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第15話 「襲撃」(バトル)

 ハーヴェの村から五キロメートルほど南に領主の館はあった。領内にはハーヴェ以外にも二つの村があるが、館はそのほぼ中央に位置する。

 館を遠目から見下ろせる高い木の上に、一つの人影があった。望遠鏡を除き、敵地の偵察を行っているサイガだ。

 潜入用の防刃、防弾性に優れる化学繊維が編みこまれた黒い忍び装束に、暗視ゴーグルが備えられた黒い頭巾。足音を消すための底面に緩衝、吸音材を仕込んだ靴。潜入用のアンカーを打ち出し、高速で巻き上げるウインチが仕込まれた小手。

 この世界では到底発想すらないような装備で全身を固めていた。

「門に二人。哨戒の二人組みが一、物見が二。外は六人か。中は・・・わからんが問題はないな」

 望遠鏡を懐にしまい、サイガは領主の館を見回した。

 館の外観は異様だった。館の周りには木組みの高い壁が囲むように立てられ、外には深い堀。その高低差は侵入者を拒む意思が見てとれる。さらに敷地内にはまだ兵が控えるであろう兵舎がある。配備された兵といい農村地帯の一領主の住居とは思えぬほど、その姿は無骨で砦のようだ。

 いくら領主が元国境警備隊長とはいえども、この警戒は異常だ。傲慢な物言いに反し臆病者なのか、これまでの人生で多くの恨みをかったものたちからの報復を警戒してのものだろうか、理由はどうであれ、この地には似つかわしくない光景だった。

「始めるか」

 一言つぶやくと、サイガが木から飛び降りた。着地に足音はなかった。布のように緩やかに地面に降り立ち、体勢を立て直すために止まることなく、降りた姿勢から流れるように移動をすると闇に消えた。


「あのオッサン、ずいぶんお怒りだったな」

「ああ、なんでも、宰相様からいただいた服を汚されたらしい。そんで、怒りに任せて汚した村の女を殺したらしいからな」

「はぁ?それだけで殺したのか?いいねぇ領主様は、好きに人が斬れるのかよ。おれぁしばらく斬ってねぇからな、年寄りでもいいから一人ぐらい、おこぼれに預かりたいぜ」

「いえてるぜ。だがよ、せっかく斬れるなら若い女がいいんじゃねぇか?他のお楽しみもあるだろう」

「たしかに、最初から最期まで楽しめるな、ガハハハハハ!」

 泥酔を疑うような下劣な会話を、堀にかけられた木橋の門側で入り口の左右に立って、警備を勤める二人の兵が交わしていた。

 二人の会話が一瞬途切れたところで、堀からなにやら音が聞こえた。右側に立つ男が侵入者を疑い、深い堀の暗い底を覗き込む。

「どうした、何か居たか?」

 左の男が右の男に問いかけた。

「いや、どうやら気のせいらしい。まぁこんなところに忍び込んだところで、なにもな・・・え?」

 右の男が頭を戻して振り返ると、そこには先ほどまで言葉を交わしていた相棒の姿はなかった。

「あれ?おい、どこいった?」

 右の男が、橋の反対側の相棒が居たはずの場所へ移動し、そちら側の堀を覗き込んだ。

「まさか落ちたんじゃねぇだろうな?」

 目をこらし、奥底まで凝視するが何も見つからない。あきらめて頭を上げようとした瞬間、闇の中から二本の腕が現れて男の頭を掴んで引きずり込んだ。

 腕の正体はサイガだった。橋下に身を潜めたサイガは音で右側に二人の気をひくと、左側の男を背中から襲い掛かり首に金属製のワイヤーをかけて闇に引き込み吊るした。瞬時に成人二人分の負荷をかけられたワイヤーは喉に食い込むと気道を潰し、男の脳への酸素供給を停止させ、瞬く間に意識を奪い去り、自覚する間もなく絶命たらしめたのだった。

 右側に立っていた男は見た。消えたと思っていた相棒が吊られ、頭と両腕をだらしなくぶら下げている姿を。

 男は急変した状況に理解が追いつかないが、二つだけ理解した。相棒は殺されたこと。そしてこれから自分は地面に頭を叩きつけられ死ぬということを。

 夜の闇の深い堀の中、地獄へ通じるかのような奥底の地で、鈍い音と共にその命が飲み込まれた。

 サイガが潜入を開始してわずか十秒足らずで二つの命が消えた。


 地図上では館の敷地の左下、門から入って左の角にある物見台の上で、見張りの男は門に違和感を覚えた。一瞬、音が聞こえた気がしたのだ。

「なんだ侵入者か?」

 男が疑うべき状況を疑い、異常の有無を確かめるために台から体を乗り出そうとした。見張りの男の最大の不幸はその勤勉さだった。

 男の顔が台から出た瞬間、超人的な跳躍と加速で物見台を一気に駆け上がったサイガの逆手の忍刀が、男の顔の横を下から上へと通り抜けた。

 見張りの男の顔の前半分が、ずるりと滑り落ちた。男は一切自覚することなく死を迎えた。切り離された顔だった部分はまるでお面のように地面に落ちて、機能を失った目は静かに空を見ていた。

 サイガの動きは俊敏で的確だ。門番の次は物見と、偵察し把握した哨戒順路にそって、時計回りに兵を始末する。


 物見台から降り、対角線上にある地図上右上の物見台に向けてサイガは駆け出した。

 途中、巡回する二人組みの兵をその視界に捕らえた。しかしサイガは一切速度を落とすことなく走り続ける。

 懐から一本のクナイを取り出した。武器としても使え、場合によっては土を掘るスコップ、壁に突き立てればクライミングと八面六臂の活躍をみせる必携の忍具だ。

 だが、このクナイはただのクナイではない。サイガがクナイを軽く振るとクナイの形状が変化し、扇子のように開いた。さらにそれだけにとどまらず、その形が円盤状になる。外周は隙間なく刃で埋まり、さながらチャクラムのような武器になった。

 変形したクナイがサイガの手から放たれた。空を斬る高い音と共に兵士二人の間を通り抜ける。それを追い越すようにサイガが二人の横を駆け抜ける。さらに投擲されたクナイに追いつくと、空中でクナイを指にかけて拾った。サイガは二人の兵士を振り返ることなく物見台へ向かって走り続けた。

 後に残されたのは、頚椎ごとそのほとんどを切断され、文字通り首の皮一枚で頭部をぶら下げた兵士二人。程なくして二人は地面に倒れて動かなくなった。


 瞬く間に七人が命を落とした。油断しきった片田舎の兵士といえど、流石にその異変を察知せずに入られなかった。対角線上の物見台、門、哨戒と普段あるはずの人影が一つもないのだ。

 物見の男は警鐘を鳴らそうと金槌を手に取り振り上げた。そこで男は我が目を疑った。金槌を握っているはずの右手が手首から先が無いのだ。

「いまさら気付くとは職務怠慢だな」

 不意に聞き覚えの無い男の声が聞こえ、物見の男は声の方向を向いた。そこには金槌を握る手を持ったサイガがいた。

「え、お、おれの、手。え?返せよ」

 受け入れがたい現実に取り乱して、間の抜けた言葉を発する男。左手を伸ばして歩み寄ってくる。

「そんな手はいらんな」

「ああ、お、おれの手ぇ」

 冷たく言い放つとサイガは手首を台の外へ投げ捨てた。男はそれを追いかける。

 手首を失うという状況に正気を失っているのだろう、弱い足取りでサイガを通過した。そこにサイガは足をかけ、背中を肘で押すと、男は台から落ちた。そして計算尽くなのだろう、落ちた先には男の頭を待ち構えていたかのように金槌があった。

 サイガが台から飛び降り確認すると、男の頭には金槌がめり込んでいた。

「これで外は終わり。次は兵舎だな」

 サイガの姿が再び闇に消えた。

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