第140話 「サイガ対ゲイル。腹を探り合う熟練者達」(ストーリー)
剣を突きつけながら見下すゲイルと、剣を突きつけられながら見上げるティル。二人は同時に、声をかけた男の方へと顔を向けた。ゲイルは左にティルは右の闇に目を凝らす。
男の顔は夜の闇に隠れていた。首から下は月光に照らされ黒い装束であることは確認できるが、上は何一つ認識することが出来ない。
ゲイルは後悔した。バルバロッサに気をとられティルを葬る機を失してしまい、謎の男の介入を許してしまったのだ。
人知れずティルを瞬殺して即座に立ち去る。それだけで一角楼襲撃の証言者という証拠を隠滅できるはずだったのだが、目撃者を生んでしまったのだ。
しかし、後悔の中にあっても熟練冒険者のゲイルは冷静さを保つ。これまでの冒険者としての経験をたどり、状況の打開策を探っていた。
「冒険者の方ですか?私も冒険者です。こいつは賊共の頭目で、私が無力化したところです。逮捕に手を貸していただけますか?」
ゲイルは善良な冒険者を装い、精一杯無害な人間を演じた。
「な!?なにを・・・くっ!」
流れるようにゲイルの口から吐き出される虚言を、ティルは遮ろうと口を開くが、切っ先が鼻先を突いて黙らせる。
「黙れ悪党!罪のないキャラバン隊を襲いやがって!本当ならここで斬り殺してやっても良かったんだぞ。取調べの間でも、わずかに生き延びさせてもらえるだけ感謝しろよ!」
「ぐ・・・!」
一方的な物言いに、能天気なティルもさすがに怒りを露にする。その様子を、サイガは黙って見ていた。
「では、この男はおれが拘束して仲間に引き渡そう。しかるべき場で裁いてくれるはずだ」
懐から化学繊維の紐を取り出しながら、サイガは二人に近づく。ここで、その顔が月光にさらされ、ゲイルはサイガを認識した。
この数日間、ゲイルがもっとも見た顔、まるで恋焦がれるように何度も手配書を眺め、賞金額とともに目に焼き付けたその顔。
『史上最高額十億の賞金首サイガ』が目の前に現れた。ゲイルの心は驚きと悦びで激しく踊りだしそうになったが、自制心でをそれを食い止める。
「助かります。ちょうど、人手が欲しかったところです」
極力冷静に、あくまで賊を討つという目的だけに行動する善良な冒険者。ゲイルはそれを意識して言葉を選ぶ。
だが、ここで一つ、サイガの振る舞いに気がかりな部分がある。刀を右手に握ったままなのだ。サイガは協力を申し出ながらも、警戒心を解いていなかったのだ。
「こいつ、俺を疑ってやがるのか?」
ゲイルは心の中で呟いた。
元の世界で最強の忍だったサイガは、多くの戦闘や任務経験を持つ。そのなかで、サイガはプロとしていくつかの特殊能力を身につけていた。その能力の一つ『勘』が告げていた。「この光景は何かがおかしい」と。
剣を突きつける中年の熟練冒険者と突きつけられる若輩の賊。
一見すると悪を討つ義賊の光景なのだろうが、立場と力がかみ合っていなかった。そのため、サイガは二人に近づきつつも納刀せずにいたのだ。
さらに言えば、ゲイルの対応にも違和感があった。あまりにも冷静なのだ。
サイガは懸賞金史上最高額十億の賞金首。冒険者ギルドの報酬で生計を立てているはずの冒険者がギルドの手配書に載った顔、それも破格な賞金首の顔を知らないはずはない。顔を見た一番の反応に、目の色を変えてサイガの名を叫ぶ事だって考えらえれる。ゲイルはあまりにも普通なのだ。
「・・・一つよろしいですか?」
「なんでしょう?」
歩み寄ったところで、サイガはゲイルに尋ねた。
とぼけた態度を貫くゲイルは、サイガの次の一手を警戒して言葉を待つ。その顔と体には緊張感が満たされていた。
「そこの青年が賊の頭目とおっしゃいましたが、そんな優男で、さらに敵を前に腰を抜かすような者が果たして本当に、数十人の賊を束ねる頭目でしょうか?」
「何をおっしゃりたいのですか?」
「どこかに嘘があるのではないのでしょうか?そう考えられます」
「嘘、というと、例えば?」
「そうですね、例えば・・・」
一瞬、サイガはゲイルからティルに視線を移し一瞥した。
「実は彼は頭目なんかではなく、なにかの謀に利用され、口封じに殺されそうになってるとか」
「ははは、それは面白い冗談だ」
ゲイルの目は笑っていない。笑い声も乾いている。
二人のやり取りを見て、ティルは肝が冷えていた。言葉を交しているが、この二人は互いを全く信用していないのだ。言葉と雰囲気から、それがひしひしと伝わってきた。
『ティル、なにをやっている。ゲイルの気がそぞろになっている。もう一度『カイザーライトニング』を放つ、その隙に離脱しろ!』
「か、カイザーライトニング?なに、それ?」
『さっきの青い電撃だ!いちいち聞くな、なんとなくわかるだろう!』
いくら混乱の最中にあるとはいえ、ここまで抜けているかと、バルバロッサの口調は強くなる。
覇王剣バルバロッサは、その名に恥じぬ性能を誇る。
炎、雷、光の三属性の攻撃方法を備え、柄を握る主次第では歴史に名を残す英雄に匹敵するほどの力を与える。正に、覇王のための剣なのだ。
その内に備える力の一つ、雷の力、青い電撃『カイザーライトニング』がバルバロッサの切っ先からゲイルに放たれた。またしても一瞬だけの弱い雷だが、向けられていた剣は鼻先から外れた。
すかさずティルは数歩分後ろに下がり、立ち上がると剣を構えた。
「てめぇ、またやりやがったな!死ね!」
二度目の電撃に、ゲイルは激怒した。深く踏み込み、外れた剣をティルの顔に向けて刺突する。
だが、ゲイルの剣は横からの力で大きく右に反れた。
力の正体はサイガの前蹴りだった。サイガはゲイルの刺突の動きにあわせて、剣の側面を蹴ったのだ。
「ぐっ、てめぇ・・・」
腕が痺れるほどのサイガの蹴りの威力に、ゲイルの本性が出た。苦々しい顔で黒い装束の男を睨む。
「随分と過激な捕獲のやり方だな。それでは殺してしまうぞ」
サイガはあえて挑発する言い方をした。標的をティルから己へ移すためだ。
サイガはティルとゲイルの関係を理解しているわけではない。だが、遭遇したときから充満する違和感と、ティルの実力と立場の矛盾。賞金首のサイガに無反応のゲイル。さらにはゲイルが纏う汚れ仕事で手を染め続けた人間特有の空気、サイガと同業の匂いは、その口から発する言葉を鵜呑みにできないものと断じるには、充分な根拠となっていた。
「どうやら、逮捕されるのはお前のようだな。詳しい話を聞かせてもらうぞ」
サイガは忍者刀を構えた。
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