第129話 「止まらない好奇心。ミコのともだち大作戦」(ストーリー)
それはあまりにも巨大な猫だった。
身の丈はかつて戦ったヒュージキマイラほどの約五メートルほどあり、体も横に太い。全身傷だらけで、顔はふてぶてしい不満顔。いわゆる、ボス猫の風格溢れる大ドラ猫だった。
不気味な風体の化け猫に、サイガの攻撃は全く歯がたたない。
忍者刀の斬撃は、分厚い毛皮と皮下脂肪に難なく防がれ、飛び道具は簡単にあしらわれ、見もせずに叩き落された。後方に回り死角から奇襲を仕掛けようとするが、軽やかに踊る尻尾で羽虫のように叩き落とされる。
「くっ、なんだ、この化け物は?一体どこから現れた?」
今の事態を、サイガは全く理解できない。
サイガの記憶では、直前までミコと対峙していた。それが突然、薄暗い謎の空間で巨大な化け猫に弄ばれている。
なぜか理由はわからないが、サイガは化け猫に対して攻撃をやめることが出来ずにいた。
毛づくろいの動きを止め、ようやく化け猫がサイガを見た。ふてぶてしい目つきでじっとサイガを睨む。
「んな゛!」
化け猫が跳びあがった。その巨体のを跳ばすために一体どれほどの脚力があるのかと思ってしまうほど、華麗に跳びあがり、サイガの上空に太陽のように君臨する。
「な、ま、まさか・・・」
上空の化け猫の姿に、サイガは最悪の結果を予想した。そしてそれは的中していた。
サイガの直上に達した化け猫は、一体どういう原理で動くのか、そこから垂直の落下を開始したのだ。
潰される。そう理解したサイガは回避を図ったが、なぜか体が動かない。足が張り付いたように固定されているのだ。
「なぜだ!?足が・・・くそっ!動け!動け!・・・はっ!」
動かない足に気をとられるサイガ。そんな理不尽な状況でも、化け猫は上空から自由落下で迫り続ける。
「ぬぁああああああああ!」
「に゛ゃあああああああああ」
叫ぶサイガ。間の抜けた鳴き声を発しながら落ちる化け猫。
視界が化け猫の腹の綿毛で埋め尽くされ、そしてサイガ自身もその巨体に埋まった。
「ね、猫!」
絶叫と共に、サイガはベッドから跳ね起きた。全ては夢だったのだ。
巨大な化け猫に潰される夢が悪夢かどうかは別として、サイガは全身寝汗でまみれていた。張り付く服を引き、風を送り込んだ。
「よ、よかったぁ・・・」
傍らから震える声が聞こえた。見ると、そこには涙目のセナがいた。
「セナ?おれは、一体どうしてここに・・・?」
サイガの質問に答える前に、セナはサイガの首に抱きついてきた。力の加護を持つセナの全力の抱擁、サイガは少しむせた。
「三日は目が覚めないかもって言われてたから、心配したんだよ。よかった!ううう・・・」
「三日?どういうことだ?」
再びサイガが問うと、落ち着いたのか、セナは側の椅子に座りなおして説明を始めた。
暴走したミコを眠らせるために、シャノンは鎮静作用のある脳内物質を分泌させる補助魔法を使用した。しかし、ミコの耐性は常人の比ではない。そこで、即座に効果を発揮させるために、成人男性三十人分の分泌を促す量で一度に脳に魔法を流し込んだ。その結果ミコは、発動後即眠りに落ちた。だが、その余波でサイガも昏倒してしまったのだ。
そして、昏倒したサイガは一角楼三階の宿泊施設の一室に運び込まれ、シャノンの治癒の後、目覚めを待つのみとなっていた。
「しかもサイガって、魔法の耐性が殆ど無いだろ?だから、下手したら三日は目が覚めないかもって言われてたから安心したんだよ。それで思わず飛びついちゃった。ごめん」
顔を真っ赤に染めながら、セナはうつむいて謝る。その姿にサイガも礼を述べた。
「それで、実際はどれくらい眠ってたんだ?」
「約二時間だよ。きっとシャノン様も予想外だろうから呼んでくるよ。どっか異常がないか診てもらわないとね」
セナは笑顔のまま部屋を後にした。
「そうか、戦っていた相手が猫じみた動きをしていたから、夢に反映されたのか。しかしとんでもない夢だったな。まったくわけが・・・ん?」
独り言をポツリと呟く中、サイガは足側に何かがあることに気付いた。
黒い、直立した、上に向かって塔のようにそそり立つ物体。見覚えがあった。猫の尻尾だ。
「・・・まさか・・・」
目を凝らし、サイガが尻尾を睨んで数秒後、ベッドと尻尾の間から、ゆっくりとミコが顔を出した。
顔の上半分だけを出し、上目遣いでサイガの様子を伺っている。
「・・・」
「・・・」
「な、何用ですか?ミコ・・・様?」
「ミコでいい。私もサイガって呼ぶ」
本能的に敬語を好まないのだろう。明らかに憮然とした顔でミコは応える。
「おまえ強いな。シャノンが言ってたぞ。シャノンがいなかったら、私は死んでたって」
ミコが言うには、『蹂』の猛攻によって負わされたミコの怪我は、左の眼球を潰し、頭骸骨に三箇所のヒビを入れ、背骨を折り、両肺を破り、全身の皮を裂き、脛をえぐっていた。動脈に達している刀傷も複数あり、決着が遅ければ命を落としていたということだった。
「手加減が出来ない状態だったからな。それだけ、ミコに追いつめられていたんだ」
「!!・・・ということは、ミコも強かったてことか?すごかったってことか?」
サイガの賞賛の言葉に、ミコはベッドの縁に手をかけ身を乗り出してきた。目を輝かせ、顔全体で喜びを表現する。
「あ、ああ、そうだ。強かったぞ」
「そうか!私は強いか!ししし・・・」
大きく口を開き、子供のように無垢に笑う。その尻尾はピンと立っていた。
強さというものが、ミコにとっては最大の価値のある賛辞なのだろう。
強者である自覚のあるミコは、拮抗する実力者であるサイガからの率直な言葉を反芻して悦に入っていた。
微笑みながらゆっくりと体を左右に揺らして尻尾を立てる。機嫌の良さを全身で表す。
ミコが動きを止めた。一瞬前を向いて目を合わせると、一気にベッドの上を足から顔まで駆け上り、鼻の頭を合わせた。
「な、なんだ?」
急接近する動きだが、あまりの無邪気さと敵意の無さに不意をつかれた。珍しくサイガは戸惑う。
「大好きな人への挨拶だ。これで私達は友達だな。ししし」
「まるで本物の猫だな。はは・・・」
格好や戦い方が猫なら、考え方まで猫なミコの行動に、サイガはすっかり気を許していた。ミコの次の行動は、その許した気にするりと入ってきた。
ミコは掛け布団を捲ると、サイガの寝床に入り込んだ。足を両手で広げ、股間に顔を近づけてくる。
「お、おい!なにをやってるんだ!?」
少女の破廉恥な振る舞いにサイガは動揺した。迫る顔を手で押さえ、必死に抵抗をする。
「な、なにって、お尻の匂いを嗅ぐんだ。あたりまえだろ」
「それは本物の猫の話だろう?ミコがやる必要は無いだろう!」
「だって、ママも兄ちゃんもやってたぞ。シャノンやメイ達、六姫聖のみんなも嗅がせてくれたし、嗅いでくれたぞ。大好きな人の匂いは嗅ぐんだ!」
「家族同士や六姫聖ともだと・・・どういうつもりだ?」
ミコが猫科の獣人族の下で育てられたことをサイガは知らない。そのため、ミコの猫の部分を許容できずにいたが、それ以上に、家族や六姫聖と同様の行為をすると言う一言に驚いていた。
尻の匂いをかがれることに、当然だがサイガは必死で抵抗する。
「そうか、わかったぞ!」
サイガの態度に、何かを察したミコが足を押さえる腕から力を抜いた。
諦めてくれたのか。と、サイガが安堵したのも束の間、今度は立ち上がり後ろを向いて四足になると、尻を突き出してきた。
「な、どういうつもりだ?」
「サイガが先に嗅ぎたかったんだろ?しかたないから、嗅がせてやるぞ。ほら、遠慮するな。ほら、ほら」
嬉しそうな恥ずかしそうな表情で、ミコは後ずさりしながら近づいてくる。私服の黒いホットパンツから生えた尻尾もピンと立ち、
鼻を迎える準備を整える。
「ちょ、な・・・おま・・・ば・・・」
決して初心なわけではないが、サイガは狼狽するだけで直接触れて手で押し返すことが出来ず、接触寸前のところで肘を突き出し尻を止めていた。
「ほら、どうした。早く匂いを嗅げ。私のお尻に鼻を突っ込め!」
「いい加減にしろ。おれは、そんな真似は・・・」
ミコの筋力は見た目に反して強い。それは、先ほど刃を交えたサイガは十二分に承知していた。その並外れた筋力でサイガの腕は抵抗むなしく押し込まれていく。
残すところ数センチのところまで尻が迫り、ミコの体温と湿度を感じるようになったところで、部屋のドアが開いた。開いたのはセナだった。
「サイガ、お待たせ。シャノン様、連れてきたよ。・・・って、な、なにやってんだい、あんた!」
当然だが、セナは絶叫した。ベッドの上で少女の股間に顔を近づける姿は、言葉にならない光景だった。
「い、いや、違うんだ。セナ、これは・・・」
「うるさい!この変態!」
サイガが事情を説明する前に、セナの平手打ちがサイガの左頬を叩いた。サイガは黙ってこれを受け入れた。
「ああ!あなた、またそんなことやってるのね!?ごめんなさいサイガさん、セナさん、これはこの娘の挨拶みたいなものなの」
セナの後ろから、シャノンが身を乗り出し事態を説明し、戸惑いながらセナは理解してくれた。
「ちょっと、ミコ、あなたはまた見境なくそんなことして!」
「え?だって、六姫聖のみんなはやってくれたじゃないか。シャノンだって私のお尻の匂いを嗅いだし、嗅がせてくれただろ?」
ミコは何が悪いのかわからない様子で、きょとんとしている。
「え?嗅いでくれたし、嗅がせてくれたって・・・六姫聖全員かい?」
思いがけない発言に、驚きながらセナが尋ねた。ミコは満面の笑みで答える。
「そうだ。みんないい匂いだったけど、シャノンのお尻が一番湿ってて大好きだ!」
「ミコ!!!!!」
衝撃的な暴露に、シャノンの顔は燃え上がる炎よりも赤く染まった。今日一番の絶叫が一角楼に響いた。
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