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第131話 「下卑たるものゲイル。無垢なるものティル。野望と希望の光陰が交わる」(ストーリー)

 一角楼を照らし続けていた陽が西に沈み、一角楼建屋内の商店と周辺のキャラバン露店が店じまいを迎えようと支度を始める。一角楼に関わる全ての人々が一日を終えるために緩やかに夜に向かっていた。

 そんな一角楼の南の地、中級冒険者ゲイルの率いる黒狼軍では、一角楼突撃の先鋒を務めるティルを、長であるゲイルのテントに招き作戦の段取りを伝えていた。

 二人の間の机には、一角楼とその周辺の地図が広げられ、南の駐屯地からキャラバン隊露店にむけて赤い矢印が引かれ露店通りが丸で囲まれている。


「んで、ここがおまえ等が攻撃を仕掛ける場所だ」

 地図上の、赤い丸で囲まれた場所を指しながら、ゲイルはティルに作戦の概要を説明する。

「今が午後八時。二時間後、既に一角楼に潜入させてある工作員が夜陰に乗じて松明や明かりを消して回る。そこでおまえ等は一気に奥まで突入して全体を掻き乱す。その後、本隊が攻撃を仕掛ける。て、段取りだ。わかったか?」

「は、はい!」

 うわずりながらも、はっきりとした返事をティルは発した。


 田舎から立身出世を夢見て飛び出し、冒険者に登録。自分を必要とするパーティを探して数多くのパーティに声をかけたが、駆け出しに用はないと一蹴され続けた。

 その後、人員を大量に募集していた黒狼軍に身を寄せることになるのだが、長い間満たされるのことのなかった承認欲求は、ティルから冷静な判断力を失わせるほど心を突き動かしていた。


「・・・何か質問はあるか?」

 机から僅かに身を離すと、ゲイルは尋ねた。

「は、はい。奥まで突入とのことですが、その際に人間は・・・」

「全員殺せ」

「ぜ、全員ですか?」

「そうだ。キャラバン隊の商人共は、サイガって野郎の手下が扮した擬態だ。禁制の薬物や魔物由来の素材を扱ってやがる。目に付いたヤツから片っ端から斬り殺せ」

「そ、そんな連中なんですか?」

「ああ、さすがに過去最高額で指名手配されるわけだ。隊商まるごと賊で固めるなんざ、尋常な規模じゃねぇ。いいか、殺すことに躊躇するなよ!」

「はい!全力で作戦にあたります!では、失礼します!」

 大きく強く返事をして、ティルはテントを出るためにゲイルに背を向ける。

「ああそうだ、ティル。出撃前の景気付けに、酒を差し入れておいてやった。先鋒の連中で一杯ずつ飲んでいけ」

「あ、ありがとうございます!」

 元気よく礼を述べると、ティルはテントを出て、先鋒隊の待機場所へと走り出した。


「お、隊長殿、戻ってきたか。先にいただいてるぞ」

 待機場所に戻ったティルの目に入ったのは、焚き火の周りに集まり、ゲイルによって差し入れられた酒をあおる先鋒要因の下級冒険者達の姿だった。

 焚き火の周りに大きな酒樽が二つ。冒険者たちはそこから一杯ずつ汲みとり、喉を潤す。付き合いの長い冒険者の一人がティルに杯を差し出してきた。

「ほら、隊長殿。あんたも一杯もらっとけよ。景気よく剣が振れるぜ。しかし、団長も嬉しいことやってくれるぜ」

 ティルに杯を掴ませると、冒険者は上機嫌で焚き火に歩み寄って、人の輪に入っていった。


 握る杯を口に近づけた。縁が唇に触れる直前。

『待て!そんな怪しいモノに口をつけるな!何が入っているかわからんぞ!』

 幼子を教育する父親のような叱咤の声がティルの脳内に響いた。驚いたティルは思わず体を震わせた。

「な、なんだよ?バルバロッサ。酒の一杯ぐらいで大げさな・・・」

 脳内に響いた声に、ティルは小声で反論した。その相手は、ティルの腰に下がる王冠を模した柄の剣だった。


 ティルの持つ剣。それは意思を持つ特別な剣だった。名を『バルバロッサ』。ティルは知らないが、『覇王剣』と呼ばれる国宝級、神話級の力を秘めた伝説の剣だ。

 だがそれを知るのは、黒狼軍内では当のバルバロッサのみであり、持ち主のティルにとっては口うるさい剣だ。

 幼少の頃より冒険者に憧れていたティルは、少年期、毎日のように冒険者になりきって野山や廃墟の探索を行っていた。そんな中、ティルは崩れ落ちそうな洞窟の中で、朽ちた太古の武器の廃棄場跡を発見し、そこに埋もれていて、唯一形の保たれていたバルバロッサを見つけ、導かれるように手に取った。

 当初、喋る剣に戸惑ったティルだったが、自称偉大なる聖剣のバルバロッサはティルに剣や兵法の指導を行い、その甲斐あってティルは成人前には集落では並ぶもののいない剣の腕を誇るようになり、人里にはぐれ出てくる魔物程度なら一人で撃退できるほどにはなっていた。

 腕に覚えがあれば、それを試したくなるのが人の常というもの。ティルは成人と同時に集落を飛び出し、長い放浪の後、黒狼軍に身を置くこととなった。


『馬鹿者!剣を振るう前に酒を飲むなど、未熟者がやっていいことじゃない。油断と慢心は剣を鈍らせ、己の命を贄として差し出す』

「・・・・・・」

『それに貴様は下戸だろう。飲んだフリをしてその辺りに捨てておけ』

 剣の師匠であるバルバロッサの言葉は、時として親の言葉よりも重く鋭い。ティルは他の隊員に見られないよう、しぶしぶ酒を地面に吸わせた。

『それでいい。しかし、この状況でわざわざ酒を差し入れるなど、不可解だな。ティル、何かおかしな企みの匂いがする』

「じゃ、じゃあ、みんなが飲むのを止めないと・・・」

『いや、これはあの軍団長からの差し入れだろう?下手に止めれば、反逆の意思有りととられかねん。ここは、飲み過ぎないようにだけ注意を払っておけ』

「わかったよ」

 バルバロッサからの忠言に、冒険者達が深酒をしないようにだけ気を配り声をかけると、ティルは馬にまたがり、冒険者の騎馬、五十騎を引き連れて黒狼軍の駐留地を後にした。


 夜の闇の中に消えていく騎馬隊。それを見送るように二つの人影が駐留地の入り口に立つ。その正体は軍団長のゲイルと副官のレグオンだ。

「よーし、行った行った。レグオン、しっかり薬は仕込んであるんだろうな?」

「問題ない、量も適切だ。二時間後、一角楼に突撃を開始する頃には効果が現れ始める」

 いやらしい笑いと共にゲイルはレグオンに尋ねる。

 レグオンは酒に薬を仕込んでいた。それは、戦闘において破壊、殺戮衝動に歯止めが利かなくなる興奮剤の一種だった。

「キャラバン隊への突撃が始まって薬が効いてくれば、無差別な殺戮が始まる。そこに・・・」

「さっそうと、黒狼軍様が登場。善良な非戦闘員の商人を襲う残虐非道な悪党共を一網打尽。商人たちには感謝され、金と貢物がどっさり・・・ってことだな。へっへっへ」

 こらえきれずに、ゲイルは声を出して笑う。

「そう上手くいけばいいがな」

「何言ってやがる?駆け出しのガキ共に俺やお前が遅れを取るのか?それに、いざとなりゃあ、『例の術』がある。うまくいきゃあ、サイガって野郎も討ち取れるって寸法よ。ひゃっひゃっひゃっひゃ!」

 より一層下卑た笑いがゲイルの口から飛び出した。


イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。

ゲイル

挿絵(By みてみん)

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