第146話 「冷血なる策略。発動、血に染まった魔法陣」(ストーリー)
リシャクの唾液で固められた十人の中級冒険者の山の上に、アールケーワイルドによって新たにレグオンが積まれ、一段高さを増す。
一仕事終え、額の汗をぬぐうアールケーワイルドのもとにシズクヴィオレッタが後ろから歩み寄ってきた。
「ちょっと、あんた。なに遊んでんの?あの程度の冒険者、一発で終わらせられたやろ?」
刀の柄で脇腹を突きつつ、シズクヴィオレッタは尋ねる。その語気にはわずかに怒りが含まれる。
「いやすまん、すまん。こいつらの中じゃ、一番楽しめそうだったんでな。思わず手加減して遊んじまった」
苦笑いをしながら理由を述べるアールケーワイルド。そこにシャノン・ブルーも近づいてきた。
「あなたもいたのね。四凶が二人で何の用件かしら?」
「何言ってる、大体察しはついてんだろ?お前のツレ、サイガを殺すためさ」
本心を隠すことなく、アールケーワイルドは言ってのけた。その顔はいまだに苦笑いのままだ。
強い殺意を見せようとその心中に乱れはない。平常心のまま任務をこなすその意思の表れなのだ。
味方だと思っていた男の真意に、セナが身構えた。鉄鞭を握る手に力が入る。
「サイガを殺すだって?一体どういうつもりだい?」
「どういうもなにもあらへん、そういうことや。うちら四凶は陛下の忠実な臣下。その陛下のご命令や」
シズクヴィオレッタがセナと対峙して見据えてきた。その声には強い殺気が含まれている。
四凶二人の気の圧に、セナは体が強張る。
戦い直後の後始末のため、各員があわただしく動き回っているため、国の裏側の情勢の縮図の光景を悟られることはないが、この数人の間には一触即発の空気が漂っていた。
「物騒な話だな。ようやく一段落着いたんだ。今はこの暇を堪能したらどうだ?」
夜の闇の奥から声が聞こえた。サイガの声だった。後ろに馬を引き連れ、更にその後ろにソリに乗せた謎の物体を引きずっていた。氷の塊に閉じ込められたゲイルだった。
全員の視線が一点に集まる。
セナが一番に駆け寄ってきて声を上げた。
「サイガ、あんた血だらけじゃないか!大丈夫かい?は、はやく手当てしなきゃ・・・」
怪我を負って血を流すサイガという、見慣れない姿にセナは狼狽する。子供のように取り乱し、目には涙が浮かんでいた。
「大丈夫。なれない戦いで、少し手こずっただけだ。心配するな」
落ち着かせるように、穏やかな口調と表情でサイガはセナの頭に手を置いた。
「う、うん・・・」
「心配なら傷は私が癒すわ。安心して」
セナの横からシャノンが声をかけた。その言葉に甘え、サイガはその場に腰を下ろし回復魔法を受ける。
隣には見守るようにセナが座った。
「おぅ、お前さんがサイガか。なるほど、いい面構えだ。そして・・・強いな」
傷を癒すサイガに、アールケーワイルドが歩みよって声をかけた。
「おれを知っているのか?何者だ?」
「俺は人呼んで『人情一路のアールケーワイルド』。以前、お前さんが戦ったジョンブルジョンの同僚といえばわかるだろ?」
「ジョンブルジョン・・・四凶か。何の目的だ?」
アールケーワイルドの正体に、当然の疑問をサイガは口にする。
「陛下の命であんたを殺しにきとんのや」
「そういうことだ。ま、今は敵が同じせいで、共闘する形にはなったがな」
サイガの質問に、後ろから近づいてきたシズクヴィオレッタが答え、アールケーワイルドが事情を語った。
「それで?ここでやるつもりか?」
「まさか。ここでは民の目があるんでな、一旦引く。後日、正面からやらせてもらうぜ」
大きく口を開け白い歯を見せて、アールケーワイルドは豪快に笑った。
宣戦布告でありながら豪放磊落に言い放つ様は、爽快感すらあった。
「そんでうちはシズクヴィオレッタや、よろしゅう。ま、そういうことやから、ほな、また会おな。楽しみにしてるで」
前かがみになり、顔を近づけ小さく手を振りながらシズクヴィオレッタが自己紹介をする。
「ちょ、ちょっと近いよ。離れなよ!」
鼻と鼻が触れ合いそうなほどの距離に、セナはあせって言葉を間に飛ばす。
「ふふ、安心し、手ぇ出したりせぇへんて」
あせるセナをからかうように、シズクヴィオレッタは笑った。
◆
緑のツインテールを揺らしながら、蠱毒の主リシャクは、雪だるまのような姿にされ動きを封じられたゲイルをからかうように凝視していた。
「むが、もごごごご!」
ものめずらしく覗き込んでくる少女に苛立ち、猿轡で口を塞がれたままリシャクへと怒鳴る。「見世物じゃねぇぞ!」と威嚇をしているのだ。
「ぐご、ぐ、ぐぐ、ごごごご、もがぐぐぐ!ぐぐ!」
ひたすらにゲイルは何かを伝えようとしてもがき続けるが、全く理解が出来ない。にっちもさっちも行かない状況に、リシャクは徐々に苛立ちを募らせる。
「うう~~~?・・・おい、サイガ!こいつなにか言ってるけど、この口のやつ外していいか?」
もどかしさに耐えかねたリシャクが大声で尋ねてきた。
回復を終えたサイガがセナとエィカを連れてゲイルの前に立つ。
「そうだな。こいつには聞かねばならないことがたくさんある。セナ、エィカ。ティルと一角楼のギルド長を連れてきてくれ」
「ティル?だれだいそれ?」
「この冒険者の集団を連れてきた若い男がいただろう」
「ああ、あの情けないボウヤか。あいつ、ティルって言うんだね」
騒動の中で、セナはティルのことをすっかり忘却していた。
当のティルは少し離れたテントの中で休んでいる。セナはティル、エィカはギルド長を呼びにその場を離れた。
「ほら、外してやったぞ。何が言いたいんだ。言ってみろ?」
二人を見送ったサイガが振り向くと、そこには既に猿轡を外されたゲイルの姿があった。リシャクがティルとギルド長の到着を待たずに、手をカマキリの鎌に変え斬り捨てたのだ。
「お、おい!リシャク、何を勝手な・・・」
少しはなれたところから、サイガは声を上げた。
「へへ・・・ありがとうよ、ガキ。これで奥の手が使えるぜ」
「なに!?」
『奥の手』ゲイルがそう言ったのをサイガは聞き逃さなかった。一瞬で、悪寒が全身を駆け巡る。
開口一番、ゲイルは言葉と同時に口からあるものを吐き出していた。魔法珠だ。それが、更にサイガの悪い予感を促進させる。ゲイルは胃の中に魔法珠を隠し持っていたのだ。
「いかん!口を塞げ!それを使わせるな!」
サイガの叫びを尻目に、ゲイルは魔法珠を真上に吐き出した。その力は強く、数メートル上空に舞い上がる。
「遅ぇよバカ!テメェら出て来い!作戦実行だ!」
ゲイルが大声を張り上げ、何者かに呼びかけた。
それを合図に、広場を囲むように九人のローブを纏った人物が姿を現した。九人が同時に右手に魔法珠を持ち天に掲げる。
空中の魔法珠から光が迸り、ローブの人物の魔法珠と魔法の線を結ぶ。
「さあ覚悟しな、ここからが本番だぞ!」
ゲイルの叫びとともに魔法珠が発動した。
空中の魔法珠を中心として、乳白色の五角形と鈍色の四角形の二つの魔方陣が広場に展開された。
同時に、一角楼側全ての人物、関係者達を強烈な脱力感が襲う。
サイガはこの脱力感に覚えがあった。先ほどまで体を侵されていた『身体弱化』の補助魔法だ。
「ま、まさか・・・これは・・・さっきの魔法か?」
脱力感により片膝を着き、身動きでない状態で弱化魔法の予想を口に出すサイガ。その様子を見てゲイルが笑う。
「正解だ。これが俺の奥の手、『大規模魔方陣 五芒血界陣』。さらに身体強化と弱化の二重発動だ!」
身体強化と弱化の同時発動。そのため、魔方陣の色は乳白色と鈍色の二種類が発動していた。
「おおおおりゃああ!」
ゲイルが力を込めると、体を封じ込めていた氷の檻が砕け散った。
五芒血界陣の身体強化の効果は、ゲイルをはじめとする黒狼軍冒険者達の身体能力を十倍にまで強化していた。
強化に対して弱化もまたその効果は十分の一。双方の戦力差は平常時と比べ、約百倍となっていた。
「おら、お前ら、いつまで寝てやがる。さっさと起きろ!いまなら、その程度の拘束、何てことねぇだろ!」
解放されたゲイルに叱責され、気を失っていた冒険者達が目を覚ます。
漲る力でリシャクの唾液の檻を破壊し、次々と体を解放させていく。
解放された一人の魔道士がレグオンに回復魔法を施す。
配下達の復活を見届けたゲイルが、サイガの前に歩み寄ってきた。見下す目がいやらしく笑う。
「助かったぜ、全員一箇所に集まってくれたおかげで、漏らすことなく形勢逆転が出来た。十億の懸賞首に六姫聖と四凶が二人。どれほどの手柄になるか、予想がつかねぇ」
剣を手に取り、下卑た笑いを浮かべながら、ゲイルは剣を舐める。
圧倒的な戦力差となった敵の剣がサイガの首にあてがわれた。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
サイガの隣にしゃがみこむセナ
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