第134話 「襲来、狂気の集団。奮闘せよ猫戦士」(ストーリー)
心を改め成長を実感したことで、ミコは浮かれていた。それがかつてないほどの油断を招いていた。
平素のミコなら、遠方であろうが視界の外であろうが、その異常と言えるほどの敏感な本能によって、あらゆる攻撃や意識を察することが出来る。
しかし、心機一転した達成感から、厳重なはずの警戒の網はその目を広げ、易々と殺意の一手の通過を許した。
微笑むミコの顔の横を、何かが高速で通り抜けた。
「!何だ!」
反応が遅れた。と、ミコは思った。そして、思い終わる前に、後方から「きゃっ!」と悲鳴が聞こえた。悪い想像が脳を支配する。
「クレア!」
名を呼びながらミコは振り向く。悪い想像が杞憂であることを願いながら。
結果は最悪だった。クレアの右胸には鉄製の矢が突き刺さっていた。
肺に達しているのは一目でわかった。クレアは状況を理解でぬまま両膝を着き、横に傾いた。
「クレアァ!!」
悲痛な叫びと共にミコは走った。
傾いた頭が地に着く寸前、ミコの手はクレアの頭の下に滑り込み、続いて全身でその身を支える。
「クレア、大丈夫か?」
必死の呼びかけに返事はない。しかし、乱れた息づかいと流れ出る冷たい汗が答えとなった。瀕死の重傷だ。
「クレア、クレア、ダメだ!しっかりしろ!クレアアアアアア!」
ミコの必死の叫びが響く。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
慟哭するミコ
ミコはクレアを抱えたまま矢が飛んできた方向を睨む。そこには二つの騎馬の姿。ティルが率いてきた冒険者達だ。二人はそれぞれボウガンを持つ。
「ヒヒヒヒ、当たった!ガキに命中だ!ヒヒヒヒヒヒッヒヒヒ」
「ち、チクショウ!チクショウ!チクショウ!だだだ・・・だったらオレも、あっちの黒い服のガキをやってやる!あああああ!」
冒険者の二人は正気ではない。出立前に口にした酒に盛られていた興奮剤により、狩猟感覚で人間を手にかけていた。
二人の男の冒険者は、正気ではないが、明らかに人を撃つことを楽しんでいた。そして、その笑い声がミコの怒りに瞬時に火をつけた。
「おまえらぁあああああああ!殺してやるぅうう!」
耳が、尻尾が、全身の毛が、一斉に逆立った。牙も爪もむき出しになり、姿勢が前のめりになる。怒りに任せた暴走の体勢に入った。
「待ちな!嬢ちゃん!」
襲い掛かろうとする正にそのとき、一喝する声でミコは自我を保った。体も急停止し、一歩踏み出した段階で踏みとどまる。
「だ、誰だ!?」
声がした方に振り向く。そこには一匹の猫がいた。
猫は茶虎模様だった。体格は大きく、顔はふてぶてしい。おそらく十年以上生きている、明らかなボス猫だ。全身に刻まれた牙と爪の跡が歴戦の猛者であることを物語る。
猫の名は『ギンジ』。一角楼南地区を縄張りとする野良猫たちの親分で、長毛種のキングノルウェイジャンの中年猫だ。
「嬢ちゃん、落ち着きな。ダチが傷つけられて辛いのは解るが、お前さんがやることは、怒りに任せて暴れることじゃねぇだろ?頭を冷やしな」
「な・・・」
ミコは猫王の娘として過ごした日々の中で猫語を習得している。ギンジはそれを見越してミコに声をかけたのだ。
ギンジの堂々とした物言いに、ミコは思わずたじろぐ。その言葉はまるで、母タマティの言葉のようにミコの心に響く。
「ほら、耳を澄ましてみな、そこいら中から喧騒が聞こえるだろ?どうやら、一角楼に賊が入り込んだ。つまり、敵はそこの二人だけじゃねぇ。嬢ちゃんが怒りに任せて暴れちまったら、誰がこの姉ちゃんを守るんだ?軽率な真似すんじゃねぇよ」
怒りに身を任せようとしたミコを、ボス猫の貫禄で叱り飛ばすギンジ。しかし、その光景は、他者から見れば典型的なドラ猫が典型的な濁ったダミ声で人間を威嚇しているようにしか見えない。
「なんだぁあのガキゃあ、猫と喧嘩してんのか?薄気味悪ぃ」
「ヒヒヒ、かまやしねぇや、まとめて撃ち殺してやろうぜ!」
二人の冒険者が揃ってボウガンに矢を番える。
「しゃらくせぇ真似してんじゃねぇぞ、ジャリが!」
冒険者の動きを察して、ギンジが吼えた。当然、二人にはダミ声の「に゛ゃあ゛!!」にしか聞こえない。
ギンジの声を受けて、二匹の猫が上方から冒険者に襲い掛かった。肩に飛び乗ると、前足で顔面を引っ掻き、ボウガンの弦を断ち切る。
「ぎゃああああ、このクソ猫が!なにしやがる!」
「くそぉおおおお!ボウガンをやりやがった!」
ボウガンの無力化を確認して、二匹の猫は駆け下りる。
二匹の猫の名はクレイジーマンチカンの『タツマル』とオニシンガプーラの『ゴロベェ』。共に、ギンジの跡継ぎ候補として一角楼南に名をとどろかせる野良猫だ。
タツマルとゴロベェは飛び回り、引っ掻き、噛みつき、二人の冒険者をかく乱する。その間に、ギンジはミコに己の考えを伝えた。
「いいか嬢ちゃん、一角楼に入った賊の数はまだわからん。だから嬢ちゃんがここを離れちまえば、別の奴がそこの姉ちゃんを殺しにくるかもしれん」
ギンジは息も絶え絶えなクレアを指す。
「じゃ、じゃあどうすればいい?早くしないと、このままじゃクレアが死んじゃうよ!」
「安心しな、一角楼には冒険者ギルドがある。そこに行きゃあ、回復魔法を扱える冒険者がいるはずだ。すぐにそこに使いを走らせる」
「じゃ、じゃあ、シャノンを呼んでくれ。私の友達の六姫聖のシャノン・ブルーなら回復魔法が得意だ」
「シャノンだな。どんなヤツだ?教えてくれ、オレらはそいつのツラを知らねぇ」
「栗色の長い髪の女で、すごく優しくて、でも怒ると恐くて、それで回復と補助魔法が得意で・・・」
ミコの並べる特徴では、ギンジはシャノンを上手く想像できずにいた。外見の特徴が栗色の長髪だけだったからだ。ミコはシャノンのことが大好きだったが、それは外見ではなく人間性からくるものだったのだ。
「嬢ちゃん、それじゃ解らねぇ。もっと解りやすい特徴はないのか?絶対に間違えようのない、確実な特徴は?」
「お、お、お・・・」
「お?」
「お尻がすごく湿ってる!!」
ミコはためらいつつも、シャノンの一番好きなところを大声で叫んだ。
そもそも一角楼を飛び出した原因がそこにあるために、口に出すことに抵抗があったのだが、使いに出る猫に最も的確に通じる特徴がそこだったのだ。
「よしきた。栗色の長髪の尻の湿った女だな。嬢ちゃん、すぐに呼んできてやるから、この姉ちゃんを死ぬ気で守るぞ!」
ギンジがその大きな体を軽やかに翻し、戦闘体勢に入る。
「おい若ぇの、一角楼から嬢ちゃんの仲間を連れてこい!栗色の髪のケツの湿った、シャノンって女だ!走れぇえええ!」
「にゃああああああああ!」
ギンジの号令を受け、足と鼻に自信のある数匹の猫が一角楼に向かって走り出した。
「よっしゃあ!嬢ちゃん!タツマル!ゴロベェ!賊共を一歩たりとも近づけるんじゃねぇぞ!」
ギンジの喝はミコの脊髄に奮起の稲妻を走らせる。
ミコの四肢に、魔法によって召喚された黒く鋭い爪が装着された。闘気が昂り、尻尾が立ち、毛が逆立った。ミコの人生初の守るための戦いが始まった。
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