第139話 「下卑たる者の悪しき毒牙。ゲイル、毒蛇と呼ばれる男」(ストーリー)
「お、お前たち、正気になれ!俺の命令を聞け!」
露店通りを荒らし、商人達に凶刃を向ける冒険者達に、ティルは制止を呼びかけるが、その声はむなしく空回る。
黒狼軍の長、ゲイルの命により、一角楼に身を潜める賞金首サイガを討つために襲撃を仕掛けようとしたティル率いる冒険者の一団。
その一団が一角楼南端に到着、一旦待機し、先行部隊からの作戦開始の合図を待つ。そして、当初の段取りとは異なるが開始の照明が点り、露店通りの明かりが消え、いざ作戦決行となったそのとき、冒険者達に異変が起こった。
気性に急激な昂りを見せ、ティルの合図も待たずに武器を手に取ると、一角楼に次々と勝手に突撃を開始したのだ。
急な事態に狼狽したティルだったが、自身の所持する『覇王剣バルバロッサ』に諭され冷静さを保つと、突撃を始めた馬群の前に立ち抑止を試みる。しかし、正気の光が消えた目をした暴徒達は、ティルを弾き飛ばし露店通りに突入した。
そして、現在繰り広げられている現状となった。
『やはりあの酒に何か盛られていたようだな。もし興奮剤の類なら、お前の声はもう届かん。あきらめろ、ティル』
「そ、そんなぁ・・・」
『落ち込むのは後にしておけ、この作戦自体が謀なら、お前が伝えられた情報の『キャラバン隊が賞金首サイガ一党の偽装』というのも偽りと考えるのが妥当だ。正気のお前は商人達を逃がすことを優先に考えろ』
「わかったよ。でも、なにをすれば・・・」
『ええい、情けない!少しぐらい考えろ!・・・まぁいい、とりあえず冒険者ギルドに泣きついて助けてもらうしかあるまい。この騒動だ、ギルドでも対応に動き始めているだろう』
バルバロッサの指示を受け、ティルは馬首を北へと向けた。
「ティル、これはどういうことだ?なにがあった?」
聞きなれた声が投げつけられ、ティルは動きを止めた。その脳裏にはある人物の顔が浮かんでいた。黒狼軍の長、ゲイルだ。
振り向いたティルの目に映ったのは正に、馬にまたがり剣を握るゲイルだった。
先発隊に続いて到着する予定だった本隊、それを指揮する団長のゲイル。その姿が侵攻開始間もない一角楼にあった。
予定外のゲイルの登場にティルは安堵した。不安な心中は一気に落ち着きを取り戻す。
「だ、団長!来てくださったんですね!やったぁ!」
『・・・・・・』
喜びを露にするティルに対し、バルバロッサは沈黙する。出立の際、酒を薦めたのがゲイルなのだ。バルバロッサは疑っていた。
「団長、大変なんです。みんなが急におかしくなって・・・」
動転していたティルは、不可解な行動に出た。馬を反転させると、ゲイルへと近づいたのだ。混乱の中で、ティルは興奮剤の盛られた酒の出所を見失っていた。
『馬鹿者!そいつに近づくな!この騒動、そいつの差し金だ!』
迂闊な持ち主に対し、バルバロッサは怒鳴った。
「え?」
覇王剣の一喝に思わずティルは手綱を引いて馬を止める。それと同時に、首の前を刃が横に走った。あと一歩進んでいれば首を斬られていた位置だ。
空振りの風を首に受け、ティルは悲鳴を上げて馬から転げ落ちた。土ぼこりの中、あわてて体勢を立て直し、尻もちをついたまま馬上のゲイルを見上げる。
「な、なにを・・・団長・・・え?え?」
混乱と狼狽で言葉もままならない。バルバロッサを放したティルの手、足は震え、次の行動が出来ずにいた。
『なにをしている!早く私を拾え!死ぬぞ!』
更にバルバロッサは怒鳴る。ティルはゲイルから目を離せないまま、右手でバルバロッサを探る。
「ちっ、外したか。しかしおかしな動きしやがったな、誰かに呼ばれたみたいに止まりやがった」
覇王剣バルバロッサの声は、バルバロッサが意図しない限りティル以外に聞こえることはない。そのため、ティルはしばしば不可解な反応をするのだ。
「地べたじゃ剣が届かねぇな。まぁいい、だったらこいつで始末をつけるか」
そういうとゲイルは左手を差し出した。すると、袖の奥から細長く滑らかに動く管が現れた。ティルが目を凝らして見ると、それは一匹の毒蛇だった。ゲイルは衣服の下に蛇を隠し、利用する戦法を得意としている。そのため、それを知るものたちからは『毒蛇のゲイル』と呼ばれているのだ。
よく飼いならされた従順な蛇が、舌を出し、音を鳴らしながら顔をティルに近づける。明らかに人間を獲物として見ていた。
「ひ・・・ひ・・・ひ・・・た、たすけ・・・」
震えた涙声を発しながら、ティルは後ずさる。その姿には自身の夢見る勇猛さはない。
『ティル!なにをしている!そんな蛇ごときに怯えるな!さっさと斬って捨てろ!』
バルバロッサが必死に呼びかけるが、混乱するティルの耳には届かない。
蛇の舌がティルの鼻先を舐めた。恐怖が最高潮に達し、絶叫を上げる。
叫んだ拍子に手が後方に伸び、バルバロッサの柄に触れた。即座に掴みなおす。
しかし掴んだはいいものの、震え続ける手では剣は不恰好な金属音を奏でる。
『ええい、いたしかたない!消耗が激しくなるが、使うしかないか!』
ティルに迫る命の危機に業を煮やし、バルバロッサが力を解放した。王冠を模した柄から、青色の電撃を一瞬放ったのだ。
電撃を浴びた蛇は、短く鳴いてゲイルの袖に逃げ込んだ。突発的な発動とバルバロッサのおかれた環境から、電撃は命を奪うほどの威力はなかったのだ。
「ぬぁ!何だ、青い稲妻?ティル?いや、違うな。その剣が使ったのか?いったいなんだ、その剣は?」
下級冒険者であり、明らかな未熟者のティルがこの状況下で魔法を使いこなすほどの実力がないことは明白。ゲイルのたどり着いた答えは必然的に『覇王剣バルバロッサ』に向く。
剣の正体を探るため、ゲイルは馬から下りた。ティルの眼前に切っ先を突きつけ、動きを封じる。
「動くなよ。勝てないのは知ってるだろ?」
言われずとも、ティルは動けなかった。恐怖はいまだに全身を縛っていたのだ。
「おい、その剣はなんだ?魔法剣でもない剣が、電撃を放つなんて聞いたことがねぇ。お前ごときヒヨッコがなんでそんなものを持ってやがる?」
ここで、ゲイルは手を誤った。
そもそもゲイルが一角楼に現れたのは、当初の予定通り、ティル率いる先鋒隊を野党の一団に仕立て上げ、皆殺しするつもりだった。そのため、百人に上る中級冒険者の部下を率い、先鋒隊を追って一角楼に入っていたのだ。
しかしそこで見たのは、薬を盛られたはずのティルが狼狽しているところだった。
ゲイルはたまらずティルに近づくと、自らの手で始末をつけようとしたが、主の能天気に反して警戒心の塊だったバルバロッサにその狙いを阻まれたのだ。
このゲイルとバルバロッサの邂逅がティルの運命を分けた。
ゲイルの興味は電撃を放つ剣、バルバロッサに釘付けとなり、ティルから情報を聞き出すためその死を先延ばしにした。
そして、その先延ばしにされた数秒で事態が一変した。
「動くな!」
強い一声。その声でゲイルは思わず動きを止めた。声の主はサイガだった。
露店通りを駆け回り、横暴の限りを尽くす賊を無力化していたサイガは、ゲイルとティルが向き合うこの事態に遭遇したのだ。ゲイルにとっては最悪の事態となった。
ゲイルとティルは体を硬直させ、顔を、割って入った男に向けた。
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