第120話 「忍び寄る欲望の魔手。サイガよ、東へ向かえ」(ストーリー)
シラとの戦いから数日後、潜入を兼ねた教師としての任務期間終了があと三日に近づいたある日の朝、二人揃ってレイセント学園に登校するサイガとメイは、担当である特選クラスの生徒達に囲まれていた。
この約一ヶ月の間、二人はその実力を教育に遺憾なく発揮し、担任のティエリアの正体に打ちひしがれる生徒達を励ましながら指導を続けていた。
結果として、特選クラスの生徒達は以前より格段に実力が向上し、個人、集団のどちらにおいても、学生でありながら下級から中級の冒険者程度のものになっていた。
通学路を歩き続ける間、二人の臨時教師には生徒達が代わる代わる語りかけ、和気藹々とした空気に満たされる。
賑やかな集団は十分ほど通学路を歩き、校門を通過すると、学舎と教員棟へとそれぞれ分かれた。
サイガとメイは並んで教員棟を目指す。
「リンとナルの二人はまだ滞在中か?」
「ううん、今回の件の報告のために昨日のうちに中央都市に帰還してるわ」
「そうか。ということは、こいつらの目当てはおれ達だな。何者だ?」
「さあね。さしずめ、教団の残党ってところじゃない?」
「しかし杜撰だな。こっちから丸見えだ」
「そりゃあ、あんたからしたら、そうでしょうね。みんな素人みたいなもんでしょ」
二人は歩を止めず、前方への視線を動かさずに会話を続ける。
レイセント学園敷地内の通勤路には、複数の侵入者がいた。二人は茂みや壁に姿を隠し監視、尾行を続ける侵入者達を察知し、会話を続けながらその人数を数えていた。
「・・・全部で五人だな」
「どうする?いまやっちゃう?」
「いや、学園内での戦闘は避けたい。正体がわからないなら、どの程度の規模の被害が出るかも予想が立たん」
「あーあ、ここが学園じゃなかったら、正体とか関係無しに一瞬で燃やしつくてあげるんだけどね。あんただってそうするでしょ?」
「まあな。だが、ひょっとしたらそれを見越して仕掛けてこないのかもしれんな」
身を隠しながらも伝わってくる露骨な気配に辟易しながら、二人は教員棟に入った。
「はいはい、あんた達なにやってんの?ホームルーム始めるわよ。はやく席に着きなさい」
特選クラスの教室に入るなり、メイは生徒達に着席を促した。
だが、メイの言葉を受けても生徒達は席に着くどころか、教師二人のところに駆け寄ってきた。その手にはなにやら茶色い紙が握られている。
「ちょ、ちょっとなによあんたたち、どうしたの?そんな不安そうな顔して?」
メイは動揺した。詰め寄る生徒達の目にはわずかに涙が浮かんでいたからだ。
「せ、先生嘘だよね?これ何かの間違いだよね?」
決壊し、今にも涙があふれ出そうな目で、状態異常魔法を得意とするミゼットが問いかける。メイはその肩を掴むと優しく声をかけて落ち着かせた。
「一体何があった?その紙と関係があるのか?」
ミゼットの握る紙を指差し、サイガが尋ねる。ミゼットは涙を拭きながら紙を差し出した。サイガはそれを受け取る。
「な、なんだこれは?一体どういうことだ?」
「懸賞金十億?なによこれ、こんな額見たこと無いわよ!?」
紙はサイガが描かれた手配書だった。その懸賞額は、先日、国王テンペリオスが告げたとおり、十億が懸けられていた。
自身にかけられた賞金額が異常なものであることは、多少物価を見てきた程度の知識しかない異界人であるサイガでも理解できた。
「今朝から号外みたいに冒険者ギルド前で配られているんですよ、これ。もちろん、都市の住人達はサイガ先生が都市を救ってくれた事は知っているから、こんな紙信じてないですけど・・・」
「ここ数日で訪れた、新参の冒険者達は目の色を変えておれを狙い始めている。というわけか」
「はい。特に、ランクの低そうな、いかにも新米って感じの冒険者が色めき立ってました」
冒険者ギルド前を通学路とする補助魔法が得意なベゼルトが目の当たりにした光景を伝えてくれた。その様が容易に想像できるのか、サイガは状況を言い当てた。
「となると、朝のあの気配はおれの居場所を嗅ぎつけた冒険者達か・・・どおりで未熟な隠行だ」
サイガは登校時の謎の気配を思い出した。
「ちょっと、どうするのよ?何も悪いことなんてしてないのに、こんなことされたんじゃ・・・やばいヤツラがあんたを狙ってこの学園を襲撃してくるかも。そうしたら生徒達が・・・っこ、こんなのおかしいわ!」
理不尽な行為に、怒りと動揺が混在した感情がメイの中で渦巻き、爆発寸前まで高ぶる。
「おちつけ。そのために私達が来た」
凛とした声が聞こえた。その発信源は、本来、人の声など聞こえない場所。窓だった。
生徒を含めた全員の視線が一斉に窓へと注がれる。
「きゃああああ!」
声の主を見て、真っ先に数名の女生徒が悲鳴を上げた。それは歓喜の悲鳴だった。
そこにいたのは、窓枠に背を預け片足を乗せる、この国で最も美しい姿と笑顔を見せる『美の化身ナル・ユリシーズ』だった。
学園の偉大な先輩にして、誰もが知る六姫聖の一人の登場に、生徒達からは歓喜の声が上がった。興奮しすぎたメシューとポロロはその場にへたり込んで両脇を支えられた。
「ナル様よ。すごい・・・本物よね」
「うぉおお、すげぇ美人」
「写真集のまんまの顔だ。いや、実物の方が綺麗だ」
「髪の毛・・・まるで絹みたいにサラサラ・・・」
生徒達は、初めて目の当たりにする美の化身の感想を口々に述べる。
止むことの無い賛辞を浴びながら、ナルはサイガとメイに歩み寄る。その歩みはファッションショーのモデルのように優雅だ。
「うわっ!こいつ、生徒達の前だからって普段よりかっこつけてる」という感想をメイは抱いたが、口には出さずにナルを迎えた。
「そのために来たってどういうことよ?それに私達って・・・」
要領を得ないナルの真意を問いただそうと、メイが尋ねようとしたとき、背後から音がした。窓側の反対、入り口だ。戸が開かれたのだ。
「ちょっと、ナル、窓から入るなんて行儀が悪いですわよ」
戸を開き教室に現れたのは、同じく六姫聖の一人『暴風リン・スノウ』だった。その姿を視認した瞬間、再び教室に歓声が沸き起こった。
「うわぁ、今度はリン・スノウだ!」
「嘘でしょ六姫聖が三人も・・・」
「うぉぉでけぇ・・・」
「あぁ・・・かっこいい・・・おねぇさま・・・」
どよめきが納まらない中、リンは歩み寄る。メイはナルとリンに挟まれた形になり、生徒達からは奇跡のようなスリーショットが実現した。たまらず全員がその光景を写真に収めだす。
「ええ?な、何でリンまで?あんたたち、姫様に報告に行ってたんじゃ・・・」
「今回の事態を受けて、姫様からの勅命ですわ。『現行の任務を中断し、サイガを即刻、中央都市グランドルへ向かわせよ』と。サイガ、おもてに馬車を待たせてありますわ。急いで向かって」
リンの発言に、教室の空気が凍りついた。唐突に訪れた受け入れがたい別れに、生徒達は揃って不満を口にする。
「実習が終わり?突然すぎるよ!」
「そんな、まだ教えてもらいたいことたくさんあるのに!」
嘆きの声が飛び交い混乱する教室。サイガはそれを制しようと生徒達を向き、一歩踏み出した。
口を開き言葉を発しようとしたとき、ナルが先に前に出た。手を横に差し出し、サイガを制する。
「?なんだ、ナル?」
サイガの問いに応えず、ナルは正面を向いたまま生達を見据える。
両手を腰に当て、堂々とした立ち姿のナル。皆が注視する。ここで口を開いた。
「聞いての通り、事情によりサイガは、実習の日程を三日残して終了することになった」
ナルの言葉を受けて生達から別れを惜しむ落胆の声が漏れる。その無念さはサイガも同じだった。この一月の間に、サイガと生徒たちには強い絆が生まれていたのだ。
「だが、安心して欲しい」
ナルは続ける。
「これよりサイガに代わり、六姫聖のナル・ユリシーズ、リン・スノウの両名が残された日数の授業を受け持つ!」
沈黙が発生した。ナルの言葉に対し、生徒全員が耳を疑っていた。
「え・・・じゃあ、六姫聖が三人も・・・」
「これから三日間、六姫聖と一緒・・・」
生徒全員がようやくその意味を理解した。すると。
「いよっしゃああああああ!」
「人生最高の瞬間だ!」
「この学校の生徒でよかったぁああああ!」
「ナル先生、リン先生。よろしくおねがいします!」
「サイガ先生、今までありがとうございました!」
教室を揺るがす歓喜の雄たけびが上がった。男女共に高らかに声を上げ、両人を歓迎する意思を示す。
「こ、こいつら、なんて速さでに掌を返すんだ!!」
生徒達の変わり身の早さに、思わずサイガはガラにも無く声を上げた。その後ろではメイが笑い転げていた。
読んでいただいてありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、感想、評価等、どんな声でもよろしくお願いいたします。