第142話 「輝く魔法珠。熟練冒険者の巧妙なる戦術」(バトル)
氷の魔法剣によって凍らされ、砕かれた蛇たちが塵となり、風に乗って冷気とともに夜空に消えた。後に残されたのはサイガとゲイルだけだった。
「魔法剣を触媒に氷魔法を広範囲で発動させ、冷気に弱い蛇を一網打尽にした。ってことか。器用な使い方しやがるな」
「師匠が優秀なものでな。様々な用途の発想を与えてもらったよ」
ゲイルからの褒め言葉を、サイガは睨みあったまま受け止めた。
「そうか、なんとなく思ってたが、てめぇ異界人だな。その見慣れねぇ服も戦い方も合点がいくぜ」
異界人は、最初の存在が確認されて以降、一般社会においては都市伝説のように語られているが、冒険者や政府関係者の間においては実在することは常識となっていた。
王国政府は積極的に人材を収集し、冒険者はその仕事柄、非日常の物事と関わる機会が多い。長年冒険者を続けるゲイルはこれまで幾度も異界人と遭遇していたのだ。
「異界人なら、魔法珠なんて知りもしねぇだろうに、なかなかいい感じに使いこなしてんじゃねぇか」
手を叩きながら陽気に笑い飛ばすと、ゲイルは懐に手を伸ばした。魔法珠を取り出す。色は鈍色。サイガの知らない色だ。
「そんじゃあ、俺も使わせてもらうとするか。魔法珠の有効な使い方ってのを教えてやるぜ」
「ほう、では一つご教授願おうか。精々、失望させないでくれ」
「ぬかせや、ガキが!」
挑発の言葉を交わすと、二人は臨戦の緊張感を高めた。
ゲイルは手にした魔法珠を装着した。しかしその先は、剣ではなく、首に下げられたネックレスだ。
装着された魔法珠の色、鈍色が示す魔法は補助魔法。ゲイルは魔法珠を攻撃ではなく強化に利用していた。しかし、そのことをサイガは知らない。
「教えてやるぜ、授業その一、身体強化だ!」
毒蛇ゲイルが叫びながら前進した。
自らに施した強化を敵に報せるという行為は愚行に他ならないが、それはゲイルの攻撃において障害とはならなかった。なぜなら、魔法珠によって施された身体強化の効果は凄まじく、ゲイルは自身の発した声を追い越した。音速を凌駕したのだ。
迂闊だった。向かい合う敵、ゲイルが口を開き何か言葉を発した瞬間、音もなく当人が急接近してきたのだ。正面からの奇襲にサイガは不意を突かれ、右肩への剣の突きを許した。
「くっ・・・!」
咄嗟に身を翻し、深手を回避したサイガ。傷口を手で押さえ、前方に跳んでゲイルと距離をとる。
「マジかよ、こいつを避けやがった。とんでもねぇ反応速度だな。一応、音速超えてるんだぜ?」
サイガを通過し着地するゲイル。振り向くと剣を振って血を払った。
「こいつは上級冒険者でも一撃でカタがつく技なんだがな。やっぱりてめぇ、かなりの使い手だな。だったら・・・もう一度だ!」
再びゲイルは前進した。
またしても音速を超えた突きだったが、その攻撃にサイガは完全に対応した。左手に持ち替えた忍者刀で突きを受け、切っ先を左方向に逸らし、さらにゲイルの動きにあわせて体を進行方向に回転させ、攻撃をかわした。
だが、サイガの対応は回避だけに終わらない。避けると同時にゲイルの脇腹に神速の一撃を浴びせていたのだ。
サイガを通過したところで、斬撃による影響から逃れきれずにゲイルは片膝をついた。追撃を恐れ、振り返りもせずに更に前進して距離をとった。そこでようやく振り返り、サイガを睨む。手で押さえる脇腹からは血が滴っていた。
「あまり単純な攻撃方法は繰り返すものじゃないぞ。仕掛けと動きがばれていては、あとは呼吸さえ読めれば対応は可能だ」
「て、てめぇ・・・まさかさっきの一撃で俺の動きを見切ったってのか?」
「一度目と予備動作が同じだったのでな。いくら身体が強化されたとはいえ、染み付いたクセが消えるわけじゃない。そこの意識を変えない限り、せっかくの身体強化も宝の持ち腐れだ」
今度は、サイガが刀についた血を、払って散らした。二人の額には汗が浮きあがっていた。
「おい、レグオン!見てんだろ、作戦変更だ!こいつは俺が抑えておく、ティルはお前が始末しろ!」
ゲイルが夜の闇に向かって叫んだ。
直後、闇の中にある騎馬の影が動いた。頷くような仕草を見せると、二人のいる場所を迂回して多数の馬蹄の音を引き連れながら一角楼建屋に向かっていった。
影の正体は、黒狼軍副団長のレグオンであり、その後ろに続くのは黒狼軍主戦力の中級冒険者約百人の軍勢だ。
ゲイルはティル率いる下級冒険者集団の先鋒隊を野党に仕立て上げ、それを討つ事で自作自演の撃退劇を繰り広げようとしていたが、サイガ一行と六姫聖の存在がそれを頓挫させた。
作戦の変更を余儀なくされたゲイルは、副官のレグオンに部下を引率させ、作戦を強行するよう指示したのだ。
「まだこれだけの数がいたのか?いかん、多勢に無勢すぎる!待て!」
北に向かう馬群を追いかけようと、サイガが駆け出したが、ゲイルの剣が目の前を走りその動きを制した。
「おいおい、行かせるわけねぇだろ。お前の相手は俺だよ」
「邪魔だ!お前の相手は後でしてや・・・!?」
立ちはだかるゲイルを斬り伏せるために、サイガが必殺の一撃を放とうと一歩踏み込んだところに、鈍色の魔法珠が投げ込まれた。
一瞬、レグオンに意識を移したことで生じた隙を、ゲイルは見逃さなかったのだ。
魔法珠がサイガの胸の前で爆ぜた。発動した魔法の暗い不気味な光がサイガを包んだ。
補助魔法は攻撃魔法と違い、物理の防御が通用しない。魔法のみがその効果を阻害できるのだが、魔力を一切持たないサイガはその効果を正面から受けた。
「しまった!一体、何の魔法だ?」
魔法の正体を探るために、全身を動作させ影響を探る。
しかしそこに、ゲイルの剣が振られた。左右の袈裟斬り。斬撃はサイガの胸に交差した傷を刻んだ。
補助魔法によって力と速度が強化された、ゲイルの二度にわたる斬撃は、サイガの体を後方に吹き飛ばした。
吹き飛ばされながらも、着地のためにサイガは足を後方に伸ばした。が、足に力が入らず、地についた瞬間に勢いに負けて膝を曲げてしまった。サイガは仰向けに倒れ、この世界に来て初めて地面に背をつけた。
「な、なんだ・・・体が鈍い・・・力が入らない!」
サイガの体には明らかに魔法による異変が生じていた。
使用された魔法は『身体弱化』。ゲイルの使用した身体強化と完全に相対する性質の魔法だ。サイガは急激に低下した身体機能と感覚に生じた違和によって、体の制御を見失ってしまったのだ。
片膝を着き、体を震わせながら、サイガは立ち上がった。だが、斬撃の影響で呼吸は乱れている。
「へっへっへ、どうだい、授業その二『弱体化魔法』の威力は?意識ははっきりしてんのに、体の動きが鈍って、なかなかオツな気分だろ?」
体が重い。ゲイルの言うとおり、判断力や思考力に影響はない。だが、かえってそれが弱体化した体と噛み合わず、通常の対応を行おうとすると、先行する意識と遅行する体の差分の隙が生じる。
そして、ゲイルはそれを見逃さない。
フェイントを仕掛け、あせったサイガがそれに誘われる。
意識と肉体の乖離の距離は、そのまま隙の大きさに直結する。ゲイルの蛇の動きの剣は、無数の斬撃を体に刻み込む。
サイガの忍び装束は特殊な繊維で編まれた特別製であり、そのおかげでサイガは致命傷を免れることが出来た。だが、鈍い体に容赦なく浴びせられる斬撃、刺突の連撃は、これまでにない傷をサイガに負わせていった。
「ひひ・・・いい姿になったな。せめてもの情けだ。失血なんてしまらねぇ死より、俺の一撃で終わらせてやるぜ」
血にまみれた剣を舐めながら、ゲイルは蛇のような舌を動かした。
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