第141話 「襲いくる毒蛇の牙。覇王の剣は雷で抗う」(バトル)
黒狼軍軍団長ゲイル。通称『毒蛇のゲイル』は中級冒険者だが、長年の冒険者活動による魔物や冒険者狩りによって、まっとうではないが確実な技術を身につけ、その実力は上級のそれに匹敵する。
さらに剣の腕に併せて、飼いならした蛇を体の一部のように操ることにより、相対する者の意識外からの攻撃を可能とする。
剣の技術と蛇を用いた弄技。この二つが一致した瞬間、ゲイルの戦力は上級を遥かに超えサイガに並んでいた。
技術のみならず、ゲイルの剣は特殊な金属を用いて作成されている。柄に込める力や切込みの角度で、その刃の形状を自在に変化させるのだ。突けば先端はレイピアのように伸び、横に振ればショーテルのように大きく弧を描き側面を攻める。その動きは蛇を連想させる。
技術、武器、蛇と三つの要素が入り混じり、ゲイルの攻撃はサイガを一方的に責め続けていた。
「む、不思議な動きをする剣だな。まるで魔法だ」
ゲイルの猛攻を、サイガは退がりながら捌く。その間も、剣の扱いと体の動きへの観察を怠らない。休むことのない矢継ぎ早の攻撃の間に活路を見出そうとしているのだ。
「見えた。ここだ!」
数度のゲイルの突きを捌いたところで、サイガは反撃に転じた。
これまでの踏み込みの速度と距離から、追撃も反撃もできない体の限界の位置を見切り、決定的となる一撃を誘うと、その動きの終わりにあわせて、懐に飛び込むように前に出たのだ。
「甘ぇぞ、十億!」
反撃に転じたサイガを、ゲイルは下卑た笑いで迎えた。同時に、それ以上動きようがなかったはずの剣の切っ先が、サイガに向かって伸びて大きく口を開き牙を剥いた。
「何!?」
変化した剣の姿に虚をつかれ、たまらずサイガは一歩距離をとった。
それはサイガの見間違いや、比喩の類いでもない。実際に牙を剥いていた。剣にはゲイルの袖から出た蛇が腕を伝って巻き付いていたのだ。
「俺の武器は剣だけじゃねぇ!気を付けろよ、こいつは猛毒を持つ!少しでも噛まれたらあの世行きだぜ!」
「忠告感謝する。だが、その心配はない」
「なんだと?」
サイガの返事に眉をひそめるゲイル。次の瞬間、剣に巻き付いていた蛇の首が地に落ちた。続いて体も力なく剣からすり抜け落ちる。
「死んでは毒は扱えん」
「な、あの一瞬で斬ったのか?」
不意を突かれながらも攻撃を回避し、さらには反撃を成功させるサイガの技術に、ゲイルは汗が顔を伝うのを感じた。強者と相対した際に流す、緊張感と危機感が入り交じった悪い汗だ。
「どうやら、出せるものは全部出さねぇと勝ち目はねぇようだな」
認識を改めたゲイルは土をサイガに向かって蹴りあげた。
小細工を意に介さず土を払い除けたが、一瞬だけサイガの視界が遮られた。
その一瞬で何かを仕込んだことは明白だった。
「へ、蛇だ。今、土を払う隙に、裾から出てきた蛇が数匹、影に消えていった」
ゲイルの出方をうかがうサイガに、ティルが伝えた。
視界を遮ったのは、蛇の動向を隠すためだったのだ。
「ちっ、バラしやがって、面白くねぇ」
狙いを露呈されたゲイルは、軽く口笛をならした。すると、道端に置かれたキャラバン隊の荷物の影からの匹の蛇が姿を表した。どちらも鮮やかな極彩色の模様をした分かりやすいほどの毒蛇だった。
「ひ、ひぇえええええ。来るな、来るなぁ!」
後ずさりながら、ティルは必死にバルバロッサを振った。しかし空を斬り、情けない音を鳴らすだけだった。
その間も蛇はにじり寄ってくる。それは、先ほどティルの鼻先を舐めた蛇だった。
「こ、こいつ、また僕を・・・くそぅ、馬鹿にしやがって・・・」
蛇に獲物扱いされたことに、さすがのティルも怒りを見せる。が、そんなことで剣の腕が上達するはずもなく、相変わらず狙いは定まらない。
「わぁあああああ、やっぱり無理だぁあああ」
ティルは再び情けない声をあげた。
『ええい、情けない。少し持ち直したと思えばこれか!ティル、蛇と距離をとれ。私が力を貸してやる』
剣の指示に従い、ティルは蛇から少し離れた。その時バルバロッサには再び青い電撃、カイザーライトニングが迸る。
『いいか、これは私の力のほんの一部だ。お前はゆくゆくは、この全てを自在に使いこなせなければならん。それが私が選んだ主、覇王の姿だ!その事を胸に刻んでおけ!』
説教じみた言葉と共に、バルバロッサから青い電撃が放たれた。それはこれまでのものより数段威力が強く、二匹の蛇を感電死させた。肉を焼く匂いが立ち込める。
「青い雷?なんだあの剣は?魔法剣とは違うようだが・・・」
視界の端で電撃をとらえたサイガが心で呟く。バルバロッサの放つ電撃は、明らかに魔法とは異質なものなのだ。
「きみ、こいつは俺が引き受ける。きみはおれの仲間に今の事態を伝えてくれ!」
「な、仲間って急に言われても、顔も知らないのに・・・」
「六姫聖だ!」
「え?」
「六姫聖のシャノン・ブルーとミコ・ミコ!この二人だ!会ったことはなくても、顔と名前は知っているだろう!?」
「ろ、六姫聖が仲間って、あなた何者・・・」
「そんなことは今はどうでもいい!」
『そんなことは今はどうでもいい!』
あまりに場の流れを読まない質問に、サイガとバルバロッサは同時に怒鳴った。ティルは肩をすくめる。
「とにかく、この二人のどちらかでも捕まえて事情を説明しろ。一角楼の冒険者ギルドへの協力要請も通りやすいはずだ!」
「わ、わかりました!」
「その際はおれのことを伝えて名前を出せ!」
「は、はい。で、あなた、名前は・・・?」
「サイガだ!」
サイガは臆することなく名乗った。
「その名前って・・・ええ!?じゅ、十億の賞金首?」
ティルは大声を張り上げた。ゲイルはこらえていたが、本来これが、冒険者がサイガを見た際の正しい反応なのだ。
「わかったら行け!親玉がここにいるということは、まだ何かたくらみがある。備えを急がせるんだ!」
「は、はいい!わかりましたぁ!」
サイガに一喝され、ティルは背筋を正して立ち上がる。すぐに後ろを向き、一角楼に走り出した。
学生上がりの新米兵士のようなティルの振る舞いに、バルバロッサは深いため息をついた。
夜の闇の中にティルの後姿が消えていく。
ゲイルは追撃を狙ったが、間に絶妙にサイガ割り込み攻撃を遮る。
「けぇぇ、嫌なところに立ちやがる!悪党の考えが良くわかってるじゃねぇか!さてはお前、同業だな!」
蛇の道は蛇。サイガはゲイルが、ゲイルはサイガの動きや狙いを良く理解していた。その分、お互いの隠し持った奥の手が勝敗を分けることになる。
まずはゲイルが仕掛けた。先ほど配した蛇たちに合図を送ると、サイガの死角から攻撃を仕掛けさせる。
まずは足元、後退のために踏み出した一歩に、三匹の蛇が這いよってきた。当然揃って猛毒を持つ毒蛇だ。
「やらせるか!」
近づく蛇に向けて、サイガは掌を向ける。三本のクナイが飛び出し、三つの頭を地面に縫いつけた。ゲイルの剣技に比べれば、蛇の動きは緩慢で迎撃は容易だった。
「ほらほら、目をはなすな!」
一瞬、足元の蛇に気をとられたサイガに、ゲイルの悪辣な攻撃が飛ぶ。
突き出された剣の切っ先から、液体が飛び出した。
サイガは咄嗟に、左の手甲で液体を受けた。
途端に金属製の手甲が音を立てて融解した。サイガは即座に手を振り、手甲を捨てた。
「毒を飛ばすのか。面白い剣だな」
「だろう?蛇の牙にある毒液の注入機構を参考に作った剣だ。斬撃や刺突を避けても毒液が追撃し命を奪う。大抵のやつはこれで殺せる。初見で避けられたのは始めてだ。これだから同業はやりにくいぜ」
「不意を突く。は、おれたちの常道だからな」
「そうだよなぁ、正面から毒液飛ばしてもかからねぇよなぁ・・・だったらよ、全方位ならどうだ!?」
ゲイルが剣を掲げた。それを受けてサイガの周囲にあらゆる場所から無数の蛇が這い出してきた。
「な、なんだと?まだこれだけの数が・・・」
その蛇の数はあまりにも多く、サイガの周りの地面を埋め尽くしていた。ゲイルの蛇は、服下に忍ばせた数匹だけではなく、連れ歩く数十匹がその配下として動くのだ。
「やれ、おまえら、一斉に毒液を浴びせてやれ!」
地上だけではなく、木の枝の上、露店の軒、屋根の上でまで、蛇が毒腺をサイガに向ける。
「くたばれやぁああああ!」
ゲイルが号令を発した。
毒蛇の口から毒液が飛び出す直前、サイガは魔法剣を抜き、そこに氷魔法の魔法珠をはめ込んだ。刃全体に氷魔法が行き渡る。
「はっ、魔法剣ごとき、なにができる!こいつらを一気に相手に出来るってのか?」
勝利を確信しているゲイルはサイガの行動を笑い飛ばす。だが、サイガは動じない。
「出来るさ」
「なにぃ?」
サイガが魔法剣を地面に突きたてた。魔法珠が強い光を発し、氷魔法を追加発動させる。
魔法剣を中心に、地面と空気が一気に冷え、一気に白んだ。氷が空間を埋め尽くし、一瞬で全ての蛇を凍らせる。
「な、なんだと・・・俺の蛇たちが・・・一瞬で?なんだ、それは?」
「おれは最近まで優秀な師と肩を並べて戦っていた。おかげで色々学ばせてもらい、氷と炎に関しては幅広い運用が可能でな。これもその成果さ」
優秀な師とは勿論、六姫聖の魔炎メイ・カルナックと美の化身ナル・ユリシーズだ。
魔法剣を地面から抜くと、凍りついた全ての蛇が砕け散った。
「さて、蛇使いが蛇を失ったな。次はどう出る?」
二刀を構え、サイガは不敵に笑った。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
氷の魔法剣を発動させるサイガ
カイザーライトニングを纏うバルバロッサとティル
剣を抜くゲイル
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!