第144話 「四凶舞う。豪快なアールケーワイルド、優美なシズクヴィオレッタ」(バトル)
「どおおおおりゃああああああ!」
野太い声の咆哮を辺りに響かせながら地面を蹴ると、アールケーワイルドはその暑苦しい肉体を宙に飛び上がらせた。
「と、跳んだ?」
対峙するレグオンは思わず驚愕の声を上げた。それも当然で、アールケーワイルドの跳躍は魔法や装置を用いずにゆうに五メートルを越えていたのだ。
「チェストォオオオオオオ!」
呆然として上空を見るレグオンに向けて、アールケーワイルドは警棒を振り下ろした。
「はっ!し、しまった!」
迫る命の危機に、レグオンは我に返った。手に持った槍を頭上に水平に構え、防御の体勢をとる。
直後、警棒と槍が激しい金属音を立てて衝突した。
上空五メートルからの体重と引力を利用した警棒の一撃は、熟達した中級冒険者レグオンの腕から槍を叩き落した。そのあまりの威力で、槍は地面に横向きにめり込み、腕を痺れさせた。
「どっせぇえええい!」
着地後、間をおかず、気合とともにアールケーワイルドは横蹴りを放つ。
レグオンは防御を試みる。が、腕の痺れは永く、さらには肩までに達し、その動きを妨げた。その結果、蹴りは直接レグオンの胸を叩く。
「ぐ、ぐぁ、あ、ぐふっ!」
激痛による叫びを上げようとするも、蹴りで胸が圧迫されたレグオンは濁った音の空気を口から漏らすのみだった。
「お?少し後ろにさがって緩和したか。さすがの身のこなしだな」
レグオンの瞬時の対応力に、アールケーワイルドは蹴りの衝撃でずれたズボンを直しながら感心した。
「まぁ、あの程度の攻撃で倒れられたんじゃ、四凶が出張る意味がないからな。そうら、まだまだいくぞ!」
大股で無造作にアールケーワイルドは距離を詰める。ガニ股の歩き方は素人丸出しだった。
更に無造作に、握り締めた拳を振りかぶった。戦い慣れした中級冒険者になど、決して当たるとは思えないぐらいの大げさな振りかぶりで、そのまま拳を繰り出した。
当然、レグオンは拳を避けた。腕の痺れと胸の痛みは残っているが、足を巧みに動かし、顔を左右に振って狙いを乱す。
「なめるなよ。そんな愚鈍な攻撃当たるものか。おい、魔道士、俺を回復しろ!」
攻撃を躱しつつ、レグオンは配下の魔道士に指示を出す。
「おいおい、仲間からの回復ありかよ?ずるいぞ」
「何時俺が、一対一の決闘などと言った?お前が勝手に始めただけだ!」
レグオンの言い分はもっともだ。これは決して決闘ではなく、奪うか奪われるかの略奪者との闘争。勝てばよかろうの状況なのだ。
「かぁーっ!浪漫がねぇなぁ。お前も男だったらよ、傷つこうが骨が折れようが、お構い無しに一対一で正面から殴りあうことが華だとは思わねぇのか?」
「なんだそれは?くだらん、俺たちが望むのは金。あとは欲を満たすことだけだ。そのためには手段は選ばん。決闘ごっこは一人でやっていろ」
そういい捨てると、レグオンは後方の配下の冒険者から新たな槍を受け取る。腕の痺れと胸の痛みは魔法で治っていた。
「ちっ、仕切りなおしか。しゃあねぇ、魔法でおっつかねぇぐらい、ボコボコにするしかねぇか」
アールケーワイルドは拳を鳴らした。
「お前ら、あいつを囲め。一斉攻撃を仕掛ければ四凶といえど殺せるはずだ。いけ!」
左手を上げ、配下の冒険者達に指示を出すレグオン。だが、返事がない。普段なら間髪いれずに返事が返ってくる忠実な配下達が無反応だったのだ。
「おい、どうした?返事をしろ!」
レグオンは後方の配下を睨む。しかし、そこで目にしたのは、両断され、自ら作った血の池に横たわる冒険者達の死体だった。
「な・・・!こ、この一瞬で死んだだと?一体何が起こった・・・!?」
あまりの急激な状況の変化に、レグオンは困惑した。前方のアールケーワイルドへの警戒を続けつつも周囲を見渡す。わずかに目を離した間に、配下は十人以上殺されていたのだ。
「おい、遅いぞ。なにしてたんだ?」
「そない怒らんでもええやろ。ねんねしとる猫娘を、宿に送ってきとったんや。かんにんしてや」
呆れた顔のアールケーワイルドの視線の先、レグオンを挟んで反対側に、藤色の着物を纏い銀色に輝く日本刀を握る艶やかな女がいた。シズクヴィオレッタだ。冒険者達を両断したのは彼女の静海一刀流の流麗な刀技だった。
「雑魚に手間取っとるようやね。露は払ったるから、はよ終わらせてや」
そう言うと、シズクヴィオレッタは左に半歩踏み込んで、最小限の手の動きで下から上へ刀を振りぬいた。
静海一刀流刀技『逆流し』(さかながし)により、身構えていた冒険者が下から縦に両断された。
「ひ、ひぇ・・・」
断末魔を言い終わる前に冒険者は絶命した。
「て、てめぇ・・・」
「殺す!」
仲間の死を受けて、二人の冒険者が左右から挟撃を仕掛けた。シズクヴィオレッタの刀は今だ技の終わりのまま、天を向く。
再びシズクヴィオレッタの足が動いた。踏み出していた左足を内側にひねり、落としこむ力の流れを発生させると、その流れに従い腰を回転させ、曲線を描きながら刀を振り下ろした。
その動きに力強さはない。ただ流れのまま、足の動き、力の流れに身を任せ、刀を敵へと導く。
緩やかな曲線を描きながら降下する刀は、まず右の冒険者の頭を右から入り切断した。頭部を通過した刀はさらに曲線を描くと再び冒険者の体に左肩から侵入し、右脇腹から抜け出た。あまりにも鮮やかに、当然のように刀は人体を切断した。
右の冒険者から飛び出た刀は、さらに曲線を描きながら下から上へ流れる。
刀は左の冒険者の左頚動脈を切断。そして止まることなく人体を進み、頚椎に到達したところでシズクヴィオレッタは膝から力を抜き、抜いた分わずかに重心を落とし、冒険者の前面を縦に裂いて人間を開きに下ろした。
静海一刀流刀技『龍の子遊び』(たつのこあそび)。地上に戯れに舞い降りた子龍が踊りまわる御伽噺を模した技だ。
「な・・・なんだと・・・あんな小さな動きで人間を両断するとは・・・あれが四凶『粛々たる死の風シズクヴィオレッタ』か!?」
レグオンは驚愕した。いくら相手が格下である中級冒険者とはいえ、人間を、紙をハサミで切るかのごとく軽々と殺傷してのけるのだ。
しかもその所作は、人の命を奪っておきながら上品ささえ感じさせるものだった。そのことが、一層、恐怖心を煽った。
「おうおう、相変わらず鮮やかなもんだ。しかも汗もかかず、返り血もあびてねぇ」
「なにしてんの、見入っとらんで早よ終わらしぃや」
「おうよ。任せな!んじゃあ、さっさと終わらせるか!」
気合を入れなおすと、アールケーワイルドは両袖をまくった。
対して、レグオンも槍を持ち直し命に向かって狙いを定めた。
◆
一角楼麓の広場で冒険者達が乱闘に突入する少し前の頃、南の地で死闘を繰り広げていたサイガとゲイルの戦いに大きな変化が起こっていた。
『身体強化』と『身体弱化』の二つの補助魔法を封じた魔法珠の力により、弱体化したサイガと強化されたゲイルという、圧倒的不利な状況だったにもかかわらず、サイガとゲイルの負傷は五分のものとなっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・く、くそっ、一体どうなってやがる?俺とあいつは魔法の効果で戦力に圧倒的差があるはず・・・なぜ、なぜ俺がおされている・・・?」
サイガの技により全身から血を流しながら、ゲイルは事態が飲み込めずにいた。
当初、身体弱化の魔法により身体能力が低下したサイガはゲイルの攻撃に対応できずに一方的にその攻撃を浴びていた。しかし、時が進み、何合か刃を交えるうちに、己の攻撃が防がれ、サイガの攻撃を受けるようになってきていたのだ。刀による傷が増えるにつれ、ゲイルの苛立ちは積み重なっていた。
「おい、てめぇ!何をしやがった?なぜ俺と互角に戦える?どういうことだ!?」
怒りが頂点に達し、ついにゲイルは怒鳴った。圧倒的優位であるはずの状況での互角の状態は、あまりにも耐えがたかったのだ。
ゲイルの正面。右手に逆手の忍者刀。左手に氷の魔法珠の魔法剣。二刀による攻防一体のサイガが構えを解かずに答えた。
「おれにはいくつか、戦闘に際しての状態がある。一つは、これまでの経験を体の赴くままに無意識に繰り出す状態『無』。そしてその『無』を意識をもって制御し、戦闘力を最大に引き出す『律』。ひたすらに相手を破壊するための『蹂』。まだあるが、そういう具合に、時と場合によって状態を使い分けている」
「?状態を使い分ける?なにを言ってやがる?」とゲイルは心中で悪態をついたが、とりあえず話を聞き続けた。
「そして、今のおれは、『律』の状態を発動させている。『律』は本能のままに動く体を制御する。それを利用し、身体弱化の魔法で生じた意識と肉体の感覚のズレを調節した」
「なんだと?ということは、今お前は・・・」
「先ほどまで下の下だった状態が、下の上になっている。といったところだな」
サイガが告げる『律』の効果を、ゲイルは説明されるまでもなく既に実感していた。しかし、あえて口に出されて知らされることにより、最も辛い現実と直面した。
「げ、下の上だと?俺は、身体強化をしてるんだぞ。それが下の上と同じだってのか?互角だってのか!?」
「受け入れがたいだろうが、事実だ。全身の傷がその証拠だ。強化と弱化の魔法は脅威だったが、積み上げた経験と技術の差は埋まらなかったようだな」
衝撃を受けるゲイルの心を、サイガの言葉の刃は容赦なく斬り付ける。
残酷な現実に、ゲイルの意識が一瞬切れた。そして、その一瞬が勝敗を決めた。
途切れた意識の合間に、サイガはゲイルの眼前まで迫っていた。
「な、いつの間に?馬鹿な、弱化の魔法下で、そんな速度は・・・」
「肉体が弱っているなら、魔法を使うまでだ」
「ま、魔法!?」
サイガの急接近のからくりは、その足元にあった。サイガは氷の魔法珠を装着した魔法剣を踏みつけていた。そして、その魔法剣の下の地面は氷魔法によって凍らされていた。
サイガは地面を凍らせることにより、スノーボードの要領で滑走、急接近したのだ。
「くそ!なめるな!」
急接近を許したとはいえ、ゲイルの身体は魔法によって強化されている。戸惑いながらも、何とか反応し、剣を振り下ろした。しかし、それをサイガは待っていた。
迫るサイガの頭部を狙うゲイルの剣。
サイガは一瞬停止して鼻先を通過させる。
降下する切っ先、そして、その先には右手に握る忍者刀の柄が待ち構えていた。
地中に杭を打ち込むように、ゲイルの剣がサイガの刀を下方に打ち込んだ。そして、刀の先には魔法剣、魔法珠がある。
忍者刀の切っ先が魔法珠を割った。途端に、魔法珠に封じられていた魔法が暴走し、解き放たれた。そしてその向かう先はゲイルだった。
ゲイルは大量の魔法を体に浴び、一瞬で氷付けにされた。が、幸か不幸か、首から上は魔法を免れた。首から下が氷に包まれたその姿は雪だるまのようだった。
「狙い通りに剣を振り下ろしてくれたな。おかげで、魔法珠を砕くことが出来た。今のおれの力では、傷をつけるのもかなわなかったからな」
「て、てめぇ、俺を利用して、俺を封じたのか・・・」
「そういうことだ。道具の便利さにおぼれて、創意工夫を怠ったようだな」
「ちくしょう・・・」
ゲイルは怨嗟の言葉を吐きながら地面に転がった。
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