
「いい、いくわよ!剣聖の真の、ち、力・・・見せてあげるわ!」
興奮のあまり、顔を引きつらせながら、ペティは両手を広げ超化させたスキルを発動させた。
「しし、死ぃねぇ!!!」
両手を天にかざし、一気に振り下ろす。
直後、地面に十本の溝が刻まれた。
ペティのスキル『剣聖』は、発動条件を刃物のみならず、爪の一つ一つへとその効果の範囲を広げていた。
今、ペティの体は、その一挙手一投足が全てを切り裂く斬撃となったのだ。それは正に、人間凶器だった。
「素敵、すてき、わたしわたし、最強じゃあなぁぁい!」
ペティは狂ったような悦びの声を上げる。
「な、なんや今の斬撃?しかも、溝の底が全く見えへん。なんて威力や!?」
「ここ、これがぁ超化ぁよ。味わいな、さぁい。私ぃのぉ華麗なぁ剣をぉお。わたし、し、の、誇りぃをおお!」
「なにが超化や。借りもんの技に偽もんの力塗ったくって。そんなん、なんの意味もあれへん!」
声を荒げ、シズクヴィオレッタは一喝した。刀を握りなおし、必殺の決意を固める。
「それは華麗な剣なんかやない!おぞましいだけの醜態や!華麗な剣がどんなもんかウチが見せたる。あんたこそ覚悟しぃや!」
達人の域まで修練をつんだシズクヴィオレッタにとって、チートスキルに溺れ慢心したペティの姿は、嫌悪の対象でしかなかった。
武を修める者としての矜持が、怒涛となって押し寄せて、愚かなる力の虜囚を討つことを決意させた。
シズクヴィオレッタの殺気を受け、ペティは鎧を脱ぎ捨てた。ソウカクサタンコールとの交戦の際に見せた、速度を優先させた形態へ移行したのだ。
「ひ、ひ・・・究極のぉお、斬っ撃っと、スピード・・・絶ぇ対にぃい、避けられないわぁぁぁ」
鎧を脱ぎ捨て身軽になった体で、ペティは笑いながら二本の短剣を振り回す。
言葉は更に呂律が回らなくなり、泥酔者のごときそれは、意識が時間と共に崩壊していることを報せる。
「ひゃああああ!死ねッえええええ!えええええ!」
奇声を発しながら、ペティが飛び掛ってきた。
両手に持った短剣を出鱈目に振り回し、あたれば幸い程度の乱雑さで暴れ回る。
二刀の凶刃は地面、瓦礫、建物と、対象を選ばずあらゆるものを切り裂いた。
「くっ、こいつ、なに考えてんのや。もうこんなん剣術やあらへん。獣以下の蛮行や!」
シズクヴィオレッタの言葉どおり、その行動に理性や剣士としての矜持は無い。
力に溺れ技を捨てたその姿に、『粛々たる死の風』シズクヴィオレッタは怒りを覚えた。
無秩序な怒涛の刃を躱しつつ、短剣を払い落とさんとその隙を狙う。
「威力は確かに桁違いに上がっとるけど、動きは単純の極み。二の手、三の手のことなんて考えてへん動きやな!」
ペティの右の短剣が、シズクヴィオレッタの顔目掛けて突き出された。
その動きにあわせて膝の力を抜き、シズクヴィオレッタは上体を反らせた。
「ここや!」
体を反らせペティの目を見たまま、刀は左の短剣を叩き落した。
ペティは攻撃に熱中するあまり、防御がおろそかになっていたため、わずかの力で短剣はその手を離れた。
「くぅ、しまっ・・・」
左手に走る衝撃に、ペティは隙を突かれたことを察する。
「まだや!」
シズクヴィオレッタは追い討ちをかけた。
左の短剣を叩き落した刀の、柄の頭側を上から押さえ、手元で鍔を中心に刀を跳ね上げ回転させた。
右手の伸びきったペティの後方上部から、弧を描いた刀が迫り右の短剣も叩き落した。
シズクヴィオレッタは、百八十度方向を変えた柄から一瞬手を放すと、即座に再び掴み、左の逆手に持ち変えた。
その手捌き指捌きは、神業の域だった。
「ぞ、ぞんんなぁあ、ばぁかぁぁな・・・そんっなっこと・・・」
「どや、これが華麗な剣や!」
シズクヴィオレッタは刀で地面を払うと、短剣を遠方に払い飛ばした。
両手の武器を失ったペティの喉に、柄が突き刺さった。
たまらず嗚咽を漏らし身を背ける。
「敵に背を見せたんな、アホ!」
ペティの失われた理性は、人間の行動を取らせなかった。「苦しみからは逃亡」という、野生動物の本能に直結した動きを選択させたのだ。
直後、ペティの背中に熱が生じた。
「あ、熱(あ゛づ)ぅい!!」
よろけながら二、三歩進んだところで足を止め、ペティは背に手をあてた。
暖かい液体。背は血で塗れていた。
逃亡を図るペティに、シズクヴィオレッタは容赦なく一刀を浴びせたのだ。
「痛いやろ?これが剣を振るうこと、戦うことの痛み、代償や!スキルやら超化やらに頼っとるあんたには、ええ薬や」
「ぐ、ぐくぅあ・・・い、痛ぁい・・・あ・・・ああ・・・」
痛みに耐えながら獣のような唸り声を上げるペティ。そこで、何かに気付いて視線を足下に向けた。
向いた目線の先には、小規模の血溜りの中の糸の束があった。それはペティの髪だった。シズクヴィオレッタの刀は背中と同時に髪を斬りおとしていたのだ。
「あああ・・・か、髪、髪、髪ぃ。わたしの、の、のの、髪・・・」
ペティはその場にしゃがみこむと落ちた長い大量の髪を両手で拾い上げた。両手をもってしても髪は溢れ、垂れ下がる。
「髪、髪・・・ふ、ふひあはひひひ・・・あ、はは・・・」
「な、なんや?痛みと髪が切れたショックで、さらにおかしなったんか?」
髪を掴みながら笑うペティに、シズクヴィオレッタは近づけずにいた。それだけ、ペティの様子は異質なものとなっていたのだ。
笑いながら、ペティがゆるりと立ち上がった。両手には垂れ下がる大量の長髪。
幽鬼のように虚ろな足どりで、ペティはシズクヴィオレッタに向き直った。笑顔はなおも不気味だ。
「ふひ・・・わたし!スキル!髪!スキル!スキル!ああああああ!きゃああああ!」
ペティが絶叫と共に右手を大きく振り、髪で空を薙いだ。
直後、強烈な悪寒がシズクヴィオレッタを襲い、全身が総毛立った。
「あかん!」
直感的に危険を察したシズクヴィオレッタは、その場にしゃがみこみ、刀を盾代わりに前方に平地を向ける。
無数の斬撃が防御体制のシズクヴィオレッタに浴びせられた。
それは細かく、激しい、雨のような斬撃だった。
髪、顔、着物、刀身。あらゆるところを斬撃が襲う。
「ああああ!」
たった一瞬の出来事だったが、その一瞬でシズクヴィオレッタは全身血に塗れ、着物はボロ衣のように荒れ果てた。いくつかの傷口からは骨が覗き見れるほどだった。
「う、うぐぁ・・・な、なんや、いまのは・・・ま、まさか・・・髪に斬撃を乗せたんか?」
シズクヴィオレッタの推察は的中していた。
ペティは超化した『剣聖』の効果を髪を媒体として発動させたのだ。
これまで使用した剣、短剣と違い、その数は桁違いの数千本。理性が乱れ、制御の利かない状態とはいえ、その威力は戦闘を行うには充分で、シズクヴィオレッタといった熟練の戦士でなければ対応できないものだった。
「ひひ・・・わたっしの髪ぃ。すっごぉぉいい!」
咄嗟の思いつきの行動とはいえ、その威力と成果を目の当たりにしたペティは歓喜に小躍りする。
「やってくれよったな、あほんだらぁ!もう手加減きかんで!」
怒りに狂うシズクヴィオレッタ。力に狂うペティ。双方流血の中、互いに決着のために武器を構えた。
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