第151話 「語られる胸中。国王テンペリオスの愛の心」(ストーリー)
ルゼリオ王国、中央都市グランドルよりやや西に位置する一角楼の地で、異界人のサイガが怒り刃で悪漢のゲイルを成敗したのと同じ日、首都フォレスの王城にある王の間では、人払いをした国王テンペリオスが、玉座に座し、ただ一人で虚空を見つめていた。
その目にはわずかに光が宿っていた。数日前、幹部達と開いた会議の際には見られなかった光だった。
「・・・・・・四凶はおるか?」
人払いをし、無人のはずの傍らに王は問いかけた。
声は日の差さない闇に呑まれたが、そこに人影がゆるりと現れた。
「ここにおりますじゃ」
人影が応えた。
国王テンペリオス直属の戦士、四凶は、常に一人は王と共にありその身を守護する。アールケーワイルド、シズクヴィオレッタが一角楼に出向き、ジョンブルジョンが自室で養生をする今、王の傍らを守るのは最後の一人、最も高齢にして、最も熟達した戦士、『老練たるソウカクサタンコール』だった。
「・・・ソウカクか」
「はい。陛下、本日は具合が良いようですな」
「うむ、めずらしく、頭がさえておる。して、余はどれほど狂っておった?」
「約七日間ほど・・・」
「そうか。これまでで最長だな。そろそろ余も限界か・・・」
「・・・・・・」
国王テンペリオスはここ数年、正気ではなかった。
何者かに精神を攻撃、侵食され続けており、この数年間、正常と異常の狭間を幾度となく彷徨っているのだ。先日の会議においての、四凶ジョンブルジョンに対する凶行も、その異常な精神の最中の行動だったのだ。
「して、七日間の間に何があったか教えてくれぬか?仔細に至るまで綿密にな」
「はっ」
ソウカクサタンコールは語った。主な内容は、先日の会議での発言と行動で、この七日間で最も重要な内容だった。
「そうか、ジョンブルジョンには悪いことをしたな」
「そこは構いませんじゃろうて。あやつも戦士、あの程度は屁でもありませんでしょう」
「ふふ、そうだな。しかし、十億の懸賞金か。いくら意識がないとはいえ、とんでもないことを言いおるな。余は」
テンペリオスは空を見上げ、むなしく笑った。その言葉どおり、発言の記憶が全くなかったのだ。
「ソウカクよ、ペンと紙を用意してくれ。余からの最後の命を託す」
「は。・・・」
覚悟を決めた顔で、ソウカクサタンコールは一旦姿を消し、数分でまた現れた。その手にはペンと紙、封のための蝋が握られていた。
ペンと紙を受け取ると、テンペリオスは文章をしたためる。そして封筒に入れ蝋で封をすると、ソウカクサタンコールへと託した。
「これは、余からシフォンへ送る最後の言葉になる。必ず届けてくれ」
「はい、この命に代えましても。おまかせくだされ」
ソウカクサタンコールは王からの手紙を恭しく受け取った。
「しかし、だれであろうな・・・余の命を狙うものは・・・?」
「事情を知る者の間では、陛下の症状は異界人の特殊能力だと言われております。そして異界人とくれば、出てくるのは実質、異界人を統べる立場の・・・」
「オーリン・・・か」
「噂では。そして、ワシもそうおもっておりますじゃ。さらに裏では極秘に確保した異界人を数多く従えているとか」
「あやつも、異界人に魅了され、憑かれたか・・・」
テンペリオスは再び空を見つめ、深いため息をついた。
◆
今より二十年ほど前、ルゼリオ王国ではじめて異界人が確認された。
その異界人は特殊能力を持ち高い戦闘能力を誇り、国内を荒らしまわり、たった一人で討伐に現れた王国軍千人を相手取って数日間戦い続けた。
この時、テンペリオスはその強大な力の虜となり、国家繁栄のためと称して異界人を保護の名目で欺き、拘束しその私兵とした。
そしてその動きを察知した当時の内務長官ロルフを更迭し、ハーヴェの村に封じた。
この時のテンペリオスは、間違いなく国にあだなす愚王だった。
それから十年の後、ルゼリオ王国は異界人の知識、技術、科学により、これまでの魔法だけではない新たな形で発展を遂げた。その功労者の一人が現在の科学技術開発局長を勤めるドクター・ウィルだ。
更に数年後、搾取した技術で国が発展を続ける中で、国王に諫言をするものが現れた。現在の四凶の一人、ソウカクサタンコールだ。
ソウカクサタンコールは異界人の血肉の上に成り立つ発展を間違ったものと諭し、あるべき成り立ちでの発展に従うべきと語った。
その言葉に、かつて人徳の王と呼ばれたテンペリオスは、心の内にわずかに残った善の心に感銘を受け、十年以上の時をかけて歪めてしまった内政を立て直すことを誓った。
しかしこの時、ルゼリオ王国は、力におぼれていたテンペリオスが推し進めた軍拡計画を受け持っていた軍事統括局長ハンニバルの忠誠心から来る働きにより、軍内には領土拡大に向けた戦争推進派が発足しており、王宮内は王の急な方針転換に戦争賛成派と反対派に内部分裂。
反対派は温和な性格の王女シフォンを擁立し、国王と真っ向から対立する形になった。
このことに危機を覚えたテンペリオスは、国の南東に新たな都市を築き、そこに遷都して身を移し、あえて袂を分かつことで内乱を抑えていたのだ。
◆
そして現在。
王女シフォンが中央都市に封じられ、内政の殆どを受け持ち国民に対する顔となったのは、その身がいつ果てようとも国民がシフォンを受け入れる土台を作るためだった。
しかしそれも、テンペリオスが正気を保てていればであり、現在の精神状態にあっては国家転覆を狙う逆臣の暗躍を食い止めることは絶望的だった。
国王テンペリオスは、精神への攻撃で自身が崩壊してしまう前に、その想いを忠臣である四凶と愛娘であるシフォンに託したのだ。
「オーリンはどれほどの戦力、冒険者達を隠し持っているのか、わからんか?」
「それはちと難しいですな。ワシら四凶は諜報は苦手としとりますからな」
テンペリオスの問いに、ソウカクサタンコールは苦々しい顔で答えた。無念がにじみ出ている。
「ならばその役目、私にお任せください」
暗闇から別の声が聞こえた。
テンペリオスとソウカクサタンコールが同時に声のほうを向く。ソウカクサタンコールにいたっては、瞬時に必殺の構えをとっていた。
「ほっほっほ、落ち着いてください。盗み聞きしたのはお詫びいたします。ですが、亡国の危機とあっては、愛国者の私としては一大事ですからね」
闇の中、一人の男が浮き上がるように静かに姿を現した。それは、国家諜報員のギネーヴだった。
「きさま、ギネーヴ。いつからそこにおった!?」
ソウカクサタンコールが威嚇の気を発する。
そのあまりの圧に、ギネーヴは一瞬眩暈を覚えた。
「む、ソウカク、少しおさえよ。おぬしの圧は今の余には響く」
「し、失敬。ご容赦ください」
テンペリオスに制され、ソウカクサタンコールは気を鎮めた。
「して、ギネーヴよ、おぬし何をするつもりだ?」
「私の本業、諜報をさせていただきます。私の隠行の技術を用いれば、謀反に関わる者の三親等まで全て洗い出してご覧に入れます。あとは、煮るなり焼くなり、お好きなように・・・」
テンペリオスの質問に、ギネーヴは薄気味悪い笑いを浮かべた。
「相変わらず気色の悪い男じゃのう。しかし、その腕が確かなのはワシも知るところじゃ・・・。陛下、いかがなさいますか?」
「よかろう。ギネーヴよ、そちに謀反人の調査を命ずる。で、何日かかる?」
「早ければ明日にでも」
「そうか。朗報を期待しているぞ」
「かしこまりました」
そういうと、ギネーヴは闇の中に溶けるように消えた。
「では陛下、ワシはジョンブルジョンとすぐにでも発ちます」
「うむ、頼りにしているぞ。この国の未来、おぬしたちの働きにかかっておる」
「過分な言葉、もったいのうございます。では、行ってまいります」
王の間を出ると、ソウカクサタンコールはジョンブルジョンの自室へと向かった。
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