第165話 「乱れる魔炎。メイ・カルナックは神話を喰らう」(バトル)
ヴァジュラスタイルの暴走によって、メイは自身を取り囲む百を超える魔物の群れに見境のない攻撃を行っていた。
ルゼリオ王国一の魔力量をほこり、それは神域に達するメイは数多くの魔法を使いこなす。
さらにはファイアーボール、ファイアストーム、フレイムショット、ファイアアローといった、初級冒険者や一般人程度でも扱える魔法ですら、その威力は上級魔法に匹敵する。
ファイアーボールは被弾した魔物を地形ごと跡形もなく吹き飛ばし、ファイアストームは複数と周囲を魔物を巻き込んで天を突くほど高く燃え盛る。あらゆる魔法が桁違いの威力となっていた。
魔物たちは見る間にその数を減らし、殆どが姿を消していた。
「な、なんなのよ、あのオバさん。このままじゃ全部燃やし尽くされて何もなくなっちゃうわよ!」
召喚した水属性のスライムを耐火材代わりにして熱から身を守りながら、マミカは非難の声を上げる。
「だから言っただろう。あいつは後先を考えていない、と。こうなれば共闘してあいつを落とすしかない。この封を解いてくれないか?」
ジョンブルジョンはマミカに呉越同舟を持ちかけたが、マミカはそれに応じなかった。文字通り、手も足も出ない状態のジョンブルジョンを一瞥する。
「冗談。せっかく隊長が捕まえたのに、解放するわけないでしょ。あれぐらい、私一人でどうにかできるっての!」
「こうなったら、少し無理するわよ!」
岩陰に隠れながら、メイに気付かれぬようにマミカは右手を天にかざした。
空中に、新たに巨大な魔法陣が五つ出現する。それと同時に空気が振動を始めた。
「な、なんだ、これは・・・空気が震えている・・・?何が出てくるというのだ?」
大気を振るわせるほどの魔法陣の影響力に、ジョンブルジョンは緊張感で強張る。
「さぁ出てきなさい!あのオバさんをやっつけろ!」
マミカに呼ばれ、魔法陣から五匹の神話級の魔物が現れた。
◆
『スカイリバイアサン』
鰐の頭に竜の体、六枚の翼に堅固な鱗に身を包む巨大な水竜。天空の支配者。水属性の攻撃と防御の上位魔法を容易く扱う。
『千手タイタン』
千本の腕を持つ巨人族の暴君。無尽蔵の体力から繰り出される千の拳の連打は、天界すら更地へと変える。
『アンチサラマンダー』
攻撃だけではなく、守りにおいても炎をその配下に置く炎の魔獣。数万度の炎を食す。
『スチールワイバーン』
その全身が金属で作られた無機竜。金属のブレスを吐き、金属を噛み砕き、切り裂く。その速度は音速を超える。
『ヘルクラウド』
毒で作られた入道雲。毒で空を染め上げ、毒の雪を降らせ、天地を汚染しつくす。その毒はメイの炎と同じく無差別。
◆
「なん・・・だと・・・そろいも揃って、神話級の魔物たちじゃないか!?神々と戦争でも起こすつもりか!?」
ジョンブルジョンが驚くのは無理もなかった。マミカが召喚した魔物たちは、そのどれもが古来からの伝承によって、民達にその脅威が伝えられるほどの、「知っていて当然」の魔物なのだ。
「ふーん、あの子ら凄いんだ?だったら、いけるでしょ!やれやれー!」
異界人のマミカは召喚した魔物たちの詳細に興味はなかった。
マミカの号令に従って、スカイリバイアサンがその巨体を揺らしながらメイに接近した。
その鋭く冷たい目が光り、水魔法『フラッドプレス』を発動させる。
メイの周りに、湖を思わせるほどの多量の水が出現し、メイを球状に包んだ。
「が、がぼ・・・ごぶ・・・」
水の球は中心にメイを封じ、メイは一瞬でおぼれた。
水球が縮み始めた。
フラッドプレスは水圧で対象を圧殺する魔法。その圧は五千メートルの海底に匹敵し、標的を圧縮する。
暴走する魔炎の動きを封じた水球に向けて、スカイリバイアサンが正面から大きな口を開いた。
口の中央にさらに水魔法が発動する。
高速で噴き出した水で次元ごと敵を切断する『セパレーションスプラッシュ』がメイに目掛けて放たれた。拘束に用いたフラッドプレスごと切断するのが狙いだ。
セパレーションスプラッシュが直撃する直前、フラッドプレスが突如発生した白い煙に包まれた。
メイを取り囲んでいた魔物たちがたまらず身を引く。
白い煙は、煙ではなかった。
それは湿度があった。白い煙は蒸気だったのだ。
蒸気がいまだ濃い中で、スカイリバイアサンの前に小さな光の球が緩やかに現れた。
光の球は風にたゆたう用に、ふよふよと進み、スカイリバイアサンの大きな口に導かれるように入っていった。
「ばぁん!」
メイの声が聞こえた。
同時に、スカイリバイアサンの巨体の、首から後ろの部分が粉微塵に吹き飛んだ。
光の球は、メイの爆破魔法『シュロンエクスプロージョン』だった。魔力を圧縮させ、自在に爆発させることが出来る魔法で、ワイトシェルでの戦いで、巨像と化したシラを半壊させた魔法だ。
メイは、フラッドプレスの水圧を、魔力のみで押し返していた。
体を失ったスカイリバイアサンの頭部が、最後の抵抗を試みた。
眉間に魔力を集中させると、凝縮させた水分を超硬質の豪雨として降らせ敵を穿つ『デストラクションレイン』を降らせた。
薄れた蒸気の中のメイに滅びの雨が降り注ぐが、メイは「がぁっ!」と叫ぶと、一瞬だけ炎を膨張させ魔法をかき消した。
スカイリバイアサンはその光景に我が目を疑いながら絶命した。
アンチサラマンダーがメイに噛みついた。体長はメイよりもやや大きい程度で、その歯を肩に突き立てる。
メイの体から、そのアイデンティティーとなる炎が消えた。
アンチサラマンダーは炎を支配下に置く。その影響力はメイの膨大な魔力でも例外ではない。支配者の命令に従い、その炎は機能を失った。
肩にアンチサラマンダーをぶら下げたまま、メイは落下した。炎を失うということは、飛行能力も失うということだ。
焼けた地表が魔炎を焼かんと待ち構え、徐々にその距離を縮める。肩にはいまだに炎の支配者が牙をたてる。
「うああああああ!なめんなぁあああああ!」
落下しつつもメイは叫んだ。消えたはずの炎が現れ、再びその体を包む。それにアンチサラマンダーも巻き込まれた。
炎が魔炎と魔物の体を締め付ける。強く、激しく、幾重にも燃え盛り、遂にはアンチサラマンダーはその身を焼かれ炭となって崩れ落ちた。
メイの魔力の量は、アンチサラマンダーの支配を強引に覆したのだ。
二体の神話級の魔物を屠る魔炎の姿は、闘争心という魔物の本能を駆り立てる。
スチールワイバーンは突進したが、無機物生命体のため、痛覚や恐怖が存在しない。そして、それが仇となった。
メイはスチールワイバーンの突進にあわせ自らも突進し激突。そこで、十万度を超える高熱をもってその金属の体を融解させ、通り抜けた。
通過するだけで、魔炎は神話の魔物を沈めたのだ。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・はは、なんか、暴れたら落ち着いたみたい。ありがとね。少し楽になったわ。それにしても、あーあ、またやっちゃったかぁ・・・」
灼熱の液体となって地面に流れ落ちるスチールワイバーンを尻目に、自我を取り戻したメイは自分に呆れたように笑った。
いや、実際呆れていた。
レイセント学園で教師として勤めた期間で、メイは成長した自信があったのだが、実のところその本質に変化はなく、仲間の監視の目が外れれば直ぐにボロが出たからだ。
「こんなんじゃあ、ナルの指摘も否定できわね。ちょっと気を引き締めないと。・・・ってことで、さて、ちゃっちゃと終わらせますか!」
気を取り直して、メイは千手タイタンとヘルクラウドを正面に構えた。フォームはアグニフォームからアマテラスフォームへと変化していた。
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