第153話 「嵐の前の静けさ。一角楼、渦中への秒読み」(ストーリー)
黒狼軍の襲撃の夜が明け、一角楼建屋内は避難した商人達で溢れかえっていた。
南方から賊を偽って侵攻した黒狼軍の凶行は、甚大な被害をもたらしたが、不幸中の幸いとして商人達には一人の死者も出なかった。
これは、サイガ一行、六姫聖、四凶の戦力と一角楼に滞在していた冒険者、所属する警備隊の迅速な対応に加え、黒狼軍先鋒隊の未熟さと薬物中毒状態であったことによる詰めの甘さが招いた結果だった。
そんな中でも深手を負った商人や一角楼側の兵達も、居合わせたシャノンの回復魔法で、瞬く間にその傷を癒した。
一角楼側の人員は、順番に休憩を取りつつ、総出で露店の復旧や、出立の準備を行っていた。
「おーい、荷物はここでいいのか?」
一角楼前の広場、成人の男数人がかりでも難儀するほどの大量の荷物を両肩に抱え、四凶の一人アールケーワイルドは荷物をまとめる商人達に声をかけた。
一角楼に露店を展開していた商人達は、その殆どが昨晩の襲撃を受けて、予定していた出立を前倒しにしてその準備に勤しんでいたのだ。
アールケーワイルドはその動きを見るや真っ先に動き、商人達を手伝い始めた。
『人情一路』の通り名どおり、アールケーワイルドは困難な状況の者を放っておくことが出来ないのだ。
数時間前には冒険者達と死闘を繰りひろげておきながら、顔色一つ変えず重機のごとき働きで荷物を運び続ける好漢の姿を、藤色の着物に身を包んだ同じく四凶のシズクヴィオレッタは、膝の上の猫を撫でながら半ば呆れて目で見ていた。
「あんだけ痛い目にあっときながら、ようやるわ。あんたあれから寝てへんのやろ?平気なん?」
「なに言ってる。ワシらはこの程度のことなんざ、日常茶飯事だろ。それよりも、襲撃に怯えたまま、また夜を迎えさせるより、選択した行動を後押ししてやることと安息地に送ってやることが、ワシらが出来て国のため、陛下の喜びにつながるだろ」
「まぁ、そらそやけど・・・」
「それに、これはワシが勝手にやっとることだ。おまえさんは気にせずに寝ておけ」
額の汗をぬぐいつつ、アールケーワイルドは豪快に笑った。
◆
朝飯時、一角楼内最大のレストラン『グルトリ』の多人数用の大型テーブルの上には、厨房内の食材を全てつぎ込んだ大量の食事が横には広く、縦には高く、隅間なく並べられていた。
「うぉおおおおおお!うわあああああああ!にゃにゃにゃにゃにゃーーーーーー!」
およそ食事とは思えない声を上げながら、六姫聖の『超獣ミコ・ミコ』は、朝目覚めた直後、昨晩に負った傷と失った血液を補うために、骨付き肉にかぶりついた。
ミコの歯と顎は強く、人間のそれよりも太く硬い肋骨や背骨を音を立てて噛み砕く。更には喉は食事のためだけに機能するかのごとく大小さまざまな大きさの料理を留まることなく胃に送り、硫酸よりも強力な胃液は瞬時に溶解する。
楽しむわけではなく補給のためだけの食事は、もはや作業となって、積み上げられた料理を処理していた。
「おまえは本当に獣のようだな。姫に仕える戦士なら、もう少し上品に出来ないのか?」
指摘の通り、フォークもスプーンも用いずにすべてを手づかみでほおばるその食事作法に、リシャクは毒草のサラダを食しながら呆れていた。
「うるさい。リンみたいなことを言うな。私は昨日すごくがんばったんだから、たくさん食べるんだ。邪魔するな!」
ミコの粗雑な作法を、リンは常日頃から口うるさく指摘していた。名家の令嬢であるリンは、マナーも何もないその食事風景に我慢が出来なかったのだ。
加えて、ミコの生い立ちを知る身としては、つい保護者のような責任感が芽生え口を出してしまう。
ミコは口うるさく注意されるのと、行動を抑制する相手に苦手意識があるのだ。
「おまえこそなんだ、そんな臭い草を食べて。美味いのか?」
「これは毒草だ、美味いわけないだろ。私の中の毒虫や動物達の毒素を補充しているんだ」
リシャクは腹の中に数多くの地獄の生物を飼っているため、常に毒を含んだ食材や毒自体、特殊な物質を蓄えなければいけない。そのため、好みに関わらず、飼い主の責任として毒を食すのだ。
「ふーん、わたしもよく言われるけど、おまえも変なヤツだな」
「・・・黙って食え」
リシャクに言われるまでもなく食事に戻ったミコは、四枚重ねのピザを丸ごと口に押し込んだ。
◆
一角楼三階の宿泊施設の一室。
昨晩の戦い、五芒血界陣の中において、弱る体を奮い立たせ賊を討った最大の功労者のサイガを『黒聖母シャノン・ブルー』の白い癒しの光が包んでいた。
「どうです?傷は消えましたけど、違和感がありませんか?」
戦いの後、倒れたサイガはすぐに宿泊施設の救護所に担ぎ込まれ、治療を受けており、それは数時間にも及んでいた。弱化魔法の中の『蹂』の状態は、それだけサイガの強靭な体を限界まで追い込んでいたのだ。
癒しの光が傷口に吸い込まれ、その傷を塞ぐ。通常の怪我程度なら、シャノンの回復魔法をもってすればこれで完治なのだが、こまで数多くの怪我を癒し命を救ってきたシャノンはサイガの怪我にこれまでにないもの感じていた。
「・・・か、体が、動かない・・・」
「やっぱり。私の魔力が素通りするような感覚があったので、おかしいと思ったんですが、サイガさん、何か心当たりはありませんか?」
「あまりこの世界での回復を経験したことはないのですが、やはり、無理に弱化魔法の中で戦い続けたことが原因でしょうか?」
「私があの戦いを見ている限り、そうかもしれません」
前代未聞の事態に、シャノンは顔を曇らせる。これまでの経験では、対象は傷が治れば何の問題もなく健康を取り戻し活動を開始していた。
しかし、今のサイガは全ての傷が塞がってなお、その体は強張り活動を拒んでいるのだ。
「そんな、せっかく傷が治ったのに」
サイガの手を握りながら、サイガを挟んでシャノンの反対側に座るセナは悲しみの声を上げる。
「まぁいいさ。傷は塞がっているんだ。じっくり動かしていけばいい」
「ごめんよサイガ。私が無理をさせたから・・・」
「気にするな。おれが望んでやったことだ。セナに責任はない」
「だって・・・」
明るさが消え、セナはしょげる。
「それに、おれはセナにそんな顔をして欲しくないから全力を出したんだ。下を向いていたら台無しだ。顔を上げてくれ」
「うん・・・」
サイガの顔をうかがいながら、セナは顔をあげる。
ゲイルに襲われた一件以来、サイガとセナの距離は縮まっていて、お互いの気持ちを素直な言葉で伝えるようになっていた。
ここでシャノンが立ち上がった。
「セナさん、今は経過観察が必要みたいだから、少し看病してあげてもらえるかしら?私はミコの様子を見てくるわ」
そう言うと、シャノンはサイガをセナに任せて救護所を出ていった。
◆
一角楼より東、王国を横断する大街道を十人の集団が西進していた。異界人管理局長オーリン・ハークによって出撃を命じられた特務部隊だ。
移動手段は各々で、魔法珠を用いて空を飛ぶもの、自走するもの、スキルで発生させた方法を用いるもの、馬に乗るもの、多種に及ぶ。
「いいかお前ら、一角楼には六姫聖が二人、四凶が二人いる。こいつらは発見次第即座に殺せ」
先頭を自身の足で疾走する隊長の男が、続く九人に行動を指示する。
「あんたはどうすんの?隊長。サイガってヤツを狙ってんだろ?」
隊長の少し後ろを馬で進む人物が訪ねた。全身がマントで隠れ、人物の詳細はわからない。
「ああ、俺はサイガをいただく。残りの連中は好きにしろ」
「民間人はどうするのさ?一角楼なんて商人や旅人だらけだろ?巻き込んじゃうよ」
「それなら僕がフィールドを作るよ。君達が思いっきり暴れてもだれも巻き込まない、とびっきり強力なやつをね」
「そう、なら頼りにしてるよ。全力出せるなら、一人でみんな殺っちゃおうかな。ふふふ」
不気味な異界人は不敵な笑い声を上げた。
一角楼に新たな脅威が迫りつつあった。
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