第171話 「揺れる一角楼。破壊の拳と断裂の剣」(ストーリー)
一角楼三階の大広間には、先刻のジョンブルジョンの放ったミサイルの着弾を受けて、警戒心を煽られた一部の冒険者たちと一角楼の少数の住人達が集まっていた。
六姫聖のシャノン・ブルーは広間の端で、ドウマによって怪我を負わされたミコの治療に当たっていた。
幸い、華奢な体格に反して規格外の耐久度を誇るミコは、常人なら即死するほどの電流の『雷遁 猫鳴器』の一撃を受けても、体を痛めつつも意識を保っていた。
「にゃあぁぁぁ・・・シャノーン、からだがムズムズするよぉ。どうにかしてよぉ。うにゃにゃあああ」
雷遁によってダメージを負ったミコは、強烈な不快感に襲われていた。
焼かれた細胞がむずがゆさを誘い、あまりのかゆさから全身を床にこすり付けて紛らわせていた。
「おまえは本当に変わったやつだな。電撃を喰らったことで、痛さよりも痒さが勝るとはな・・・」
少し離れた場所で、リシャクはミコを見ながら呟いた。
地獄の将のリシャクからしても、ミコの生態は不可思議なもので、好奇の目を離せずにいた。
◆
「お姫様、到着いたしました。降ろしますので、お気をつけください」
「やめてくれ。おれで遊ぶな」
サイガを抱えたセナが大広間に到着した。無抵抗の状態なのをいいことに、セナはサイガを茶化して笑っていた。
「サイガ、来たか。体はまだ動かないのか?だらしないぞ、自然界だったら餌にされてしまうぞ」
「ああ、見ての通りだ。不甲斐ない限りだ」
広間の端のソファに隠れるように寝かされるサイガに、ミコが歩み寄ってきて苦言を呈した。あとにはシャノン、エィカが続く。
「サイガさん、少し窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんが、一人で部屋にいるといつ命を狙われるか解りませんので・・・」
「賞金首の身なので、それは構いませんが、一体何があったのですか?爆発といい、先ほどの振動といい、ずいぶん物々しいようですが」
「実は、いま一角楼は異界人と思われる集団の襲撃を受けています」
「異界人ですか?冒険者でなく?」
「ええ、先ほど、入り口に現れた集団は魔法とは違う系統の術を使用していました。間違いはないでしょう」
説明をするシャノンの横からミコが顔を挟んできた。
「あいつら変な術を使うぞ。唾をかけたら人が脱け殻みたいになるし、サイガみたいな技も使ってた」
「おれみたいな技?」
ミコは楽しそうにウンウンと頷く。
「装束や武装が似通った者が一人いました。サイガさんの名前も口にしていたのでおそらく知人かと・・・」
「おれと同じ技と武装だと・・・まさか」
その特徴に心当たりがあるのか、サイガは考え込む。
「あいつすごく強かったぞ。サイガと同じくらいだ」
「同じ強さ。やはり・・・ドウマか。あいつもこっちの世界に来ていたのか」
サイガはライバルの来訪をあっさりと受け入れた。時を同じくして光にのまれ、この世界に招かれた者として当然の結論だった。
「異界人の面々はスキルと呼ばれる特殊技能を使用します。その正体がわからない以上、打って出ては一方的な攻撃を受ける恐れがあります。ここは様子を見るべきかと思い、皆さんを大広間に誘導したんです」
事態の緊急性を考え、シャノンは今回の行動を指示したと語った。
サイガはそれに賛同した。
「下手に散らばっていては、誰かが人質にとられる恐れもある。それが懸命でしょう。しかし今のおれは・・・ 」
「承知しています。ですので、サイガさんの周りには、視界と認識を完全に阻害する『隠者の黒霧』を展開しています。安心して体を休めてください」
十億の賞金首。その上、体は不能。サイガの今の立場は事情を知らない冒険者たちにとって格好の的になる。シャノンは対策を怠ってはいなかった。
行き届いたシャノンの対策に、サイガが安堵の息を漏らした直後、またしても大きな振動が一角楼を揺らした。
大広間の一般客や住人たちから悲鳴が上がる。
「な、なんだ、また爆発かい?」
セナがよろめきながらサイガの横になるソファに寄り添う。
「うん、うん、わかった」
リシャクの頭髪から海老のような虫が顔を出した。なにかを耳打ちをする。
「さっきの連中が支柱を破壊しているらしい。念のために置いてきた『伝心カイロウドウケツ』が教えてくれた」
リシャクの髪の中で得意気に両手を挙げる『伝心カイロウドウケツ』は番の魔物だ。二匹は常に通じており、その生態は遠距離での情報伝達に利用される。
「し、支柱を破壊って、あいつらどういうつもりなんだい?」
「おそらく、建物倒壊の危機感を煽っておれたちを炙り出すつもりなのだろう。もしくは皆殺しが目的か・・・あ」
不安に声を上げるセナを、落ち着かせようとサイガは推察を述べたが、ここで気付いた。
落ち着かせるどころか、現在の状況からは絶望の未来しか見えないことに。
「最悪の事態を想定して、これから私が残りの支柱を守る防御魔法を発動させます」
シャノンが杖を構えた。
「わかった。じゃあ、私が少し時間を稼ごう。念のために、他の毒虫たちを一階に潜ませてたんだ。しっしっし」
シャノンへの支援を申し出ながら、リシャクはいたずらっ子のように笑った。
◆
一角楼はその内部を四本の柱で支える構造となる。異界人たちのチートスキルでそのうちの二本が破壊された。
実行したのは『破壊神』のハルルと『剣聖』のペティだった。
「なぁ隊長、本当にぶっ壊しちまっていいのかよ?建物が倒壊して標的の死体が潰れちまったら証明できねぇだろ?」
「これは警告だよ。音と振動で、いつでも命を狙えることを教えてやってるんだ。こうやって、ケツを叩いてやれば、何かしらの動きを見せるだろうからね」
ハルルの問いに、ドウマはケラケラと笑う。
「だけどさ、下手に煽っちゃったら上階に残ってる冒険者達や住人がパニック起こして面倒になるんじゃない?」
テンタが心配するが、ドウマはそこで更に、にやりと笑った。
「それならそれで、面白そうじゃないか。王派と違って、俺たちが民間人を巻き込まないのは、あくまで努力義務程度だからね。出来ないなら無理してまでやる必要は無いのさ。ま、最悪の場合は、手ぐらい合わせてあげるけどね」
上機嫌に笑うドウマの背後で、二本の柱が完全に崩壊した。残る二本の柱に一角楼の負荷がかかり、うめき声のような音を鳴らす。
「強度を維持出来るのは、これが限界ね。隊長、次は・・・きゃあ!」
チートスキルで柱を切断し、剣を鞘に収めたペティが悲鳴を上げた。その足には無数のゴキブリのような虫がまとわりついていた。
「いや、いやぁああ!虫、虫!助けて、誰かとって!」
取り乱し、手足を振り回すペティ。そこに、ドウマが近づいた。
「やれやれ、虫ぐらいで騒ぐなんて、そこらへんは女の子だねぇ。ほら、じっとしてな」
そういうと、ドウマは虫払いの忍法のために印を組もうとしたが、両手を構えた時点でその両手にも虫がはびこっていることに気付き、動きを止めた。
「なんだこいつら、いつのまに・・・」
印を解き、両手を払う。振る手の早さに、虫たちは地面に叩きつけられる。
「隊長、こっちもだ。そこら辺虫だらけだぞ!」
シュドーが叫んだ。その言葉どおり、一角楼の一階部はいたるところで虫が発生し、異界人達を襲っていた。
虫はクジャクの『万物誘惑』で傀儡となっている一角楼の住人達にも及んでいるが、ゾンビのような状態の住人達は反応を示さない。
大量の虫の発生に、異界人特務部隊は女のみならず男達まで混乱することとなった。
その原因はもちろん、蠱毒の主リシャクによるものだった。
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