第133話 「動き出す謀略の時。ミコよ涙を拭け!」(ストーリー)
一角楼から南、約一キロ地点。暗路の中、北上を続けるティル率いる黒狼軍先鋒隊は、上空に一瞬だけ輝いた僅かな光を認めた。
「おい、ティル!見ろあの光」
「ああ、作戦開始の信号弾だ。だがおかしいな?俺たちの到着を待って始める手はずのって聞いてたんだが・・・」
不意の信号弾の明かりに、色めきだつ先鋒隊の下級冒険者達。だが、隊長を勤めるティルだけは不信感を抱いた。
報せの一つもなく変更された段取りは、おそらく不測の事態が発生した事の結果だろう。ティルはそう考えた。
「みんな、少し止まってくれ。作戦開始のタイミングが計画と違う。一旦様子を見て、出方を考えた方がいい」
馬を止めて手を横に差し出し、ティルが先鋒隊を制する。そこでティルは隊員達の変化に気付いて後方を振り向いた。
「!?どうした、みんな?」
隊員の下級冒険者達の様子は明らかに悪い方に変化していた。
目は血走り、息は荒く、ひたすらに前方ただ一点を凝視し、口からは獣のように涎をたらす。理性が消え去っていた。
「さ、作戦開始だ・・・」
「はぁはぁはぁ・・・殺せ・・・殺せ・・・」
「ひ、ひひひひ・・・」
口々に殺意を含んだ言葉を口にする、ティルを除く冒険者達。その目は既に正気ではなかった。
「そんな、これは一体・・・」
『どうやら、やはりあの酒に興奮剤の類が盛ってあったようだな。ティル、嵌められたぞ。』
「え?それって、何が目的なの?」
『それはまだわからん。だが、ここからは、お前が知らされた計画とは全く違う流れだぞ』
「そ、そんなぁ・・・」
腰に下げられたバルバロッサが現状を把握、分析し、主であり弟子であるティルに伝える。
失望によって弱気な声を漏らすティルの傍らを、騎馬群が駆け抜けた。興奮剤によって、こらえきれなくなった下級冒険者たちが、我先にと獲物を求めだしたのだ。
進行中の黒狼軍先鋒隊と一角楼との距離、約五百メートル。これまでの荒れた路とは違い、残るはルゼリオ王国を東西に走る均された大街道のみ。暴走した下級冒険者たちは、躊躇うことなく一直線に馬を走らせた。
「ま、待て!おまえら、止まれぇえええええ!」
喉が裂けるほど声を上げるも、ティルの絶叫は、暴徒達を制することはかなわなかった。
◆
一角楼の南の地で黒狼軍先鋒隊が暴走を開始する少し前、一角楼下に広がるキャラバン隊露店通りの南部、東西の大街道沿い近くの空き地に設けられた建材置き場の片隅で奇妙な光景が繰り広げられていた。多くの建材が積まれた空き地に、雄、雌、老若とありとあらゆる世代と種類の、数十匹の猫が集合していたのだ。町が眠りに向かう夜のため、人目を引くことはないが、その光景はあまりに異様だった。
集合した猫の群れの中央、積み上げられた建材の上に膝を抱えて泣く少女が一人。六姫聖の一人で、怒られたことで一角楼から走って飛び出したミコ・ミコだ。
「ううううう・・・うぇええええ・・・ぐずっぐずっ、ふぇぇぇ・・・うわぁ~~~~~ん!」
落ち着いたかと思えば激しくなり、声を張り上げたかと思えば一気に沈み込む。部屋を飛び出してから、ミコはこうやって浮き沈みを繰り返して泣き続けていた。
「うぇぇぇぇ・・・シャノンのばかぁ~~~、みんなのばかぁ~~~。ずっずっ」
激しくぐずり、泣きじゃくりながら鼻をすする。そんなミコを数十匹にも及ぶ一角楼に住む全ての猫達が取り囲み、心配そうにその顔を覗き込む。猫王の娘であるミコは、自然と猫達をひきつけるのだ。
「うわっ、すごい猫。なにこれ、恐っ」
ひしめく猫達を見て、驚く声があがった。少女の声だった。ミコと猫達の目線が声のもとに移る。そこには猫達を覗き込む金髪の少女の姿があった。
少女は、猫の次にミコに気付くと、猫を踏まないように恐る恐るミコに近づいてきた。
「ねぇあなたどうしたの?こんな夜遅くに一人でいたら危ないよ?ご両親は?どこの隊の娘?」
キャラバン隊には家族で旅をする商人も少なくない。一人で泣くミコを、キャラバン隊の子供だと思ったのだろう。少女は尋ねてきた。
「うう・・・ミコは、六姫聖だ」
「そっか、『ロッキセイ』さんとこの娘なんだね。どうして泣いてるの?叱られちゃった?」
よもや建材置き場で猫に囲まれて泣きじゃくる少女が、王女に仕える戦士の一人などと夢にも思わない少女は、ミコの発する六姫聖という名を屋号と勘違いした。そして、そのまま話は進んだ。
ミコは問われるままに金髪の少女、キャラバン隊の商人の娘『クレア』にこれまでのいきさつを涙ながらに話した。所々で鼻をすすったり、感情が昂ぶって理解できない部分があったが、何とか全容を把握することが出来た。
「そうなんだ。お姉ぇさんに怒られちゃったから、家を出てきてここで泣いてるのね」
クレアの解釈は正確ではないが、ミコの現在の表現力では、ここまで伝えるのが限界だった。
ミコはミコで、勢いのままに喋ったために、そのことに満足していた。
話を聞いてもらい、満足したミコは冷静さを取り戻す。
「み、ミコは・・・友達が欲しいんだ。シャノンやサイガやいろんなみんなと仲良くしたいんだ。だけどみんなはそれはダメって・・・ぐすっ」
言いながら、ミコはうつむいた。その頭にクレアが優しく手を添えた。手を前後に動かし、なだめるように頭を撫でる。
「ミコちゃんはきっと素直すぎるんだね。思ったことを全部やっちゃうんだ。でもね、大人は例え好きでも、全部を口に出したたり行動に表しちゃいけないの。相手のことも考えないといけないのよ」
「相手のことも?」
「そ。好きなのはいいことだけど。それも伝え方を間違えちゃうと、相手には迷惑だし、悪い意味で伝わっちゃうかもしれないの」
「そ、そうなのか?クレアは大人なのか?だからそんなこと知ってるのか?」
「私は大人の前の、お姉さんかな。今年で十二歳だから、大人のことが少しわかるの」
クレアは商人の娘として家族でキャラバン隊に同行している。そのため、家業の手伝いのために各地を渡り歩き、様々な文化を見てきている。そのため、価値観や人生観が同年代よりも達観した節があるのだ。
「そうか、十二歳はお姉さんで、大人のことがわかるのか」
「そうよ。ミコちゃんも、もう少し成長すれば解るようになるわ。ミコちゃんは何歳なの?」
「・・・十六歳」
「え!?年上?」
ミコの言葉に、クレアは思わず硬直した。ミコが自分より四歳も年上だったからだ。
クレアはこれまで、ミコを年下の妹感覚で相手をしていた。それだけ、泣きじゃくるミコは幼い子供のようだったのだ。
「あ、そ、そうなんだ。十六歳なんだ。あー、そっかぁ・・・」
ミコからの意外な返しに、クレアは次の言葉を発せずにいた。まだまだ幼い子供だからと思い慰めていたのだが、まさかの年上だったのだ。
クレアが次の言葉を発しあぐねていると、ミコは立ち上がった。
「クレアが十二歳でお姉さんなら、十六歳のミコはもっとお姉さん。いや、もう大人だ。泣いてちゃダメだな」
励ましの言葉を受けて導き出した結論は、ミコの心を晴れやかにしていた。涙を拭い去り口を大きく開け、前向きな笑顔を見せる。
「ありがとうクレア」
「ど、どういたしまして。ミコちゃん、これからどうするの?」
態度を改めるかとクレアは迷ったが、最初の姿勢を貫くことにした。
「うん、シャノンに謝ってくる。そして大好きって伝えてくる」
「それで?」
「それだけだ。それ以上はやっていいか、ちゃんと確認する!」
「そうね。それがいいわ。お姉さんになれたね」
「うん!」
屈託ない笑顔でミコは笑った。
猫達が一斉に高い声で鳴き始めた。それは、ほんの少し成長したミコに祝福を送る賛歌のように美しい声だった。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
クレア
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