第138話 「無限大の愛?シャノンの魔法は癒しの輝き」(ストーリー)
飢えた冒険者達が互いを喰らいあい、命を落としたのを見届け、シャノンは左手から放っていた魔法を解除した。
「なんや今の?あんた、人間同士を共食いさせたんか?え、げ、つ、なぁあ!さすが黒聖母言われるだけあるなぁ」
眼前で繰り広げられた地獄絵図のような光景に、シズクヴィオレッタは思わず驚嘆と感嘆の声を漏らした。
「ちょ、ちょっとやりすぎちゃったかしら?ミコが傷ついてるの見たら、頭に血がのぼっちゃって・・・」
「そんでこの始末かいな。はぁ、落ち着いてるおもてたんやけど、けっこう燃えとったんやな。・・・あんただけは怒らせんようにしとくわ」
二人は共に苦笑いをした。
「に、にゃああ・・・しゃ、シャノン、来てくれたんだな・・・」
優しい回復魔法の光に傷を癒され、意識を取り戻したミコが、シャノンを見つけ安堵の声を漏らした。
「ええ、そうよ。傷ももう治してあるから、安心して眠りなさい」
シャノンはミコの頭を撫でて睡眠を促す。
回復魔法は損傷を治すことはできるが、失った血液を補うことはできない。そのため、今のミコを完治させるためには、休息が必要なのだ。
「わ、わかった。シャノンが言うなら私は少し寝る‥。だけど、クレアも助、け、て」
「あなたが守った娘ね。大丈夫よその娘も治してあるから。命に別状はないわ」
「にゃあ、よかっ、た‥」
クレアの無事を知り、安心したミコは穏やかな顔で眠りについた。
シャノンはミコの頭をまた一撫ですると、ミコとクレアを並べて寝かせた。
「頭が下がりすぎて苦しそうね。なにか、枕代わりになるものは・・・」
二人の頭を固定させようと、シャノンは周囲を見渡した。だが、手ごろのなものは見つからない。
「みゃおう」
「きゃっ!え?ね、猫?」
シャノンが二人の扱いに手をこまねいていると、背後で猫が鳴いた。驚いて猫のほうを見る。そこでシャノンは更に驚いた。最初の猫に続き、数十匹の猫が至るところから姿を表し始めたのだ。
「え、な、なに?なに?」
猫たちはミコとクレアの周りに集まると、まるで毛布のように二人を包んだ。
さらに、一匹ずつ頭の下に潜り込むと枕がわりに頭を支え、八匹の猫は冷えやすい手足を一匹ずつで包んだ。
多数の猫達によって作られた猫の布団。その柔らかさと暖かさで、ミコとクレアは傷ついた後でありながら、穏やかな顔で安眠に落ちた。
「なんやこれ、猫が布団作ってくれたんか?はぁぁ・・・ええなぁ・・・」
夢のような光景に、シズクヴィオレッタは目を輝かせる。ギンジの扱いといい、シズクヴィオレッタは猫好きなのだ。
「そんならうちもご相伴にあずからせてもろても・・・」
羨望の眼差しで目を潤ませながら、シズクヴィオレッタは猫の布団に手を差し出した。しかし。
「シャアーーー!」
一匹の猫が威嚇して手を引っ掻いた。
シズクヴィオレッタは思わず手を引っ込める。
「んもぅ、いけずぅ」
冷たくあしらわれても、シズクヴィオレッタは嬉しそうな反応を見せた。猫好き特有の反応だった。
「ねぇ、行く先が決まっていないなら、私達の護衛をお願いできない?」
「?どういうこと?あんた、護衛なんて必要なん?」
シャノンの申し出に、シズクヴィオレッタは当然問う。
「普段はいらないわね。でも、これからやろうとしてることを実行すると、無防備をさらすことになるから、私たちを守ってほしいの」
「六姫聖のあんたが守りを捨てて集中せなあかんなんて、大事やね。なにするん?」
行われるであろう事の重大さに、シズクヴィオレッタは興味を示した。
「賊の被害者を一人一人探す余裕はないわ。だから、一角楼全域の人間を対象に、一斉に保護、回復魔法を行使するわ」
「い、一角楼全域って、あんた、ここの広さなんぼや思てんの?」
「直径で約三キロね。だから、無防備になるくらい集中する必要があるのよ。お願い、これが成功すれば、全員を一度に救うことが出来るわ」
「一度に全員?なんなんそれ?禁術やあるまいし、そないな規模でなんて・・・」
「私なら出来るわ。だから信じて、私を守って!」
疑いの目を向けるシズクヴィオレッタを、シャノンは真っ直ぐな瞳で見つめ返した。そこには決意の光と炎が宿っていた。
強い瞳で見つめ返され、シズクヴィオレッタは思わずたじろいだ。だが、その強い意思を感じ取ると、刀を抜いてシャノンに背を向けた。
「しゃあないな。そない言うなら、しっかりやってや。三人まとめて守ったるわ」
「あ、ありがとう」
シャノンの礼をシズクヴィオレッタは背中で受ける。
「お礼はいらんわ。せやけど、一個だけ条件付けさせてもらうわ」
「じょ、条件?な、なに?」
「賊共を片付けおわったら、そこの猫娘に頼んで、うちも猫布団で寝かせてもらうで」
穏やかな顔で安眠するミコを指し、シズクヴィオレッタは要求を述べた。
意外な頼みに、今度はシャノンがたじろぐ。
「わ、わかったわ。聞いてみる」
「聞いてみるやない。絶対やで!」
これに関しては、シズクヴィオレッタは譲る気配は一切見せなかった。
女神をあしらった銀の杖を、シャノンは地に突き立てた。
杖の先から、網目状の大量の魔法の線が高速で走り出す。魔法の網は瞬く間に一角楼の敷地の端から端に行き届いた。
『細網の報』。多くの対象に無差別に情報を伝達する補助魔法だが、敵味方の区別を行えないため、今回のような敵味方が入り乱れた混戦状態には適さない魔法だ。
細網の報を通じて、シャノンが一角楼全域に語りだした。その対象は網に触れる全ての生命だ。
「みなさん、私の声が聞こえますか?私は、王女シフォン・マ・ルゼリオに仕える六姫聖のシャノン・ブルーです。みなさんご存知の通り、現在一角楼は賊の侵攻により混乱の最中にあります。そのため、多くの怪我人が発生し、対応が後手に回っているのが現状です。ですので、私はこれより、皆様に同時に回復と保護の魔法を施します。この魔法の効果を得たい方は、これより十秒内に両膝を着き、胸の前で手を組み祈りの姿勢をとるか、怪我人の方は地に伏してください。この魔法は、以上の方々を対象に発動します。それでは参ります十、九、八・・・」
秒読みが始まった。
一角楼のいたるところで、民間人や商人達が指示の通りの祈りの姿勢をとり始める。
「三、二、一・・・『献身の籠』」
秒読みが終わり、細網の報をたどって献身の籠が祈りの姿勢をとる人々に発動した。
格子状の魔力がその体を覆い、下級から中級冒険者程度の攻撃なら遮断する籠を作り出した。
続いて、籠の中に白い光が灯る。
籠に続き、細網をたどって回復魔法『癒しの光』が注がれる。魔法の程度は初級だが、シャノンの魔力がその効能を中級から上級に引き上げる。
一角楼全ての傷ついた商人達は、シャノンの無差別回復魔法によって全員が一命を取り留めた。シャノンは救助活動の一切をその場を動くことなくやり遂げて見せた。
「なんなんあんた?ほんまにたった一人で全ての人間を救ったっていうんか?無茶苦茶やん」
規格外の規模を誇るシャノンの補助魔法。その成果を目の当たりにして、シズクヴィオレッタは素直に感心し、同時にやはり六姫聖は油断ならない敵であることを再認識させられた。
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