第163話 「封じられる一角楼。高鳴れ、戦いの鐘!」(ストーリー)
一角楼南の小高い丘の上、先日、黒狼軍の長ゲイルが下見を行った場所と同じ丘で、異界人特務部隊の長ドウマは同じように一角楼の様子をうかがっていた。
その目には先刻のジョンブルジョンが着弾させたミサイルの影響で慌ただしく動き回り、脱出を図る商人や住人たちの姿が映っていた。
「逃げる連中の中にサイガや四凶はいないからいいけどさ、君の悪あがきのお陰で大幅に予定が狂っちゃたよ」
そう言うと、ドウマは足元に転がる土遁で動きを封じた達磨状のジョンブルジョンを爪先で小突いた。
ドウマは当初、一角楼の一般人たちを人質に戦闘を有利に進める算段だったが、ジョンブルジョンの一手は先日の襲撃事件で不安の渦中にあった一角楼の住人たちの心の関を決壊させ、集団の逃避へと駆り立てたのだ。
「陛下の臣民を危険にさらしたとあっては、四凶の名折れだからな。たとえこの身が滅んだとしても、それだけは通させてもらうぞ!」
達磨状にされながらも、ジョンブルジョンは誇りを失わない。強い忠誠心と覚悟がそこに現れていた。
商人たちの避難の流れを見届けるドウマのもとに、一台の大型車が現れ到着した。
この世界に似つかわしくない乗り物は、異界人特務部隊のシュドーがチートスキル『無限武具精製』で作り出したものだ。
ドウマの傍らに駐車すると、部下の特務部隊員九人が次々と降車してきた。
最後に降りたシュドーが金鎚で車体を叩くと、スキルが解除され大型車は一枚の小さな鉄板となった。
一角楼の様子を目にし、極度の露出をした衣装を纏った、美女『クジャク』が口を開いた。
「なぁに?随分あわただしいじゃない、隊長。しくじったわね。私達が到着する前にさっさとやっちゃえばよかったのに」
「人質予定だった連中がいなくなるだけで、大したことじゃないさ。それよりも、お前たちが欠けるほうが痛手だよ」
「あら嬉しい。はっきり言ってくれるじゃない。隊長のそういうところ好きよ」
喜びを満面の笑顔で表現し、クジャクはドウマの腕に抱きついた。これはいつものことで、ドウマはそれを軽くあしらった。
「で、どうするの隊長?僕の出番?」
ドウマの横に、栗色の髪の少年が歩み寄って尋ねた。『次元封印』のチートスキルを持つ『テンタ』だ。
「そうだな。一角楼なぞ、俺たちが本気でスキルを発動させれば、あっという間に破壊しつくしてしまうからな。テンタ、お前のスキルで別次元に隔離してくれ。俺たちはそこに乗り込む」
「わかったよ。あ、でも、マミカはどうするの?」
「私はやめとくわ。テンタのスキル内だと魔物召喚が発動しないし。私だけ外でお留守番ね」
テンタのスキル『次元封印』は空間を作成、断絶し、封じるスキルだ。
封じられた空間は戦場、保管庫、封印などの様々な用途に利用できる。
しかし、完全に断絶するその強制力の高さから、マミカのような空間を繋ぐ召喚のスキルや魔法とは極めて相性が悪いのだ。
「仕方ないな。では、話し相手にこいつを置いていってやろうか?」
そういうと、ドウマはジョンブルジョンを親指で指す。
「いらない。そいつ私のペット殺したしヤツだし。一緒に持っていってよ。それに、私にはこの子達がいるもん」
マミカが胸元を大きく開くと、その豊かな胸元から、小さな蝙蝠のような魔物が顔を出した。
『アラームバット』近づく危機に反応して悲鳴を上げる魔物だ。だがマミカは、その機能ではなく見た目の愛くるしさで可愛がっていた。
「く、人を物のようにいいおって」
ジョンブルジョンは苦々しく唸った。
テンタが数歩前に出た。両手を一角楼に向けてかざし、精神を集中させる。
チートスキル『次元封印』が発動し、一角楼の真上に黒い空間の塊が生じ始めた。
空間は、すだれのように下方に向かって垂れ始める。
「二、三分で次元隔離が完了するから、それまでに準備は終わらせといてよ」
テンタからの呼びかけに、異界人たちは準備を開始しだした。
◆
「お、おい、何だあの黒い幕みたいなのは?」
「まさか、また盗賊の襲撃か?いい加減にしてくれ!」
上空から徐々に迫り来る『次元封印』を発見した、脱出中の一角楼の住人達が騒ぎ出した。
人の流れに任せて緩やかだった逃避行の動きは、にわかに激しくなった。
最も一角楼側にいる商人達は我先にと前方に飛び出そうと、人を掻き分けて進む。
◆
「あーあ、パニック起こしちゃった。隊長どうする?あいつらも巻き込んじゃう?」
「いや、ああなってしまったら最早邪魔にしかならん。排除してやれ」
「はーい」
横に並び立ったドウマの指示を受け、テンタは展開中の結界に仕様を加える。
「おい隊長、準備完了だ」
ハルルが声をかけてきた。隣にはペティが立ち、残りの異界人たちも続いて顔を揃えた。
「隊長、あれ、くれよ。私達、さっき一回死んでっからさ、万が一のためにも対策が欲しいんだよ」
一歩前に出て、ハルルは手を差し出した。その手は「あれ」を要求している。
「・・・わかった。だが、多様は危険だ。ほどほどにしておけよ」
ドウマは懐から赤色の結晶を取り出すとハルルに放り渡した。
続いて、全ての異界人が同じ結晶を受け取る。
ドウマが渡した結晶の名は『超化翠』。
使用することでスキルの効果を上昇させる増進剤の役割を持つ翡翠だ。
「この超化翠は飛躍的にお前たちのスキルの効果を上昇させてくれる。だが、その副作用はまだ正確にわかっていない。すこしでも違和感を覚えたら使用を中止しろ」
「ああ、ありがとよ。隊長」
超化翠をポケットにしまうと、ハルルはにやりと笑った。
一角楼内への突入作戦に不参加が決定しているマミカは暇をもてあましていた。
ペット代わりのアラームバットの体の羽毛を指でつつきながらその反応を楽しんでいた。
「キ、キィィィィィイイイイイイ!キィイイイイイイイ!」
突如、何かの気配を察知したアラームバットが警告の奇声を発した。
そのあまりの声量に、全員が耳を塞ぎ体を硬直させる。
「うるっせぇぞマミカ!少し黙らせろ!」
蓋となった手を通過して、その警告の奇声は耳の中に飛び込んでくる。
たまらず怒鳴ったハルルの声はその声量に押し返された。
マミカがアラームバットを抱き込んだ。胸を押し当て落ち着かせると、警告の内容を聞き出すために意思を通わせる。
「うん。うん。え・・・わかった!隊長、西から強い魔力が三つ、すごいスピードで近づいてきてるって!」
「なんだと?増援か?」
「多分。しかもかなり強い魔力で、一人は神域だって!」
「神域の魔力?まさか、六姫聖か!いかん、合流されては面倒だ。お前たち、突入するぞ!」
異界人であるドウマたちには魔力を察知、計る手段がない。それだけに、迫る強大な魔力は一同の緊張感を急速に高め、事態を急がせた。
「テンタ、結界は完成するか!?」
「あと三十秒!完全に断絶させる前に中に入って!」
異界人九人が一斉に走り出した。それをドウマの『風遁 背追風』が後押しし、その足を加速させる。
◆
アラームバットの警告どおり、西の空から、一角楼に向けて三つの影が現れた。
聖錨マスヨスに引っ張られるリン・スノウ。
それを追う爆炎を背負うメイ・カルナック。
鮮やかな魔力こなしで、無駄なく魔力を利用して前進するナル・ユリシーズ。
目測で見る限り、その到着は異界人たちとほぼ同時に見える。
「リン、最後に確認するぞ!一角楼は見ての通り、敵の攻撃を受けている。マスヨスに主導権を握られた状態でこのまま突入しても、私達が同じ場所に到着するかはわからん!もしバラバラに到着した際は、敵との戦闘は避け、シャノンたちとの合流を優先させろ!」
「わ、わかったわ!」
三人の中で最も冷静なナルが方針を伝える。
「メイ、お前もわかったな!特にお前はくれぐれも戦闘は避けろ!どうせろくなことにならない!」
「う、うるさい!わかってるわよ!」
これまで何度もメイの軽率さに振り回され続けていたナルは、リンにかけた言葉より強い口調でメイに伝えた。
軽率さに自覚のあるメイは、強く反論することはなかった。
「それじゃあ、いくわよ!突入!」
戦いの舞台へ向けて、メイが音頭をとった。
二人がそれに従おうとした瞬間、前方から迫ってきた何かがメイを巻き込んで降下した。
一瞬でメイは突入の流れからはぐれてしまった。
「な、なんだ!?」
突入の姿勢のまま、ナルが視線を向けると、メイは大型の鳥系の魔物に取り付かれていた。
「なによこいつ!?一体どこから来たの?」
メイが上空を見ると、そこには魔法陣が浮かんでいた。マミカがドウマたちを支援する目的で魔物を召喚したのだ。
マミカは戦力を分散させるためにメイを引き受けたのだ。
直前で分断された三人は、二手に分かれることになった。
リンとナル。異界人九人が一角楼に突入した直後、テンタの『次元封印』は完成し、一角楼はこの世界から隔離された空間となった。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
テンタ チートスキル『次元封印』
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