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第157話 「飛び交う拳と剣。その一撃は絶望の一撃」(バトル)

 恐怖と絶望が人の形をとり、緩やかに近づいてくる。

 異界人特務部隊のハルルとペティの目には、ソウカクサタンコールの小柄な老人の姿が最早人間とは見えていなかった。

「そんな・・・嘘でしょ?私の追走刃が一発も当たらないなんて・・・」

 異界人ペティの所有するチートスキル剣聖ソードマスターは、あらゆるものを切断する斬撃を発生させる能力だ。それは、手にした刃物に備わるもので、剣を指す能力ではない。


 ソウカクサタンコールとの技量の差に、長剣では不利と判断した剣聖ペティは、右手に握る剣を捨て、二本の短剣を取り出した。それと同時に、重厚な漆黒の鎧の一部を脱ぎ捨て、軽鎧へと装いを改める。機動性と手数を重視した形態に切り替えたのだ。事実、触れるだけで切断できるのならば手数で勝る短剣とスキルの相性は抜群だ。


「ハルル、ここは私一人に任せて」

「はぁ?てめぇイカれてんのか!?あのジジイの技を見ただろ、一人で何とかできるわけねぇだろうが!」

 ハルルの怒りは最もだった。この状況での一対一の申し出など、自殺行為でしかないのだ。

 しかし、双剣を構え前のめりの戦闘体勢をとるペティのその両目は大きく見開かれ、赤く血走っていた。

「おい、何だよその目は?完全にキマってんじゃねぇか!」

「試してみたいの。あの圧倒的な技量に、私の剣の技が一体どれくらい通用するのか。武人として、戦士として、私、今すごく興奮してる。この世界に来て、初めてまともに戦える相手と出会えたから!」

「ちっ、勝手にしろや、くそが!・・・死ぬんじゃねぇぞ」

 付け加えるように、ハルルはその身を案じた。目はそらしていた。


 ◆


 剣聖ペティは昂り取り乱していた。

 チートスキルを有する異界人は、そのスキルの性能ゆえに並の冒険者や魔物が相手では苦戦することはまずありえない。

 加えてペティはその剣聖の『あらゆるものを切り裂く』能力で、敵の数が一人の戦士であろうが、多数の軍勢であろうが無双の戦果を挙げてきた。剣を一振りするだけで、あらゆるものを切り裂き、すべてを終わらせてきたのだ。

 強すぎる力は、徐々に人の心を蝕む。この世界に召喚されチートスキルを授かったペティは、多くの命を能力に任せて奪い続けることで、元の世界では決して至ることがなかった、命を軽んじる人間へとその心を堕落させていた。

 その暗いよどみに沈んだ心が、己を優れた戦士であると錯覚させていた。事実は、力におぼれた単なる殺人者であった。


 ◆


「さあ、受けてみなさい、『双刃交牙』!」

 左右の双剣が外から内へ走る。

 胸の前で双剣が交差すると、斜め十時の斬撃が前方へ飛んだ。ソウカクサタンコールはそれを前方にしゃがみながら前進することで回避する。

 二人の距離は約二メートルまで縮まっていた。

「そこっ!」

 ペティの膝よりも低い位置にきた頭に向けて、剣を振り下ろす。剣聖のスキルにより、ペティの振るう刃は実際の長さよりもその効果の範囲を広く持つ。この距離は、充分その内にあった。


 小首をかしげるように、ソウカクサタンコールは頭を傾けた。斬撃が頭の横を素通りし、街道の石畳を裂く。

「く・・・まだっ!」

 下ろした剣を振り上げ、ペティは再び斬撃を放つ。

 しかしその追撃も、ソウカクサタンコールはあえてその場にとどまることで動きを予想するペティの裏をかき、斬撃に空を切らせる。

「どこを見ておる?しっかり狙わんかい」

 ソウカクサタンコールは微笑みながら一歩近づいた。


 近づき続ける至高の技の体現者に、ペティは牽制のために左の短剣を顔目掛けて突き出した。

 常人ならば短剣の鋭い切っ先に、大げさに回避行動をとるが、ソウカクサタンコールはまるで目の前を飛ぶ蝿でも追い払うかのように手を動かし、その刃を外へ弾いた。

 さらに一歩近づく。


 外へそらされた短剣の影から、新たな短剣が現れた。

 攻撃をあしらわれると予想していたペティはその意識の虚を突くために、ほぼ同時に突きを放っていたのだ。

 だがそんな工夫も、圧倒的な熟練者の前には小細工に過ぎなかった。

 短剣は、直前の攻撃と同じように外側へと流され無効化された。

 結果、ペティは両手を広げさせられ、恐るべき強敵の前で無防備な姿をさらすこととなった。

 距離はまた一歩分近づいていた。


「し・・・しまっ・・・!」

 絶望的な状況に、ペティは思わず後悔の言葉を漏らした。そして、次の瞬間にはその後悔は的中し、口からは違う言葉が出てくることになる。いや、それは言葉になっていなかった。

 ソウカクサタンコールはガラ空きとなったペティの、鎧に守られている腹部を撫でるように叩いた。決して力を込めるわけではなく、ハイタッチのような気さくな一撃だった。

 だが威力はその軽やかさとは程遠い。

 飛来する斬撃を受け止めかき消していた、力を自在に操るソウカクサタンコールの掌は、今度は攻撃に転じてその力を発揮した。


 激しい力の衝動は、腹部の中央で爆発するように発動した。

 腹部中央から全方位に向けて内臓が暴れる。腸が渦巻き、跳ね、収縮し捻れる。

「う、うぶっ、げぁああ・・・」

 一瞬の間に急速に変化し続ける腹部の状態は、その口から胃の内容物を全て吐き出させた。

 たまらずペティは短剣を手放し地に落とすと、両手で腹部をおさえ、身をかがめると、目を見開いたまま吐瀉を続ける。


 前かがみとなったペティの姿勢は、致命的な形となった。

 捧げるように突き出されたその頭部に、ソウカクサタンコールの手が伸びる。

 跳ね回る内臓という、未曾有の苦しみの中で、ペティの目だけはその様子を冷静に捉えていた。

 脱力し、鞭のようにしなやかに動くソウカクサタンコールの掌が、今度はペティの顔を正面から叩いた。

 その音は『ぺちん』と軽く、とても攻撃とは思えなかった。しかし。

「殺しはせん。少し寝ておれ」

 ソウカクサタンコールのその言葉どおり、ペティは意識を失い、顔面から地面に落ちると、自らのまき散らした吐瀉物のなかで眠った。

 軽やかな掌の一撃は、頭部全体に走る衝撃を生じさせ、脳を揺さぶった。

 ペティは一切の抵抗が出来ないまま、脳への攻撃を受け入れることとなったのだ。 


 ◆


「で、次はおまえさんじゃが、どうする?この状況でまだやるか?」

 残されたハルルに顔を向けると、ソウカクサタンコールは尋ねた。

 汚物にまみれて地面に寝転がる仲間と、それとは対照的な無傷の老人。その言葉は投降を促すものだった。

「・・・けんな」

「ん?」

「っざけんなよぉ!んなもんで、ビビると思ってんのか!ボケがぁ!」

 ハルルは咆哮した。そこには、自身への鼓舞とペティへの怒りも含まれていた。

「やれやれ。ま、そうじゃな、降参しろと言われてできるなら世話はないのぅ」


 ハルルが右足で地面を踏みつけた。

 ソウカクサタンコールに向けて亀裂が走り、地中から角状の岩石が槍の様に突き出てきた。

「ほう、破壊するだけではなく、制御も出来るのか。器用なもんじゃな」

 亀裂に向けて、さらに二度、三度と、ハルルはスキルでの攻撃を加えた。

 地面に亀裂にと、大小さまざまな亀裂が新たに走り、スキルによって破壊された岩石は散弾となってソウカクサタンコールを襲う。

 老練な戦士は捲れ上がった地面をつま先で掬い蹴り上げると、土の幕を張り一瞬の防護壁を作り上げた。

 岩石の散弾は土に呑まれて落ちた。


「くそがぁああああ!なんでそんなことができんだよぉ!このボケェ!」

 にわかには信じがたい芸当に、ハルルは更に喉を鳴らして咆哮をあげる。

 怒りに任せて、ハルルは突進を開始した。

 破壊神のスキルで凹凸だらけとなった地面の安定した箇所を器用に踏み分け、軽やかに距離を詰める。


「ん?なんじゃ、おまえさん素人じゃないな?」

 その足どりに、ソウカクサタンコールはハルルがスキルとは別の技術を身につけていることを見抜いた。

 目前まで接近すると、ハルルは切断された右腕と健在の左手で連打を繰り出す。

 約五秒の間に計七十発。音を置き去りにするような速度の連射を、ソウカクサタンコールの全身のあらゆる箇所に向けて放った。


 触れた瞬間に即破壊が成立する、破壊神のチートスキルを宿した怒涛の連打。

 これには流石のソウカクサタンコールも距離をとった。

「そうだよ、私はペティみたいな素人じゃねぇ。元の世界じゃ地下格闘技で何人も血祭りに上げてきたんだ。さあ、覚悟しな。私の連打につかまっちまったら、肉片一つ残さないぐらい粉々に破壊してやるからな!」

 ハルルは両手と片膝を前に突き出す構えをみせた。打撃の速さでは類を見ないムエタイの構えだった。

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