第173話 「乱れる美の化身。ナル、因縁の宿敵」(ストーリー)
それは全くの偶然と言ってもいいほどの出会いだった。
数日前より一角楼に滞在していた四凶の一人、アールケーワイルドは、すっかり商人たちと親しい仲になっており、ジョンブルジョンが警告のために打ち込んだミサイルによって起こった混乱を治め西へ商人たちを逃がしていた。
西方への逃避を見届けた直後、一角楼はテンタのチートスキル『次元封印』で外界と隔離され、事態の異変を理解した二人は一角楼近くの小屋に身を隠し様子をうかがうことにした。
約一時間後、二人は行動を開始した。それは、六姫聖の二人が動き始めたのとほぼ同時だった。
六姫聖と四凶の二組はお互いを認識しないまま、同時に一角楼前の広場に踏み込んだ。
広場は屋台の建材と、先日の廃材とが混在した状態で乱雑に放置されており、一見してその区別がつかない。
「ちょいと目立つかもしれんが、一番小高いところに立つか。平地よりは状況がつかみやすいだろう」
そう言い、積まれた瓦礫に足をかけたのは、四凶のアールケーワイルドだ。
一歩目を踏み出すと、アールケーワイルドはサンダル履きにもかかわらず、階段のように軽々と歪な小山を登った。
三メートルほどの頂上に立つと、辺りを見渡す。
アールケーワイルドの視力は十を超える。その目は、百メートル先の蝿の羽ばたきすら見逃さない。
しかしそんな超人の目に、現状、異変は見当たらない。
「特に異常はない。実際に一角楼に入るしか確認の手段はないな」
アールケーワイルドは、相方であるシズクヴィオレッタに状況を伝えながら瓦礫の山を滑り降りる。
「どうする、行ってしまうか?」
着地すると、そう言いながらアールケーワイルドは隣にいるであろうシズクヴィオレッタを見るが、そこにいたのは別の人物だった。
シズクヴィオレッタの髪色は、装束の藤色に似て薄い紫がかった黒髪だ。
だが今、アールケーワイルドの目の中に映るのは、漆黒だった。それもただの漆黒ではない。
その髪は一本一本が絹糸のように繊細で、黒曜石のように輝き、湖面のように陽光を反射する。
あまりにも細やかなキメは、一切荒れることが無く、そのため髪を結ぶことが出来ずにストレートヘアー以外の選択肢が無い。
その芸術とも宝石ともとれる髪の持ち主は、言わずもがなの『美の化身』ナル・ユリシーズその人だった。
思いがけない人物の登場に、アールケーワイルドは面食らった表情のまま数秒硬直した。
そしてそれは、偶然の対面を果たしたナルも同じだった。きょとんとした顔のまま、数秒の間が生まれる。
わずかの沈黙の後、二人は同時に正気に返った。
更に同時に後方に跳び退ると、ナルは二丁拳銃型のハチカンを、アールケーワイルドはリボルバーを相手に向かって構えた。その速度は一瞬よりも短い時間だった。
「あ、アールケーワイルド!貴様、なぜここに」
「ナル・ユリシーズ、さっき落ちてきたのはお前らか!」
驚きながら互いの名を呼ぶ両者。
不意の出来事に二人は同様の反応を見せたが、ナルの方はそこに加えて怒りの表情があった。
額に青筋を走らせ、眉を痙攣させる。口はへの字に歪み平素の冷静さを失っているが、それでも美しさは揺るぎなかった。
「四凶がなぜここにいる?!よくも私の前に顔を出せたものだな!そこを動くなよ、顔面を撃ち抜いてやる!」
激昂したナルは荒々しい言葉遣いで威嚇する。
「おいおい、あまり怒るなよ。綺麗な顔が台無しだぞ」
「この程度で私の美しさが台無しになるものか!!今月は五冊目の写真集も出して更に磨きがかかってるんだ!なめるな!」
最早、目的のわからない反論を、ナルは口にする。
ナルがここまで怒りを露にするのは理由があった。
ナル・ユリシーズとアールケーワイルド。この二人は扱う武器が銃という。共通点がある。
銃器はルゼリオ王国において歴史の浅い武器であり、使用者は数が限られる。熟練となれば更にその数を減らす。
その数の都合から二人は、銃の技量の修練の場や任務の地において頻繁に顔をあわせ、対決し技量を競ってきた。
そして決闘を繰り返すこと現在は十回を数え、その結果、戦績は四対六で負け越しているのだ。
美の化身として、常に完璧を求めるナルには、それは耐え難いものであり、アールケーワイルドの顔を見るたびに普段の冷静さをかなぐり捨てて取り乱すのだ。
「ちょっと、ナル。いいかげんになさい。貴女らしくないわよ。醜態をさらして姫の名に泥を塗る気?」
あまりの友人の様子に、後方にいたリンが思わず止めに入った。対面する相手に銃を突きつけ怒鳴り続ける様は、到底王族に仕える戦士とは思えない醜さがあったからだ。
「!!す、すまない。突然のことで、つい取り乱してしまった・・・あいつのゴブリンの親玉みたいな顔を見てしまったら、頭に血が上って・・・」
リンの言葉にナルは我に返った。そのついでに、アールケーワイルドに悪口を放つ。
「おい、だれがゴブリンの親玉だ。人の顔を滅茶苦茶言いやがって」
「ふん、貴様には褒め言葉だろう。感謝しろ」
反発するアールケーワイルドに、ナルは冷静に返す。冷ややかな目だった。
「ナル」
「う、すまん・・・」
挑発を続けるナルを、リンが一言だけ名を呼んでたしなめた。
しおれたナルが銃を降ろす。それを見届け、アールケーワイルドも銃をホルスターに収めた。
「それで、四凶が一角楼に一体何の用ですの?あなた方の役目は王の側仕えではなくて?」
最大の疑問を解決するため、リンが口調を対外用に切り替えて問う。
「それは極秘や。そんで、そんときにこないだの襲撃に巻き込まれたってわけや」
質問に答えたのは、アールケーワイルドの後ろに現れたシズクヴィオレッタだった。
「シズクヴィオレッタ。あなたまでいたんですのね」
「せや。こいつ一人に任せとったら、任務先で仲のええ友達作って帰ってきぃへんねん。せやからこいつは単独任務厳禁なんや」
シズクヴィオレッタの言うとおり、人情一路の二つ名で呼ばれるアールケーワイルドは、情に厚く世話焼きな性格のため、任務に赴いた先で任務終了後も数日間居座り、まるで地元の人間のように落ち着いてしまう。
今回の一角楼においても、一角楼を離れようとする商人達を最後まで手伝い、全てを見送るまで世話をやめなかったのだ。
しかしその世話焼きの性格のおかげで、今回の異界人襲撃から商人達を逃がすことに成功していたため、シズクヴィオレッタの機嫌は悪くなかった。
民を守るために働くことも、敬愛する王の期待する四凶の勤めだからだ。
「では、あなた方もこの一角楼を包んだ空間に巻き込まれた側ということですのね。それで、この術の使い手に心当たりはありませんの?こんな規模で空間を隔離できる術使い、さぞ高名な者だとは思うのですけど・・・」
「いや、魔力を感じない。これは術ではないな。おそらく、異界人たちが使うスキルだ。それもチートスキルと呼ばれるより強力な効果のやつだな」
リンの問いにアールケーワイルドが推論を口にする。
「チートスキル・・・以前、私が交戦した異界人はそのようなもの使用してなかったのですけど・・・」
交戦した異界人とは交易都市クロストでのリュウカンのことだ。
「スキルはまだしも、チートスキルに関しては一部の選ばれた異界人の特権のようなものだからな。むしろ使えないほうが普通だ」
アールケーワイルドはスキルに関する情報を六姫聖の二人に提供した。王に仕える四凶は、テンペリオス直下の異界人管理局の情報も当然知る。異界人たちのスキルに関する事情も、ある程度は把握しているのだ。
「なるほど。そのチートスキルなら、この規模で空間を隔離できるのか。すさまじいな」
率直な感想がナルの口から出てきた。
「だったら、もっとスゲェもんを見せてやろうか!!」
覇気と活気に満ちた声が、六姫聖と四凶の四人の頭上から浴びせられた。四人の視線が一斉に上方、瓦礫の山の頂上に向く。
銀の短髪、褐色の肌、露出の多い服。そして自信に満ちた表情。そこにいたのは、異界人特務部隊の一人『破壊神』のハルルだった。その後ろには、同じく特務部隊のペティ、ホウエン、アラシロの姿もある。
「!!何者だ!?」
ナルが再び二丁拳銃型の魔砲ハチカンを構えた。
「何者だって?今お前らが、話してたろ?私達が異界人。そして、これがぁチートスキルだぁぁぁぁあ!」
ハルルが拳で足下の瓦礫の山を殴った。
チートスキル『破壊神』が発動した。破壊のスキルの威力で、瓦礫の山が破裂した。無数の瓦礫が散弾のように飛び散る。
四人はたまらず後方に退いた。ハルルの攻撃は四凶の二人を巻き込んでいたのだ。
「お、おいなにをするんだ?わしらは国王陛下の部下の四凶だぞ。なにを考えてる?」
「うっせぇよおっさん!私らは、六姫聖も四凶も全員殺すように命じられてんだ!覚悟しな!」
四凶抹殺の命令。ハルルの発したその言葉に、アールケーワイルドとシズクヴィオレッタは王都、そして国王テンペリオスの命に危機が迫っていることを理解した。
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