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第12話 「暴走」(ストーリー)

 村の中央広場に男女の入り混じった悲鳴が響いた。

 サーラの胸に突き立てられた刃はその身を貫き、背中から飛び出していた。箇所は心臓、確実な殺意のこめられた一撃だった。

 ここにきて、サイガは衝動を抑えきれなくなり駆け出した。人々を掻き分け、絶望的な状況のサーラの体を支えるために、その体に両手を添えた。顔を見られ、異界人であることを察されぬように、領主に後頭部を向けサーラの状態を気遣い声をかける。

 セナも抱きとめるようにサイガの隣で同じく手を添えた。しかしサイガの冷静な対応に反するように、激しく動揺をしていた。

 二人の手が添えられ、安堵したようにサーラの膝から力が抜け、体が大きく沈んだ。

 崩れ落ちるサーラの体から、突き放すように領主が剣を引き抜き血を払う。


「いやぁ!母さん、母さん!いや、こんなの、こんなの、せっかく元気になれたのに!あああああああ!誰か、お願い!お医者さんを、回復薬を。何でもいいから母さんを助けて、傷をふさいで!お願い!」

 セナが取り乱して周囲に助けを求める。その声を受けて、何か出来ないかと幾人かが方々へ駆け出す。

「無駄だ小娘。国境警備隊を率いていたおれが、狙った標的を外すと思っているのか?心臓を貫いた、そいつは死ぬ。おれの服を汚した罰だ!」

 勝ち誇った領主の声はセナには届かない。その意識は目の前の母にのみ向けられているからだ。

 娘の腕の中で己の始期を悟ったのか、サーラが手をセナの頬にあて、かすれるような声でささやきだした。

「セナ、どうか泣かないで。私は本当は暗い部屋の中で病で死ぬはずだったの。けど、サイガさんが私達に笑顔をくれた。あなたが私のために泣いてくれるのは嬉しいけど、笑ってくれるのはもっと嬉しい。セナ、どうか泣かないで笑顔で私を見送って。私の最期に見るあなたの顔が悲しいままなのはいやなの・・・笑顔を見せて」

「うん、うん、うん」

 涙と嗚咽にまみれながら、サーラの言葉に応えてセナは笑ってみせた。

 悲しみの気持ちを押し殺しての笑顔だろうが、母を想うセナの優しさが伝わる、大きく口を広げた子供のような朗らかな笑顔。それをうけて、サーラも今際の際にありながらも自然と微笑む。

「素敵・・・あなたの笑顔は・・・わたしの宝物・・・ありがとう。・・・どうか、その笑顔を・・・絶やさないで・・・」

 搾り出すように言い終わると、サーラの手が地面へと落ちた。その指は最愛の娘の涙で濡れていた。

 母の死を突きつけられ、堰を切ったようにセナが慟哭した。何度も繰り返し母と叫び、現実を拒絶するかのように、跳ね除けるように声を張り上げる。

 サイガも悲しみと己の対応の遅さに、血がにじみ出るほど奥歯を噛み締めた。いかに先端技術を備えたサイガといえども、死は覆せない。もし、もっと早く動いていればと、強く悔いた。サーラの遺体を支える手にも力が入る。


「おい、いつまで泣いてるつもりだ。次はお前だ小娘、すぐに母親の後を追わせてやる」

 悲しみにくれるセナを逆なでするように、領主が見下しつつ、剣の切っ先をセナの顔へと突きつけた。周囲の村人達から再び悲鳴が上がる。

「おまえら、よく見ておけ。領主たるおれ逆らうということが一体どういうことか。おれの機嫌一つでこの親子みたいな目にあうことになるぞ。そうなりたくなければ、おれには絶対服従だ。憶えて・・・ん?」

 演説調に意気揚々と言い放つ領主の言葉が止まり、顔が下を向いた。その視線は、セナの命を狙う切っ先に向けられる。

 領主の言葉を止めたのはセナだった。セナがうつむいたまま、右手で切っ先を握っていたのだ。

「小娘、その手を放せ。命より先に指を失いたいか!」

「・・・・・・」

 領主が怒鳴るがセナは無反応。切っ先を握り続けたまま微動だにしない。

「呆けやがって、だったら望みどおりに切り落としてやる!」

 柄を握る手に力を込め、剣を掌から勢いよく引き抜いてセナの指を切断した。はずだった。しかし、剣はその場から一切動いていなかった。セナの力の加護が再び発動し、剣を捕らえていたのだ。

「なんだと、まさか、加護の力か?」

「て・・・やる・・・ない・・・」

「な、なんだと?」

「ゆるさない・・・殺してやる!絶対に許さない!」

 怒りに震え、獣の唸りのような低い声でセナが怨嗟の言葉を吐いた。

 セナが刃を握る手により一層の力が込められると、高い金属音をたてて剣が砕けた。


「ひぃっ・・・」

 頼りの武器を粉砕され、恐怖の声を上げて領主が数歩退いた。それを追う様にセナが立ち上がり歩を進める。

 さがる領主、それを大股で追いつめるセナ。二人の距離が、腕を伸ばせば届くところまでつまる。

「死ねェ!」

 セナが踏み込むと同時に右の拳で殴りかかった。

 力の加護を受けるセナの拳。先ほどの金属を砕く握力を見れば、その威力が殺人級であることは容易に想像が出来る。

 眼前から迫り来る死の使い。常人なら恐怖に目をつぶり体を硬直させて、その一撃で命を落とす結果になるだろうが、そこは元国境警備隊長である領主、窮地にありながら死中に活を見出した。

 領主は、傍らでセナに慄く護衛の一人を二人の間に引っ張り込むと、肉の盾に仕立て上げたのだ。

「そ、そんな、ぎゅ・・・」

 突然の己の扱いに悲観の声を上げた護衛の男だったが、その言葉を言い終わる前に男は生命を絶たれた。打ち込まれたセナの拳が護衛の男の顔を正面から捉え、怒りの一撃を叩き込んだのだ。

 男の後頭部が背中に触れた。人間の構造として決してありえない形だ。しかし、力の加護を受けるセナが怒りにまかせて打ち込んだ拳は、衝撃を受け止めるはずの首の緩衝性にも緩むことなく、頭骨とともに首の骨を粉砕し、支えを失った頭部を自身の背中にたたきつけさせたのだ。

 頭をだらしなくぶら下げて、盾にされた男が崩れ落ちた。とたんに口から生まれた血溜りが地面に広がる。

 わずかに痙攣を続ける元護衛の男を踏みつけて、セナが歩を進める。その口からは怒りを吐き出すように短く激しく息が漏れる。


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