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第13話 「血」(バトル)

「お、おい、お前ら何してる、おれを助けろ!なんのための護衛だ!」

 一瞬で訪れた仲間の死に呆然としていた護衛たちが、領主の命令で我に返り受け剣を抜いた。

 今回は自身の意思で、四人の護衛が二人の間に割って入った。四人がそろって剣を構え、その目はセナを捕らえる。

 おそらく、絶命をした一人を含め、この護衛たちは正規の訓練を受けた兵士ではないのだろう。四人の動きは統率がとれておらず、一人が飛び出してセナに斬りかかった。先ほどのセナの攻撃を知るのなら、包囲や連携などを用いるべきなのだが、一切の戦法を呼べる動きを見せないのだ。

 乱暴に振り下ろされた刃がセナの頭部に迫る。だが、その程度の命の危機は今のセナにとって障害ではない。

 セナは傍に止められていた荷車を掴むと、山積みにされた荷物と共に軽々と持ち上げ一気に振り払った。

 多量の収穫高を誇るハーヴェの村の荷車は一般のそれより大きい。荷車の一撃は斬りかかった護衛もろとも、身構えたままの三人を巻き込んで、吹き飛ばした。おそらく骨が砕けたのだろう、大小さまざまな乾いた鈍い音が聞こえてきた。

 数メートル離れた場所に、手足をあらぬ方向にくねらせた四人が落ちた。絶命は免れたようだが、それも時間の問題だろう。

 セナが荷車を片手で大きく掲げた。領主を圧殺するために狙いを定める。


「女、あまり調子にのらんことだな」

 制するような落ち着いた声を発しながら、今度は二人の間に剣を抜いた護衛の男が割って入った。これまで、動きを見せずに静観していた男だ。

 男はあきらかに別格だった。装着する鎧はそれまで五人が同じ造りなのに対し、男の鎧にはわずかではあるが装飾が施されている。そして、手に持つ剣もそれまでの粗製濫造ではなく、よく手入れされて切れ味を連想させる。だがそんな情報は田舎娘であり、兵士の格を知らないセナにとっては意味をなさない。新たな雑兵の出現程度にしか思わなかった。

「邪魔するな!どけ!」

 怒りにまかせてセナが荷車を振り下ろした。

 超重量の一撃が二人を無惨な肉塊へと変えると、セナは確信していた。が、それはセナだけだった。

 振り下ろされた荷車の一撃は、下から上へと振り抜かれた護衛の斬撃によって荷台を上下に両断され不意に終わった。周囲には荷台から放たれた収穫物が舞い上がる。

 斬撃の衝撃はすさまじく、セナは荷車の残骸を握ったまま腕が上方へ押し返された。さらに衝撃は上半身を伝い、セナの均衡を崩す。

「くっ・・・うっ」

 体の中で暴れまわる衝撃に、セナが唸り声をあげる。常人なら気絶するほどの衝撃だろう。だがセナの力の加護がその効果を発揮し、意識を保たせ、体を硬直させてその場にとどまらせた。しかし、それが主にとって災いした。

 セナが足を止めた場所。そこは護衛の男の剣が届く絶好の位置だったのだ。セナの目に、大きく剣を振りかぶる男の姿が映る。その顔は怒りでも哀れみでもなく、ただ職務を遂行する軍人の顔だった。

「死ね」

 護衛の男の静かな殺意に、セナはこの時、初めて死を意識した。

 いまだに舞い落ちてくる収穫物らを気にも留めず、護衛の男は剣を振り下ろした。必殺の間合いだ。


 セナの命の危機に、サイガがサーラの亡骸を地面に安置し、セナに向かって飛び出し手を伸ばした。

 殺意の斬撃と救命の手が先を争ってセナに迫る。

 一瞬早くサイガの指がセナの襟に届き、その体を引き寄せようと力を込める。わずかにセナの体が後退した。

 直後に刃が銀色の弧を描きセナの胸部を斜めに通過し、そこにはセナの裂かれた衣服が舞う。

 衆目の視線が一点に注がれる。生か死かその行く末を見守っているのだ。

 サイガがセナの体を抱え、刃が通過した箇所に手を当てた。その一瞬後、当てられた手を押しのけるように真紅の飛沫が噴出し、サイガ、護衛の男、領主を赤く染める。そこにいる誰もが確信する、致死量の出血だった。

「いやぁあああああ!」

 再び村人達の悲鳴と嘆きの声が中央広場に響いた。

 サイガが傷口を圧迫した。しかし、広範囲の傷口は止まることなく血を流し続け、ついには命の終わりを告げるように枯渇した。

「セナ、死ぬな!セナぁあああああ!」

 サイガが絶叫した。サイガらしからぬ取り乱した姿だ。それだけにそこにいる全員がセナの死という現実を思い知らされる。


「へへ、よくやったゼスタ。さすが高い金をとるだけの腕だ」

 ゼスタと呼ばれた護衛の男が静かに剣を鞘に収めた。領主の傍らに立ち、護衛の任を続行する。

「わかったかお前ら、この地でおれに逆らうということは、こういうことだ!よく肝に銘じておくことだな!」

 衣服についた土を払い、顔の血をぬぐいながら領主は高らかに宣言した。

 脅迫以外のなにものでもない、あまりに受け入れがたい言葉だが、村人達は黙るしかなかった。

「おい村長、おれはもう帰るぞ。そこに転がってる役立たずを片付けておけ。今回の責任は追って知らせる、覚悟しておけよ!」

 うめき声を上げる護衛たちを一瞥しながら吐き捨てると、領主は護衛の男、ゼスタと共に背を向けた。

 サーラの亡骸を抱えながらうつむく村長に返事をする気力はなかったが、その返事を待たずに領主は去っていった。


 領主が村を去ってから数分の間をおいて、村長がサーラをサイガがセナの亡骸を抱えてセナの家へと向かった。

 その日の夕方、二人の火葬が行われた。ハーヴェの村では命は地から生まれ地に還るという土着の信仰がある。そのため死体は焼かれ、灰は地にまかれて自然の一部へと還すのだ。

 葬儀には村中の全ての人が集まり、その突如として訪れた理不尽な死に、怒りと悲しみで震えた。

 この日、ハーヴェの村から、ささやかな幸せを望む一組の家族の命が失われた。

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